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「あの・・・えりかさん?」

私のベッドの端っこに座り込んだお嬢様は、お気に入りのハートのクッションをギュッと抱いて、上目づかいで私を見つめてきた。

「あは、大丈夫ですよ、お嬢様」

それは、お嬢様が怒られることを恐れる時の癖。めぐやなっきぃが頭から湯気を出していると、近くにある枕やぬいぐるみをだっこして、気持ちを落ち着かせようとする。

――まあ、私がお嬢様を叱り付けるなんてことは、まずありえないんだけどね。

「少しでもなっきぃの側にいたいでしょう?ウチ、隣の部屋だから。ここにいれば何かあってもすぐにわかりますし」
「えりかさん・・・」

お嬢様は少し表情を緩めた後、また視線を落として、ため息をついた。

「・・・私が、悪いのかしら」


主語がなくても、何のことだかわかる。お嬢様の長いまつげがふるふる揺れている。
私は隣に腰を下ろして、緊張させないように、そっと手を握った。


「私が・・・木曜日に、あの・・・」
「お嬢様。なっきぃは、学園祭の準備で忙しかったのと、風邪を引いてしまったのでダウンしてしまっただけですよ。」
「でも・・・」

うーん。どう言ったものか。
お嬢様は結構な天然っ子だと思うけど、意外に察しが良くて、機微を読み取る力がある。このままうやむやにすれば、深読みして、余計に傷つけるだけだ。

(あわてない、あわてない。ちゃんと頭の中で話す順番を組み立てて・・・)

「お嬢様。どうか悲しんだり、怒ったりせずに聞いていただきたいんですが」
「・・・ええ、わかったわ。えりかさんがそうおっしゃるなら」
「なっきぃが体調を崩してしまったのは、別にお嬢様のせいではないと思うんです。本当に。
ただ、今学園で流行っているメイクのことはやっぱり気にしているみたいで・・・」

お嬢様の瞳が揺れる。私は思わず、重ねた手に力を込めた。


「ほら、なっきぃは風紀委員でしょう?メイクや制服に目を光らせてしまうのは、仕方のないことなんです。
でもなっきぃは、お嬢様のギャルメイクや制服を全部ダメー!って言ってるんじゃなくて、今みたいに学園内で嗜んでいる分には問題なかったんですけど」
「あら・・・どういうことかしら?」
「お嬢様、今年の学園祭のお日にち、覚えていらっしゃいます?」

そう問いかけると、お嬢様は目をパチパチさせて、私の学習机の上のカレンダーを見た。

「えっと・・・2週間後の・・・・・あっ!」
「おわかりいただけたでしょうか」

感慨深げに、何度も深くうなずくお嬢様。

「木曜日だったのね・・・全く知らなかったわ」

お嬢様は隣で寝ているなっきぃを気遣うように、心配そうに壁に視線を向ける。


「やっぱり、外からお客様がたくさんいらっしゃる日ですから・・・その、なっきぃは生徒皆がハデハデなところよりも、いつもの学園の雰囲気を見てほしいんじゃないかなって」


慎重に、言葉を選びながらそう伝えると、なぜかお嬢様はウフフと小さな声で笑った。

「お嬢様?」
「ああ、ごめんなさい。笑ったりなんかして・・・」

少なくとも、悲しんだりしている様子はないから、ちょっと胸の仕えが取れた。

「お茶、飲みません?作り置きで申し訳ないですけど」

冷蔵庫に数個陳列してあるポットの中から、お嬢様の好きなベルガモットティーを選んでグラスに注ぐ。
喉が渇いていたのか、お嬢様はコクコク音を立てて一気に飲み干した。


「・・・とてもおいしいわ。えりかさん、お茶を入れるのもお上手なのね」
「ありがとうございます。最近お茶にハマッてるんで、他にもいろいろありますよ。よかったら、御代わりいかがですか?」


二杯目のアッサムを半ばまで飲んだ頃、お嬢様は「・・私ね」と口を開いた。


「きっと、内弁慶なのだと思うわ」
「内弁慶。」
「ええ。大好きな人達がいるところでなら、ワガママな行動をとっていいって思ってしまうの。
前は、お屋敷だけがその場所だったわ。でも、寮に皆さんが来てくれて、ここも私の“内弁慶”できる場所になった。」

穏やかな顔で微笑まれて、私もつられて笑顔になる。この話の行き先がよくわからないけど、なぜか安心して耳を傾けていられる。不思議な心境。

「・・・それでね、最近は、学園もそんな大切な場所になってきているみたい。
前は、私はこの学園にいないほうがいいのかもしれないって考えていたけれど・・・少しずつ、そうじゃないって、前向きに考えられるようになってきたの。
ももちゃんやすぎゃさん、大きな熊さん。佐紀さんに茉麻さん、新聞部の雅さんや徳永さん。千聖のことを構ってくれて、仲間に入れてくれる方がたくさんいて、本当に幸せ。
木曜日のお化粧や制服の着こなしも、私のことを許してくれて、受け入れてくれる方たちがいるから、つい冒険しすぎてしまったのかもしれないわ。さすがに、外部の方に見られてしまうのは少し恥ずかしいわね」
「お嬢様・・・」

「もう、ぎゃるは終わりにしてもいいわ。なっきぃもきっと安心するでしょうし。ぎゃるちーむも解散して、学園の皆さんにも、学校新聞の紙面をお借りして呼びかけましょう。」


少しだけ、お嬢様の笑顔が翳ったような気がしたのは、罪悪感のせいだろうか。

“ギャルはやめにする”
その言葉は、今私が一生懸命引き出そうとしていたものだったはずなのに・・・こうもあっさり言われてしまうと、不思議な事に、どこかソワソワした気分になる。


「で、でも、せっかく・・・。例えば来週だけ曜日をずらすとか、そういうことでいいと思うんですけど。何もいきなりやめなくても」
「あのね、えりかさん」

お嬢様はおもむろに立ち上がると、私の前に移動して、顔を近づけてきた。


「な、なんでしょ」
「見て」

片手で前髪を上げて、おでこを指さす。


「んー?・・あ、あらら~」
すっきりした小麦色のそこに、点々と赤い痕。よく見れば、ふっくらほっぺにも小さいのが1個。

「ニキビ、というか、吹き出物ですねぇ」
「ええ。お化粧をするようになってから、肌がちょっと・・・」
「普通のメイクより、だいぶ厚く塗ってますからね、ファンデとか」

今までほぼノーメイクを貫いてきたお嬢様のお肌は、いきなりの刺激にびっくりしてしまったみたいだ。

「あまり肌に良くないことなら、残念だけどいつかはやめないと、って丁度考えていたところなの。
お化粧を落としても、なかなか治らなくて。すぎゃさんも、お肌が荒れてしまっているみたいなの。大きな熊さんは特に問題ないそうだけれど。」

おお、出ましたもぉ軍団。

「でも、梨沙子ちゃんも熊井さんも、ギャルチーム解散に賛成してくれますかね。結構気合はいってたじゃないですか、3人して」

彼女たちは、学園でも珍しい“お嬢様をさほど特別扱いしない派”だった気がする。いきなりの解散宣言に、はいわかりましたとうなずいてくれるとはちょっと思えないんだけど・・・。

「大丈夫よ。なっきぃのためですもの。きっとわかってもらえるわ」


そこまで喋ると、お嬢様は小さくあくびをかみ殺した。

「いやだわ・・・ごめんなさい。少し安心したら、気が抜けてしまったみたい」
「んー・・・よかったら、ウチの部屋に泊まっていきませんか」



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