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「ん・・・」


おでこに冷たい感触を覚えて、目を開けた。

「あれ・・・ここ」

見慣れたちょっと低めの天井。体に馴染んだベッド。気がつくと私はメイドルームにいた。傍らの椅子に座っている、冷熱用のジェルシートを持った舞波さんと目が合う。

「あ、めぐさん。よかった、気がついたんですね」
「・・・はい」
「舞美さんがこちらまでめぐさんをおんぶして来たんですよ。今また、お嬢様のお部屋に戻っていかれましたけど」


どうやらあんまり頭に血が上りすぎて、ぶっ倒れてしまったらしい。意識があったのは昼過ぎまでで、今はもうすでに日が落ちてきている。私は何時間も眠り続けていたみたいだ。
まだボーッとしてるけれど、バッチリ自分のしでかした事は覚えている。

確かに私はキレやすいほうだけど、今までの人生、我慢するところはきちんとできていたはずだった。一応優等生の部類に入る人間だったし、そんな自分を多少誇らしくも思っていた。それが、雇い主の娘様に向かって、バカ呼ばわり・・・

ふらつく頭を押さえながら、体を起こして両膝に手を置く。

「・・・舞波さん、いろいろ教えていただいたのに、恩を仇で返すような形になってしまって・・・」
「え?」
「こんなことを仕出かした以上、もうここに置いていただくことはできません。家に戻ったら、改めてお礼の手紙を書かせてもらいますので、よかったら住所とか」
「ウフフ、めぐさんたら。別に、誰も怒ってなんかいないですよ」


そう言って舞波さんは、視線をドアの方へ向けた。
「お嬢様・・・」

おずおずと、ドアの陰からお嬢様が姿を現した。強く握りしめられた手から、緊張が伝わってくる。

「おいで、千聖」

舞波さんに優しく手招きされて、ベッドサイドの椅子に腰をかけるお嬢様。

「・・・」

しきりに口を閉じたり開いたりしながら、困ったように眉を寄せて、私のほっぺたや頭に触れる。
もう取り乱したような様子はなく、泣きはらした赤い目のまま、じっと私を見つめていた。


「あ・・・えっと、」


あそこまで怒鳴った後で、どう話しかけたらいいのやら。お嬢様も、どうしたものかと言った表情で、舞波さんに助けを求めるような視線を向ける。

「千聖、めぐさんに渡すものがあるんだよね?」

舞波さんのアシストで、お嬢様の顔が若干明るくなる。スカートのポケットに手を突っ込むと、少し曲がった薄いピンクの封筒を、私の胸に押し付けた。

「手紙?」
“あとで読んで”


口パクでそう言うと、お嬢様はなぜか慌てたように部屋を出て行ってしまった。


封筒の中には、小さな小花模様の散りばめられた、香りつきの便箋が入っていた。そこに、“ごめんなさい”とだけ大きな文字が乗っかっていた。

「お嬢様・・・」

ごめんなさいは、私が言わなきゃいけないことなのに。後を追おうと立ち上がりかけたところを、舞波さんの手がそっと制した。

「・・・たぶん、今は1人でいたいのではないかと。」
「でも、」
「ウフフ、きっと照れてるんですよ。さっきめぐさんが倒れてしまった時だって、みんながびっくりするぐらいすっごく心配してたのに。結構恥ずかしがりやなんです、千聖。」

八重歯をのぞかせて、舞波さんはいつもみたいにおっとりと笑った。まるで可愛い妹の世間話みたいなテンションだ。

「はぁ・・・。いや、そんなことより」

舞波さんから溢れ出るのほほんオーラで、しばしぼんやりしてしまったものの、私はさっきの出来事を反芻して、背筋を伸ばした。


「・・・さっきも言いましたけど、誰もめぐさんのことを非難したりしてないです」
「あ・・・」


私が話を切り出す前に、舞波さんはやんわりさえぎるように、口を開いた。


「それどころか、旦那様と奥様は恐縮なさっていました。本来ならお2人から言わなければならなかったことを、めぐさんに言わせてしまった、と」

「いや、だって、千聖お嬢様の場合は事情が事情ですし。私は感情にまかせて・・・その、バカとか言っちゃったけど、そんな単純な話じゃなかったと思います。舞波さんもごめんなさい。」
「そんな・・・めぐさん。謝るのは私のほうです。自分がこれからどうしたいのかははっきりしているくせに、千聖を傷つけるのが怖くて、中途半端に接してきたから。結局、めぐさんにも千聖にも悲しい思いをさせることになってしまった。」

舞波さんは目を細めて、出窓の外へ顔を向けた。


「めぐさん。千聖は、私にとって、光なんです」


「光・・・」


「そう。真っ暗な迷路に迷い込んでいた私の前に現れて、手を繋いでくれた。千聖が私を見つけてくれたから、側に居て笑っていてくれたから、私はこうして笑う事ができるようになった。ちゃんと、自分の未来のことを考えられるようにもなった。
私は千聖を置いていくんじゃなくて、千聖の照らしてくれた道を、1人でもくじけないで歩いていきたいんです。元いた場所に戻るのは少し怖いけれど、もう逃げたくないから。千聖に恥じない人間になった時、また、笑って会いたい。」

とても穏やかだけれど、誰にも曲げられない強さを感じさせる舞波さんの表情。だけど、私は何だか物足りなさのようなものを覚えた。

「舞波さん、だけどそれ・・・ちゃんと、千聖お嬢様に伝えたんですか?」
「・・・いいえ。そこまでは」
「だめだよ、それじゃ」

今度は大きな声を出さないよう、気持ちを落ち着けながら、私は舞波さんの隣に立った。


「私、なんかわかった。舞波さんは優しいけど、結構ガンコ者だ。だからお嬢様は、今すごく混乱してるんだと思う。
初めて出来た友達で、いつも自分のことを思いやってくれるはずの舞波さんが、どう引き止めても残ってくれないなんて、すごくショックだったんじゃないかな。
それに、未来が見える舞波さんが自分の元から去っていくってことは、お嬢様の存在が、舞波さんにとって今後不必要になるって考えたとか。・・・まあこれは私の憶測なんだけど」

言葉を選びながらそう告げると、舞波さんはあっけに取られたような顔になった。

「・・・ガンコ。初めて言われた。でも、そのとおりだ」

ガンコだなんて言ったら、人によっては怒っちゃってもおかしくないのに、舞波さんは感慨深そうに何度もうなずいた。

「私、口下手だからつい、何でも端折って話す癖があって。千聖はすごく行間を読んでくれるから、そういうことに甘えていたのかもしれないな。めぐさんみたいに、ちゃんと気持ちを伝えられるようにならないと」
「ま、まあ、私はかなり言いすぎるところもあるんだけど・・・でもこのまま、何にも言わないでいなくなっちゃうより、たとえケンカになったって全部思ったこと言ったほうがいいって。
それでお嬢様がキーッって怒っちゃうようだったら、ちゃんと私が間に入るから。
明後日でしょう?帰るの。だったらまだ間に合うよ。
舞波さんは、私にとってだって、大切な友だちです。いっぱいキツイこと言ったけど、お嬢様のことも、好きだから。だから、私のこともっと頼って。二人には、ちゃんと友だちのまま、笑ってお別れしてほしい」


「・・・そうですよね。ありがとう。めぐさん」

かなり私の個人的な願望も込められていたけど・・・ちゃんと舞波さんの心には届いたみたいだった。


「私、必要なら悪役だって買って出ますよ。ほら何か、絵本であるじゃない。私がお嬢様を苛めているところに、舞波さんが偶然通りかかって・・・とか」
「もう、めぐさんたら」



だけど、事態は私たちの予想もしていなかった方向へと転がっていったのだった。


誤算1。
舞波さんとの話が終わり、すぐに謝ろうと思ってたのに、顛末を耳にし(弟様がおチクりになりやがった)部屋にやってきたメイド頭さんからこっぴどく叱られた私は、その場で3日間の謹慎処分となった。
当然、お嬢様への接触は禁止。部屋で反省文を書くのと、自己学習の時間に充てるよう言い渡された。

誤算2。
夜になって、舞波さんもお嬢様と話す機会を作ろうとしていたのだけれど、弟様や妹様達が千聖お嬢様と一緒に居たがったから、2人になることはできなかったみたいだ。

誤算3
翌日、その日中には仕事先の別荘に戻るという旦那様達からの言葉を受け、お嬢様は家族と一緒に居たいとスケッチブックに書き、朝食後すぐに遠方の御祖父母様のお家へ出かけて行ったらしい。
夕食後、旦那様達と別れ、執事さんと共に深夜に近い時間に戻ってきたお嬢様は、疲れ切った顔ですぐ部屋に戻ったという。
そのため、舞波さんはお屋敷での最後の夜も、お嬢様と顔をあわせることができなかったみたいだ。



そして、舞波さんがここから旅立つ日の夕方。


お嬢様は、お屋敷から姿を消した。




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