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その夜。

「え・・・お嬢様、いないの?」
「うん。何かね、千聖のパパとかママ達が、仕事の都合で微妙に近くまで来てるから、今日は一緒に滞在先の別荘に泊まるんだってさ。学校はそっから直行するみたい。もちろんあっすーもね」
「んー、そっか」

寮のロビーにいた舞ちゃんとなっきぃからもらった情報は、ほんのり私を落胆させた。・・・佐紀に頭を整理してもらって、今が一番上手く話せそうだったんだけどな。


「・・・舞ちゃん。明日菜お嬢様にそんな呼び方・・・ケホケホ」

注意しかかって、なっきぃは軽く咳き込んだ。

「大丈夫?」
「ん、ごめんごめん。それより、夕食どうしようか?お嬢様が留守にしていらっしゃるのに、お屋敷で食べるのはちょっと・・・」

最近は寮生皆、夕食はお屋敷で食べさせてもらっているけれど・・・もともとは、みんなで寮のシステムキッチンを使って、交代で作ったりしていた。
あんまり使われなくなってしまった高級システムキッチン、密かにもったいないなあと思っていたところだから、これは腕を振るうにはいい機会だ。

「ウチ、なんか作るよ」
「本当?舞、チャーハン食べたいな。キムチと納豆のやつ」
「オッケー。ちょっと荷物置いてくるから待ってて」

お屋敷から食材をもらってこなきゃな・・・と思いながら、私は一先ず部屋に戻ろうと大階段に足をかけた。


――ズルズル、ドサッ


「ん?」

あまり聞き覚えのない音。
振り返ると、なっきぃがソファのすぐ下の床に手をついていた。

「なっきぃ?」
「なっちゃん!?どうしたの」

向かいのソファを立って、舞ちゃんも駆け寄ってくる。

「ご、ごめん。何か、クラクラして・・・」


苦笑いで立ち上がろうとするも、なっきぃは細い腕で力なく手すりを掴んだだけで、また顔をしかめてへたり込んでしまった。

「ど、ど、どうしよう。救急車?それともお嬢様の主治医さんに・・・で、でも連絡先がわかんないし」

私はパニックになって、無意味にバッグの中をかき回したり、ケータイを触って取り落としたりとおかしな行動を取ってしまった。
今まで、寮に居てこういう事態に見舞われたことがなかったから、対処方法が思いつかない。涙目で舞ちゃんの方を見ると、私とは対照的に、いつもの冷静な顔のまま、大きな瞳でなっきぃを見つめていた。


「落ち着いて、えりかちゃん。・・・たぶん疲労と風邪の引き始めなんじゃないかな。まだ熱出てないけど、呼吸荒いし、唇の色悪くなってる。部屋に戻ったほうがいいよ」
「舞ちゃん、大丈夫だから。そんな大事にしないで」


「何言ってんの。今、胃も痛いんでしょ?いろいろ弱ってる時は安静にしてなきゃダメだから。
えりかちゃん、なっきぃを部屋に運んでくれる?舞、お屋敷の医務室にある薬の箱持ってくるから。っていうか、忙しくなさそうだったら、執事さんかメイドさん連れてくる」

舞ちゃんは一気にそう言うと、早足で中庭の方へ駆けて行ってしまった。・・・情けない。私の方が年上なのに、判断も行動もモタモタしている自分に自己嫌悪を覚えた。
そりゃあ、舞ちゃんは普通よりずっと優秀な子だし、よく周りが見えているから、機転が利くっていうのもわかってるんだけど・・・。
せっかく佐紀に相談に乗ってもらったのに、お嬢様のことは何も進展せず、それどころかまた別の問題を誰かに頼ってしまったっていう現実は、確実に私を打ちのめした。


「・・・なっきぃ、とりあえず二階行こう」

せめて、肩を貸すぐらいのことはしなければ。
萎えそうになる気持ちをどうにか奮い立たせながら、私はなっきぃの腕を取って、再び階段を上がり始めた。


*****

「じゃあウチお茶入れるから、コンロ借りるね。その間に着替えておいて」
「うん・・・」

ベッドまでなっきぃを誘導してから、私は逃げるように備え付けのキッチンへ向かった。

オレンジ色のやかんにお湯をたっぷり注いで、ボーッとしてたらまた泣きそうになってしまった。
嫌だな。寮長の癖に、私はどうしてこうなんだろう。泣き虫で頼りなくて、誰にでもいい顔したがり。
新聞部事件の時だってそうだった。私がもっと要領よく動いていれば、きっともっと早く、お嬢様も舞ちゃんもあんなに傷つくことなく解決していたはず。


「えりこちゃん・・・」


背後から力ない声で名前を呼ばれて、振り向くとなっきぃが立っていた。

「あ、な、なっきぃ。だめだよ、寝てないと。ね?」

ぎこちなく笑いかけると、なっきぃは無言でギュッと抱きついてきた。


「なっきぃ?」
「・・・違うの、えりこちゃん」
「ん・・・何?」

なっきぃは小さく震えて、違うの、と細い声で繰り返す。
触れた体はとても熱くなっていて、舞ちゃんの言うとおり、風邪の引きはじめだったみたいだ。

「なっきぃ、大丈夫だから。ベッドに戻ろう」

そう言って少し体を離そうとしても、首を横に振って、しがみついたまま動いてくれない。


「・・・私、違うの。私は、お嬢様の邪魔をしたいんじゃなくて・・・そうじゃないの」
「うん、うん。わかってるよ。みんなも、お嬢様もわかってるから」


いつも強気で、寮生にだってめったに泣き言をいわないなっきぃが、苦しい胸のうちをポツポツと吐き出している。
その痛々しい姿に胸が痛む。きっと、どんな言葉を並べても、今のなっきぃには響かない。そんな気がした。


「あ・・」

いつのまにか、舞ちゃんが廊下の真ん中ぐらいにポツンと立っていた。大きな薬の箱を持って、まっすぐに私となっきぃを見ている。声をかけるべきか、考えているんだろう。目が合うと、少しだけ首を傾げる仕草をしてきた。


だから、私は無言で、首を横に振った。

(ごめん、舞ちゃん・・・)

きっと、なっきぃは年下の子にこういう姿を見られたくないはず。舞ちゃんも察してくれたみたいで、一度大きくうなずくと、薬箱を置いて静かに玄関の方に消えていった。


「えりこちゃん・・・?」
「ん?大丈夫だよ、なっきぃ。ちょっと、そこ座って待っててくれる?ウチ、ちゃんとそばにいるからね」
「ん・・・」

少し落ち着いたのか、なっきぃは小さなテーブルセットの椅子に座ってくれた。
コンロの前に立っていると、背中越し、なっきぃが私をじっと見つめているのを感じた。

「私ね」

しばらくすると、今度は少し落ち着いた声で喋りだす。

「いっつもお嬢様のやることに文句つけてばっか・・・何で私ってこうなんだろう。嗣永さんにも“頭固い”って言われちゃったし。
でもね、じゃあ私がお嬢様と一緒にギャルメイクを楽しめばいいのかっていったら、それは違うと思うの。お嬢様の行動を否定してるわけじゃないけど、何かいろいろ考えてたらわけわかんなくなっちゃって。」
「・・・何か、わかるなそういうの」

さっきより饒舌な様子のなっきぃ。もう落ち着いて話せるかなって思って、私は2人分のスープボウルを持ってなっきぃの隣に座った。


「いい匂い・・・」
「コンソメと生姜溶かしただけだけど、胃に優しいから飲んで。ぽかぽかするよ」


なっきぃは一口口に含むと、「おいしい」とつぶやいてやっと笑ってくれた。

「・・・さっきの、なっきぃの話だけどね。実は最近、ウチも・・・」


私は佐紀に相談したそのままの内容を、今度はなっきぃにも話してみた。
さすが生徒会副会長と言うべきか、なっきぃはさっきまでの動揺をスッと引っ込めて、真剣な顔で私の話に耳を傾けてくれた。


「・・・そっか、えりこちゃんもいろいろ悩んでたんだ」
「なんかね、ウチはずるい人間なんじゃないかって・・・」
「ううん、それ絶対違うから」

ピシャッと遮られて、私は思わず姿勢を正した。


「えりこちゃんはずるい人なんかじゃない。絶対。えりこちゃんがいなかったら、寮生会議とか成り立たないから。みんな自分勝手にいろんなこと言って、収拾つかないでグダグダになって終わっちゃう。
えりこちゃんみたいに、全体の事見て、みんながちゃんと納得できることを考えてくれる人がいるから、私たちは平和な寮生活を送れるの。」
「いやいや、ウチみたいなどっちつかずなことばっか言ってたら、いつまでたっても何にも進展しないだけだし!なっきぃみたいにビシビシ意見くれる人ってすごく尊敬するし、うらやましいとも思うよ」
「えりこちゃん・・・」
「なっきぃ・・・」


私たちは無言でガシッと抱き合って、泣き虫コンビの名に恥じないぐらいオイオイと泣き出した。


「・・・もう、心配してもっかい来てみれば・・・なにやってんの」


苦笑する舞ちゃんが、愛理と舞美ちゃん、栞菜を連れて戻ってくるまでに、私たちはティッシュボックスを空っぽにしてしまった。


*****

それから1時間後。
感情を昂ぶらせたせいか、本格的に熱が出てきてしまったなっきぃを寝かせてからロビーに集まっていると、すぐ近くで、車が急停車する音が響いた。

「千聖・・・」

舞ちゃんがつぶやいて立ち上がると同時に、入り口の大扉がバーンと音を立てて開かれた。
血相を変えたお嬢様が、小さな体から正体不明のオーラを出しながらこっちに向かって歩いてくる。

「え・・・お、お嬢様?どうして?」
「舞からメールをもらって帰ってきたの。・・・なっきぃは!?体調を崩したのでしょう?」

それ以上話すのも面倒と言った様子で、お嬢様は階段を睨みつけて大またで上がろうとする。


「いけません、お嬢様!」

やっと追いついてきた執事さんとメイドさんが、2人がかりで止めにはいった。


「離して!お見舞いに伺うだけよ!」
「お嬢様、寮に足を運ばれるのはもちろん構いません。ですが、中島さんは体調を崩されているのでしょう?」
「そんなことっ・・・」

言いかけて、お嬢様は唇を噛んだ。

お嬢様はちゃんと理解している。
執事さんやメイドさんが、意地悪で自分をなっきぃを会わせてくれないんじゃないことも、もし自分に風邪が移れば、いろんな人に迷惑や心配をかけてしまうということも。
それでも大好きななっきぃに会わせてもらえないことは、あまりに悔しくて、とても納得しきれるものではないみたいだった。

「・・・わかったわ。千聖は具合の悪いお友だちに会うことも許されないのね。もういいわ」

普段のふわふわした雰囲気からは考えられないぐらい、お嬢様は刺々しい口調でそう言い捨てると、執事さんたちを押しのけるようにして寮から出て行こうとした。

「あ・・・!」

とっさに、私はお嬢様の手首を掴んだ。バシッと派手な音がして、みんなの視線が集中する。

「・・・えりかさん?」
「あ・・・えーと・・・」

また自分の悪い癖で、この期に及んでゴチャゴチャ考え出しそうになるのをどうにかこらえる。

「あ、あの!なっきぃの部屋はダメでも、ウチの部屋ならいいですよね!ね?」
「ええ・・それは、もちろん」
「じゃあ、お嬢様お借りしますんで!行きましょう!」
「いってらー」

寮の皆は手を振りながら、快く送り出してくれた。

「え・・あの、えりかさん?あら?あの・・・・」

いきなりの展開に、目を白黒させてるお嬢様を連れて、私は自室へと戻った。



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