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「では、Bグループ、行ってまいります!」

千奈美たちと入れ違いに、私とお嬢様は暗い校舎の中に足を踏み入れた。

「お嬢様、スリッパどうぞ」
「あ・・・ありがとう、ございます」

ピカピカのお高そうなローファーをちょこんと揃えたお嬢様は、深く深呼吸をしてから、来賓用スリッパに足を滑らせた。

「・・・怖いですか?」
「っ・・・そんな、違うわ!私は、あの・・・もう・・・中学3年生ですし・・・妹もいますし・・・だから、あの・・・」

最初は勢いよく反論してきたものの、お嬢様の語尾はどんどん尻すぼみになっていった。・・強がってるんだ、と思ったら、失礼ながらとても可愛らしく思えた。

前にももから聞いた話だと、千聖お嬢様は子ども扱いをとても嫌うらしい。
今年はしばらく離れて暮らしていた妹さんが家に戻ってきたこともあって、しっかりしなきゃ!って意識が強くなっているみたいだ。


「お嬢様、もし嫌じゃなかったら、手、つなぎましょうか」


だから私は、特につっこまずに手を差し出した。いずれはお嬢様が、“この人の前では強がらなくても大丈夫”って思えるような存在になれるように。今はその第一歩。

「雅さん・・・」
「ダメ?私はお嬢様と手つないで肝だめししたいなぁ」
「・・・・・ウフフ」

少しだけほっぺを赤くして、お嬢様の丸っこい手が私の手に納まった。

「早く行って、さっさと戻ってきましょう。何にも起こらないといいなぁ」
「ウフフ。でも雅さん、あんまり怖がっていらっしゃらないのね。千聖はとても怖いのに・・・あっ」
「だっはっは。可愛いなぁ、お嬢様ったら!」

さっそく自爆して、「違うの」なんてフガフガしているお嬢様の腕を、軽くうりうり突っついてみる。

「あ、あの、皆さんには内緒にしてください。その、千聖が怖がっていたって・・・お願い、雅さん」
「うん、わかりました!それじゃ、お嬢様と私だけの秘密で。私、口は固いんでご安心を」

安心して表情を緩めるお嬢様の、どことなく幼い仕草の一つ一つがなんとも愛くるしい。中等部の萩原さんとか、縄梯子の有原さんとかが、お嬢様に夢中になっちゃう理由が何かわかる気がした。


「足元大丈夫ですか?お嬢様足小さいから、スリッパ脱げちゃいそう。階段、気をつけて」
「ウフフ、お気づかいありがとうございます」


うんうん、我ながらなかなかいいお姉さんっぷりだ。ぶっちゃけ、このきもだめしが千奈美や茉麻と同じグループだったら、私は結構ビビッて騒ぎまくってたと思う。
普段がボケッとしてるからか、私は年下の子がいるとやけにちゃきちゃきしてしまう。責任感ってほどじゃないけど、守ってあげなきゃって。


「・・・そういえば、雅さん」
「はい」


ペタペタ音を立てて階段を上っていく最中、ふとお嬢様が足を止めて、少しだけ顔を近づけてきた。


「どうしました?」


お、お嬢様ったらいい匂いがする。これは・・・最近流行っている、魔女っこコスメのラインで出してるバニラのコロンだな。
そんな推理をしていると、奇遇にもお嬢様は「雅さんの、この香り・・・」と同様の話題を口にした。

「これは、すぎゃさんの使っていらっしゃるトワレと同じですね」

すぎゃ?す、・・・すがゃ・・・

「あぁ、菅谷さん!」

私の頭に、色白でまつげが長くて可愛らしい、お嬢様の同級生の顔が浮かんだ。
菅谷さんはももとも仲がいいから、前にお嬢様も一緒に4人でお昼を食べたことがある。照れやさんらしく、ももやお嬢様とは普通に話すのに、私が話しかけると、あばばばばってテンパッちゃう面白い子だった。

「へー、人と匂い被ったのって、この学校入ってからは初めてかも」


私が毎朝、首筋と手首にシュッと吹き付けているホワイトムスクのトワレ。使いはじめてから、もう5年近く経っている。
中学のとき、背伸びして買ったかなりお高めな逸品で、今もお小遣いを圧迫しているんだけど、一度も切らしたことはない。これは、私にとって特別な香りだから。


「すぎゃさんは雅さんのファンなのですって。それで、同じ匂いを纏っていらっしゃるのかもしれないですね」
「えー、そんな、ファンって!照れるなぁ~」
「ウフフ。すぎゃさんたら、Buono!のステージもとても楽しみになさってるのよ。学内販売の前売り券も、行列の先頭で手に入れたそうですし。推しメン?の調査でも、雅さんのお名前を書いたとおっしゃってたわ」

そ、そんなに想ってもらえていたとは・・・!たしかに、菅谷さんのメイクや制服の着こなし方は、私のと似ているような気がしなくもなかったけど。


「すぎゃさん、雅さんのお話をなさる時、本当に嬉しそうなお顔になるのよ。ぜひ、すぎゃさんのことをお見かけしたら、声をかえて差し上げてください」
「ええ、もちろん!」

かなりの人見知りな私だけど、これは素直に嬉しい。お嬢様の思いやりに応えるためにも、もっと菅谷さんに声をかけたりしてみようかな、と思った。


「そういえば」


そして、あと1階で生徒会室というところで、またお嬢様が立ち止まった。

「さっきのお話に戻ってしまうのだけれど・・・雅さんの、その」
「ああ、トワレですか?」

お嬢様はええ、と軽くうなずいた。


「その香りね、家のメイドが普段使っているのとも同じだわ。勤務中はつけていないから、なかなか思い出せなかったのだけれど」
「・・・そーなんですか・・・」


さっきも話題に出た、お嬢様の家のグロホラー好きのメイドさん。さっきは何気なく聞き流してたけど・・・何か、いろいろと心に引っかかるものがある。


「お嬢様、これはね・・・私の大切な友達と、おそろいで買ったトワレなんです。ちょっとわけありで、今はこじれて離れちゃってるけど。
なんか、お嬢様のおうちのメイドさんと、いろいろキャラが被るなぁ。顔も知らないのに、何気に気になる存在だなあ。なんて思ったりして」

「中学の・・・?そう、ですか・・・」

お嬢様は急に黙り込むと、何とも言えない表情で私を見つめていた。
ももに聞いた話とか、自分で接してみてわかったけれど、お嬢様は大人しそうに見えて、結構、喜怒哀楽の激しいタイプ。だけど、今の顔からは、気持ちを読み取ることができない。


正直、めぐとのことは、お嬢様になら話してもいいと思っている。
ただ、それなら中途半端じゃなくて、全部伝えたい。千奈美や他の仲いい子たちも打ち明けたことはない話だけど、なぜか、お嬢様にはむしろ聞いて欲しい。自分でも理由がわからないけど、そう思う。


「あの・・・」
「・・・ごめんなさいね、そんなに引っ張るようなお話ではないのに。上に、参りましょう。そうだわ、最近、妹が反抗期のようで、注意をすると口答えが・・・」

でも、お嬢様はふっと表情を崩すと、その話題はなかったかのように、歩き出しながらまた別のお話を始めた。少し残念に思う反面、どこかほっとした。
今ここでめぐの話を始めたって、ボリューム的に考えて、全ては話しきれないから。ちょっとタイミングが悪いし、それはまた違う機会にでもすればいい。

妹さんの明日菜お嬢様に言い負かされてしまって悔しい、なんてお嬢様の愚痴を聞きつつ、私も「最近弟が仲良くしてくれない」という家族ネタを話してみた。下の子に冷たくされるのが悲しいって、姉ならではなの悩みを共有できて嬉しかった。


そんなお喋りをしているうちに、私たちはいつのまにか生徒会室の前まで来ていた。
おおざっぱな千奈美が閉め忘れたのか、ドアが全開になっているもんだから、肝試しムード台無し。


「入りましょう」
「ええ」


直前まで、緊張感なく全然違う話をしていたせいだろうか。結局、暗い生徒会室に懐中電灯の光を巡らせても、まったく怖さは感じなかった。もちろん、怪奇現象もなし。


「何にもないですねー・・・お嬢様?」
「・・・え?あ・・・ええ、そうね。これなら、私でも怖くはないわ。ウフフ・・・」

お嬢様、心ここにあらずな感じだ。出だしはあんなに怖がっていたのに、今は全然違う事に意識が行ってるっていうか・・。


「じゃ、写真撮ってもらって帰りましょう」

2人揃って下を覗き込んだら、いきなりフラッシュが焚かれた。


「・・・ちょっとー!不意打ちやめてよ!ぶっさいくに写ってたらどうすんの!撮り直してよー」

わめく私に向かって、千奈美がにひひと笑って挑発してくる。

「だって遅いのが悪いんだもーん!それで、何かあったー??」
「んーん、別にー。じゃ、今から戻るねー!」
「いえっさーおつかれー!」


――千奈美のやつ、自分はもう終わってるからってはしゃぎおって。これで最後の矢島さんも何もなかったら、記事作り苦労するの誰だかわかってんのかしら。


「行きましょう、お嬢様」
「え、ええ・・・」
「お嬢様、お疲れですか?ごめんなさいね、うちらが引っ張りまわしたから」


相変わらずボーッとしてるというか、上の空なお嬢様。熱でもあるんじゃないかっておでこに触れたけど、異常はないみたいだった。
「あの、違うんです。ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって・・・大丈夫ですから、早く舞美さんにバトンタッチをしましょう。・・・あの、雅さん」
「は、はい」

お嬢様は私の名前を呼んで、少し口を閉じたり開いたりしながら、ためらいがちに視線を向けてくる。


「どうしました?」

千奈美じゃないけど、そのお顔はまるで子犬のドアップみたいで、思わず頭をわしゃしゃしゃってやりたくなる。


「あの・・・今度、千聖の家にいらっしゃいませんか?」

とても遊びの誘いとは思えないような、深刻な顔でお嬢様は言う。

「え?あ、はい。それは、喜んで。お嬢様とも寮のみんなとももっと遊んでみたいですし」

その様子が少し引っかかったけれど、私はお嬢様自身にも、噂の寮にももちろん関心はあるからそう答えると、お嬢様は何故か沈んだ面持ちになってしまった。

「あの・・・あ・・えと、そうなのですけれど・・・あの・・・み、雅さんは・・・」

心なしか、声が震えている。お嬢様は、泣き出しそうな様にも見えた。


「どうしたの?私、なんかしちゃいました?」
「ごめんなさい・・・なんだか、私混乱して・・・・っあの!さっきおっしゃってた雅さんと疎遠になってしまったお友だちのことなのですけれど・・・」
「え?」


――♪♪♪


その時、静かな室内にケータイの着信音が鳴り響いた。・・・この着信音は、千奈美だ。なかなか戻ってこないから、催促の電話だろう。なんとなく感づいたらしく、お嬢様は口をつぐんだ。


「いやだわ、私ったら。皆さんをお待たせしていることですし、急ぎましょう」
「あ・・・はい」

千聖お嬢様は、スッと表情を元に戻した。・・・何か、こういうところは随分大人びているみたいだ。

「きもだめしは怖くなかったけれど、雅さんとたくさんお話できてよかったわ」
「ええ、私もです。・・・お嬢様、今度、本当に遊びに行かせてくださいね。噂のメイドさんにも会ってみたいな」

私がなにげなくそういうと、お嬢様は目を丸くしてから、「ぜひ、」と嬉しそうに笑った。

まだまだ知らないことばっかりの千聖お嬢様だけど、こうして少しずつでも距離を縮めていけたらいいな、と思った。



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