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旦那様と奥様、ご子息方様ご一行は、昼過ぎぐらいにバタバタと戻ってきた。

私は完全に初対面になるけど、今日はゆっくりご挨拶なんて雰囲気じゃない。執事さんたちに荷物を預けた旦那様達は、一息入れる間もなくお嬢様の部屋へと向かった。


「ほら、村上さんも」
「わ、私?」
「あなたはお嬢様のお世話がメインでしょう」

メイド長さんに促されるまま、私は大家族の後ろにひっついて階段を上がっていった。
部屋の中では、まだお嬢様と舞波さんが一緒にいるみたいだった。奥様と旦那様は、思いのほか和やかな空気だったことに安心したみたいで、「千聖。」と軽く声をかけてドアを開けた。


「失礼しまーす・・・」

私も続いて中に入る。


「大お姉様、声でないんだって??何で?」

どことなくお嬢様に顔立ちの似た、若干小柄な弟様が、突然の来訪に驚くお嬢様にタックルをくらわせてジャレはじめた。・・・なんていうか、お姉ちゃんの一大事なのにあんまり心配していないらしい。

「ご無沙汰しています、おじ様、おば様。」
「舞波ちゃん・・・ごめんなさいね、千聖が迷惑をかけてしまって」

一方、弟くんと取っ組み合いを始めたお嬢様を尻目に、舞波さんと奥様達は穏やかに話を始めた。私も加わるならこっちだろう。そう思って、さりげなくソファの後ろに移動してみたんだけれど・・・
「メイドさんも遊ぼう!」
「うわっ」

テンションの上がっているらしい、弟様に引っ張られて、お嬢様の大きなベッドの方に連れて行かれる。

「ちょ、ちょっと」

気がつくと右手を次女の明日菜お嬢様に取られていた。なすすべもない。私は仏頂面のお嬢様の前に座り込んで、無言で見つめあった。

「あの・・・旦那様達と、お話しなさらないでいいんですか?」

そう問いかけると、お嬢様は少しうつむいて、首を振った。

「お姉様?」

明日菜様が心配そうに顔を覗き込む。すると、お嬢様は画用紙を取って、明日菜様に差し出すようにして何か書き始めた。

こうして2人が並んだ顔を見てみると、何か不思議な感じだった。
お嬢様は凛々しくて精悍な顔立ちの旦那様似で、明日菜様は小動物みたいな目元にスッキリと優しげな顔立ちのお母様似。全然似てないように見えるけど、しぐさや表情はそっくり。面識がない時に、姉妹当てクイズとかやってたら、多分見破れたと思う。

「ええ・・・そうですね・・・ええ、明日菜もそう思います」

そんな可愛らしい目をくるくるはためかせながら、明日菜様はお嬢様の手元に見入っている。通じるかな?わかるかな?と不安そうに顔を見るお嬢様を安心させるように、何度も強くうなずいて、励ますように手を握っている。
お嬢様がかなり子供っぽい分、その振る舞いは大人びて見えて・・・どっちがお姉ちゃん?と私は心の中でひそかに突っ込んだ。

「メイドさん」
「はっ、はい」

ボーッとその光景に見入っていたら、いつのまにか私の目の前に明日菜様が来ていた。

「千聖お姉様が、メイドさんと2人で話したいそうなので。」

まだ遊びたい!とわめく弟様の首根っこを掴んで、明日菜様は旦那様たちの方へ行ってしまった。千聖お嬢様と私だけが取り残される。

「千聖お嬢様・・」

声をかけようとすると、“待って”とばかりにお嬢様は片手を前に突き出し、私を遮った。ジェスチャーで、「終わるまで、見ないで」と示しながら、また画用紙に向かってペンを走らせ出す。


手持ち無沙汰になった私は、聞き耳を立てるべく、舞波さんや旦那様たちの座るソファの方へ体を傾ける。

“もともと通っていた私立学校に、来月から・・・”
“復学試験を受けて・・・”


もうお嬢様の声についての話は終わったらしく、わりと和やかな雰囲気で、談笑しているみたいだ。
チラチラと私たちの方へ視線が向けられるものの、旦那様も奥様も、お嬢様に話しかける素振りは見せない。どうしてこういうことになってしまたのか、もう何となくわかっていらっしゃるのかもしれない。

冷たい、という風には感じなかった。とてもお忙しいらしいのに、こうしてお嬢様の一大事にお屋敷にお戻りになるぐらいだ。他人にはわからない、家族間の絆というのがあるんだろう。お嬢様もいつもより落ち着いて見える。


「旦那様、奥様。ご無沙汰しております」

しばらくすると、舞美さんと愛理さん、それから萩原さんが、うっすら開いたドアを押して、室内に入ってきた。


「あ、私、お茶を・・・」

立ち上がりかけたところを、お嬢様にエプロンのリボンを掴まれる。

「お嬢様、でも、萩原さんたちが・・・」
「・・・」

お嬢様は顔も上げずに、私を捕まえたまま、まだ黙々と何か書き続けていた。
お嬢様がこれだけ夢中になって、周りが見えなくなるぐらい打ち込んでいることって言ったら・・・・察しのいい萩原さんが、視界の隅で眉間に皺を寄せたのが見えた。

「・・・」

程なくして、お嬢様の手が止まる。

ソファにお尻を向けて、私に画用紙を見るよう促してくる。内容は、見るまでもなくわかっていたけれど・・・

「・・・お嬢様。」

案の定、そこには“舞波ちゃんを、引き止めて”と書かれていた。

次のページには、お嬢様がどれだけ舞波さんを好きなのか、溢れ出しそうな思いをたくさん綴ってあった。
舞波さんと出会ったことで、一人ぼっちじゃなくなったこと。
お嬢様扱いしないで、“千聖”って呼んでもらえて嬉しかったこと。
舞波さんを傷つけた人たちが住んでる場所に、舞波さんを帰したくないこと。

だから、どうしても引き止めてほしいと、震える文字で、お嬢様は必死に訴えかけていた。


「・・・ダメだよ、お嬢様」


だけど、私はやっぱり、その思いを残酷に断ち切った。みるみるうちに、お嬢様の顔が、怒りと悲しみに染まっていく。

「っ・・!・・・・っ!!!」


ボロボロと涙を零しながら、画用紙を持ったまま、何度も私の体に拳をぶつけてくる。

「千聖・・・」
「止めないでください!誰も来ないで!」


慌ててこちらに来ようとする奥様達を、私は大声で振り切った。
雇われてる分際で、こんな偉そうな口を利くなんてありえない。だけど、真剣に私を頼ってくれて、心の中を見せてお嬢様に、中途半端な気持ちで応えるなんて私にはできなかった。
メイドじゃなくて、一個人として。お嬢様のことも舞波さんのことも大好きだから、ちゃんとぶつかり合いたかった。


「お嬢様、聞いて」

連日の篭城で、すっかり痩せてしまった細い腕を、両手でそっと握りしめる。


「・・・大丈夫だから。離れていても、舞波さんはお嬢様を忘れたりなんかしない。ここにいた時と同じ気持ちで、好きでいてくれるから」

けれど、お嬢様はかたくなに首を横に振るばかりだった。私は少しずつ、自分の頭がカッカと熱くなるのを感じた。

「みんな、お嬢様のこと心配してるんだよ。わからないの?」

「めぐさん・・・」

私の腕に落ちたのは、自分の涙なのか、お嬢様のなのか。もうよくわからない。

「・・・私は、舞波さんが声の出ないお嬢様を置いて去っていくのは、冷たくて薄情だって思ってた。でも、それは違ったの。舞波さんはお嬢様のこと思って泣いてた。
このままじゃ何も変わらないから、たとえ一時お嬢様を傷つけることになっても、離れなきゃいけないって。舞波さんはお嬢様のためにそう決断したの。お願い、舞波さんの気持ちをわかってあげてよ」


「っ・・・」

それでもお嬢様は、声にならない泣き声を漏らすばかりだった。


誰も何も言わない。異様に静まり返った空間で、私の荒い息とお嬢様の泣きじゃくる音だけが響く。


「なんで・・・舞がいるじゃん・・・・」


萩原さんがそうつぶやいて、部屋を出ようとするのが目に留まった。慌てて舞美さんが引き止める。お嬢様はそれも追いかけようとせず、未だ声を発することのできない口を懸命に動かして、私に必死に訴えかけてきた。


お嬢様の、小さな唇がはっきり綴る。


“私には、舞波ちゃんしかいないの”


――プツッ――


自分の頭の中で、何かがキレたような気がした。


「・・・いーかげんにしろっ!舞波ちゃん舞波ちゃん舞波ちゃん舞波ちゃんって、そんなに舞波さんが信用できないの!?」
「ちょ、ちょっと、めぐさん」

「だってそうでしょ。舞波さんがお嬢様のことを好きだって信じられるなら、少し距離ができたぐらいで友情が壊れるなんて思わないでしょ!舞波さんのこと信じてない証拠じゃん!
大体、旦那様も奥様も明日菜様達も、お嬢様のために戻ってきたのに。舞美さんや愛理さんが毎日お見舞いに来てくれたのだって、知ってるでしょ?萩原さんなんて寮に入ってるわけじゃないのに、すっごく心配して来てくれてるんだよ。
なのに、なのに、何で舞波さんがいなくなったら一人ぼっちなんて悲しいこというんだよ。何で皆の気持ちがわからないの?このっ


ばか!」


―――あ・・・・・・・


言ってしまった・・・


「あ、あの・・・」


考えなしに発言して、後悔するのはいつもの悪い癖。だけど、これはいつものとレベルが違う。

私・・・バカっていった?仕えてるお屋敷の、お嬢様に?バカって??メイドの分際で?


旦那様も、奥様も、奥様の腕の中の下の妹様も、明日菜様も、弟様も、舞波さんも、愛理さんも、萩原さんも、舞美さんも、激しく泣いていたお嬢様さえも。みんな目を丸くして、口をOの字にぽかーんと開けて、私を見ていた。


「ち、違っ・・・いや、これは・・・・」

なぜか舌がもつれる。普通に立ってるつもりなのに、床がどんどんせりあがってきて、足元がフラついた。な、何だこれ?


「めぐさん!?」

いつになく慌てた顔の舞波さんが手を伸ばして、こっちに走ってくるのが見えた気がした。でももうよくわからない。

ゆっくり世界が暗転して、私の意識は途切れた。



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