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翌日。
シフトよりもずっと早くに起きて、どこかへ出かけた舞波さんは、戻るなり私服のまま、お嬢様の部屋へ向かった。私は掃除がてら、後ろから様子見。

「お嬢・・・千聖」

ノックとともに呼びかける舞波さん。私服のときは、等身大のお嬢様の友人に戻るらしい。久しく聞いていなかった“千聖”という呼び方は、とても新鮮に感じられた。


「・・・」

細く扉が開く。おそるおそる、と言った具合に、小さなお顔が隙間から出てきた。いつものワガママっぷりはどこへやら、上目づかいで私と舞波さんを交互に伺い見るお嬢様。

「千聖。少し、話さない?ほら、これがあれば大丈夫」

お嬢様を安心させるかのように、舞波さんはペンと紙を見せてにっこり笑う。

「ね?今日は美味しいラフランスが手に入ったと料理長さんが言ってたから。一緒に食べよう」
「・・・」

お嬢様は少し口をパクパクさせた後、大きくうなずいて舞波さんの腕を掴んだ。声の出せない状態では、さすがに篭城を続けるのは困難だと判断したらしい。
ここに残ると言ってくれない舞波さんを拒絶していた手前、お嬢様はどんな態度を取ったらいいのかわからないらしく、困ったような顔をしていた。・・・そうやってしおらしくしてれば可愛いじゃん、とかいってw

「めぐさん、手が空いている時でいいから、お茶を入れてもらえますか?」
「はぁい、よろこんでっ」

私が妙に明るい声を出したのが気に入らないのか、お嬢様は眉を吊り上げて、“あっかんべー”をしてきた。んまっ、生意気な!即座に“お尻ペンペン”で応戦すると、悔しそうにうめいて地団駄を踏んだ。
「うふふ、もう、千聖ったら」

私にからかわれたのが良いきっかけになったらしい。お嬢様は私を指さしたり紙に何か書いたりしながら、じょじょに舞波さんに向ける視線を和らげていった。・・・ま、憎まれ役もたまには悪くないか。

2人に背中を向けて、超特急で拭き掃除を開始する。3階から玄関までガーッとモップを滑らせて行く途中、「あっ、村上さん」と後ろから声を掛けられた。

「あー、こんにちは」
「どうも、おつかれさまです」

昨日と同じメンツ。制服姿の愛理さんに舞美さん、萩原さん。各々お花や果物を持っているから、お嬢様のお見舞いだろう。

「どうです、お嬢様?声が出なくなってしまったって聞いたんですけど・・・」

大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえた愛理さんが、体全体をくねっとさせる。・・別に、ふざけてるわけじゃないんだろうけど。催眠効果でもあるのか、その独特の動きを見てると、何だか力が抜ける。

「もう、舞美ちゃん!何で昨日のうちに千聖のこと教えてくれなかったの!?舞、すぐに駆けつけたのに。」
「だって、昨日はもう夜遅かったからさ。舞はお嬢様のことになると、突っ走っちゃうでしょ?」

一方、舞美さんは汗をかきかき萩原さんの口撃に頑張って反論しているみたいだ。・・・なるほど、こういう関係性か。


「大体、今日だって本当は家からここに直行したかったのに。どうせ学校なんて舞にとっては行っても行かなくても同じようなものなんだからねっ」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか!学生は本分の勉強が学校!あれ?なんか違う?」
「もー、舞美ちゃんは!・・・まあいいや。それで、千聖の容態はどうなんですか!?」


頭から湯気を出していた萩原さんは、その勢いのまま、私をぐるりとにらみつけてきた。この、クソ・・・いやいや。
自分のこめかみと口の端がヒクリと動いたのがわかった。だめよめぐ、私はメイド!どんな仕打ちにも耐えなければ、メイドマスター(?)の称号は与えられないわ!


「・・・ご心配なく。まだお声の方は治っていませんが、篭城は中止してくださいました。今、お部屋で舞波さんと一・緒・に仲良く過ごしていらっしゃいます」
「外に出てこられたんですね?安心しました、ケッケッケ。やっぱり篭っていたら体に悪いですもんね」
「さすが舞波さん、とかいってwよかったね、舞?」


安堵の表情を浮かべる2人とは対照的に、萩原さんは心底面白くなさそうな顔をしている。無言で私にノートと教科書を押し付けると、きびすを返して去っていこうとした。

「舞、どうしたのー?」
「別に。舞波さんがいるなら、舞はいい」

舞美さんの呼びかけに足を止めた萩原さんは、唇を尖らせる。

「あの、舞波さんのことが苦手でいらっしゃるんですか?」
「・・・別に、違いますけど。」
「あー、わかった。舞、ヤキモチやいてるんでしょう?」

どうやら、図星だったらしい。舞美さんを軽く睨んでいるけれど、その目にはあんまり迫力がない。

「舞ちゃん、せっかくお嬢様が誘ってくださってるんだし、寮に入ったら?そうしたらずっとお嬢様と一緒にいられるよ。舞ちゃんのお父さんとお母さんが了承してくれるなら・・・」


「・・・舞は、舞波さんの代わりじゃないもん。千聖は全然わかってない」

「あ・・・」

今度こそ振り返らず去っていく萩原さんは、怒りながら悲しんで、傷ついているようにも見えた。
「うーん。友情って、なかなか難しいですねぇ・・・」

お嬢様の学校生活のことはまったく知らないけれど、学年が違うのにこうしてお見舞いに来てくれる萩原さんが、お嬢様を本気で心配しているのはわかる。なのに、当の本人は違う人に夢中になっているんじゃ、くやしく思うのは当たり前なのかもしれない。

「・・・それじゃ、私はこれで。お嬢様と舞波さんにお茶を入れるんで」
「あ、わかりました。じゃあ私たちはまた後で来ますね。今日は旦那様たちもお帰りになるって聞いてるんで、その時にでも。・・・ぬいぐるみだけ、渡してもらっていいですか」


給仕用のワゴンの下段に愛理さんから受け取った特大のクマちゃんのぬいぐるみ、上段にラフランスのポッシェとハーブティ、舞美さんからのタオル(なぜ?)の差し入れを乗せて、お嬢様の部屋へ向かう。
――それにしても、ちょっとしたお見舞いのためにこんな大きいぬいぐるみとは・・・。可愛らしい紙細工のメッセージカードまで添付してある。この心遣い、もしかして愛理さんもなかなかのお嬢様なんじゃないか。


部屋の前まで来ると、舞波さんの「うふふっ」って笑い声がした。当然ながらお嬢様の声は聞く事ができないけれど、和やかな雰囲気なのが伝わってくる。

「失礼しまーす・・」
「で、ここはこの指を・・・あ、めぐさん。どうもありがとうございます」

2人はソファに座っていた。私が入ってきたのも気にせず、お嬢様は大型のスクリーンと手元の本に熱心に見入っていた。

「手話・・・?」
「ええ、今朝買ってきたんです。もちろん筆談でも問題ありませんが、覚えておいて不便はないかなと。今2人で、初級編を勉強してるんですよ」
「え、舞波さんも覚えるの?だって・・・」

言いかけて、私はハッと口を噤んだ。お嬢様1人に苦労させないように、あえて一緒に勉強しているんだろう。
私なら、ちょっと上から目線で「教える」とか「補助してあげる」という発想になってしまうところだ。舞波さんの姿勢を見ているとつくづく勉強になる。

「うふふ。私、新しいことを覚えるのが好きなんです。手話が出来ると、千聖と人前でナイショの会話もできちゃう。なんちゃって」

千聖お嬢様は舞波さんの声に反応するように、声を出さずに笑って、舞波さんに寄り添った。

多分、お嬢様も舞波さんの思いやりをちゃんとわかっている。
だから部屋から出てきてくれたし、こうして一緒に勉強もしているんだと思う。なんだかんだ言っても、お嬢様は舞波さんと一緒にいたいんだろう。声が出ないという大事を抱えてるなんて信じられないくらい、すっごく穏やかな顔をしている。

「千聖、じゃあ復習しようか。一回テキスト閉じて」
真剣な面持ちで、画面に出された言葉を手話で表していく2人。・・・と思ったら

「・・・あれ?これ、何だったっけ」
テンポよく問題に答えていくお嬢様と対照的に、舞波さんは手をわきわきさせて苦笑している。別に、お嬢様を勝たせて優越感を持たせてあげようって感じじゃなくて、本当にてこずってる様子。

「・・・こうじゃなかった?」
思わず、さっきスクリーンに映っていた手の形を再現してみせる。

「あ、そうそう。それでした」

続く2問目3問目も、舞波さんはなかなか答えを出せない様子で、私がフォローとヒントを与えるというなんとも不思議な状況になってしまった。
「めぐさん、さっき少し見ただけなのに。頭がいいんですね」
「いえいえそんな。覚えるのは早いんですけど、すぐに忘れちゃうタイプなんで」
「それでも、うらやましいな。私、勉強でも運動でも、なかなかすぐには身にならなくて。ずっと覚えていることは得意なんですけど、パッと答えなきゃいけない時は困りものですよ」

なるほど。頭のいい人だな、とは思っていたけど、私とはまた違うみたい(自分で言っちゃいました、とかいってw)
そもそも、私なら、ちょっとやってダメだったものはすぐに投げてしまう。あきらめないで根気よく課題に取り組めるというのは、素直にうらやましい。

「でも、飲み込みが悪いと、いろいろ工夫して身に付けられるという利点もあるんですよ。最初からできるより、楽しいことでしょ?」

利点、っていえるかわからないけど。と舞波さんは笑った。

「何か、いいですね」
「え?」
「舞波さんの考え方って、素敵」
「うふふ、そんな。めぐさんったら」

この私の毒気を抜いて、ほんわりした空気を作り出してしまうなんて。顔を見合わせてデヘヘと笑っていると、いきない私たちの間に、お嬢様がズボッと顔を突っ込んできた。

「うっわびっくりした!」

存在を無視されていたみたいで寂しかったのか、お嬢様は私から舞波さんを取り上げるように立ちはだかって、“べーっ”って舌を出してきた。
そして、両手の人差し指を立てて頭の上に角を作ってから私を指差した。

「んー・・・めぐさんを表す手話ってこと?」

我が意を得たり、と言った感じに、お嬢様の顔が明るくなった。角って・・・鬼か!鬼だって言いたいのか!
さっそく覚えた手話を実践できたお嬢様は、満足そうにケラケラ笑った。



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