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電車のドアが開くと同時に猛ダッシュで階段を駆け上がり、PASMOを叩き付けて改札を飛び出した。
なっきぃから涙声の電話をもらってから約30分で、私はレッスンスタジオの最寄り駅に到着した。
…なっきぃ、何があったの。
今日はなっきぃと栞菜がちょっと言い争いになった。
私は揉め事や喧嘩が苦手だから、いつもみたいにすぐに割って入った。
なっきぃが引き下がってくれてその場は収まったけど、もしかしたら私の強引な仲介が泣くほど辛かったのかもしれない。
あるいは栞菜と鉢合わせになって第2ラウンドが…そっちか!栞菜か!
「開けるよ、なっきぃ!栞菜!」唯一電気が点けっ放しだったロッカールームに直行して、ドアを開ける。
「…………あれ?」
なっきぃはいたけど、栞菜はいなかった。
栞菜はいなかったけど、ちっさーと舞がいた。
「みぃだん…」目を真っ赤にしたなっきぃがしがみついてきた。
一体これはどういう状況なんだろう。
ドアに近いベンチでなっきぃが顔を覆っていて、一番奥のロッカーの前でちっさーがぼんやりと空を見つめていて、そのちっさーの肩に指を食い込ませながら舞が何かを呟いている。
「どどどうしたの、なっきぃ。栞菜は?」
「…?栞菜?いないけど」
「そっか。」
だとしたら、なっきぃは一体何で泣いてるんだろう。
いや、なっきーだけじゃなくて、あの二人も。
「何があったか聞いてもいい?」
「いいけど、うまく答えられないと思う。」
「そっか。」
とりあえずなっきぃは落ち着いたみたいなので、私はちっさーと舞のほうに向かった。
「大丈夫?二人とも。」
「舞、美さん」
ちっさーは相変わらず、夢でも見てるような顔でこっちを見た。
「やだ!舞美ちゃんに話しかけないでよ!」
突然、舞が起き上がってちっさーを突き飛ばした。
「ちょっと!舞!」
お嬢様化したちっさーのことが気に入らないのは知っていたけど、こんなことを許すわけにはいかない。

「もうやだよ、舞美ちゃん・・・舞どうしたらいいのかわかんないよ」
「舞・・・・」
舞も泣きながら私の腰にすがり付いてきた。
右になっきぃ、左に舞。
ちっさーは相変わらず表情のない顔で私たちを眺めていた。
「あの、さ、とりあえず今日は帰ろう?タクシー呼んで四人で帰ろうよ。もうけっこう遅い時間だし。また今週中にレッスンあるから、そのとき話そうよ。うん。今日は落ち着いたほうがいい。」
「・・・そだね。」
力なく立ち上がったなっきぃが、荷物をまとめ始めた。
「・・・・舞美さん。私、父が迎えに来てくれるので。早貴さんと舞さんとご一緒にお帰りになって。」
「でもちっさー」
「舞さんって呼ばないでよぉ・・・・!バカ!」
ずっと黙っていたちっさーがやっと喋ってくれたけれど、何か言うたびに舞が過剰反応してしまって、あまり会話にならない。
こんなに情緒不安定な舞を見たのは初めてだった。
「大丈夫です。私のことはお気になさらないで。」
「ほら気にするなって言ってる。もう帰ろう。」
ど、どうしよう。こんなことになるとは思ってなかった。
いくら鈍い私でも、今ちっさーと舞を一緒にしておくわけにいかないのはわかった。
舞もちっさーも、私の決断を待つように黙り込んだ。
「千聖。お父さんはいつ来るの?」
沈黙を破って、なっきぃがちっさーに話しかけた。
「きりがないから、私たちは三人でタクシー乗って帰るよ。でも、千聖のお父さんが来るまでは待つ。それでいいよね、みぃたん。」
「あ・・・うん、うん!それがいいよ!なっきぃの言うとおり。ちっさー、パパは今どのへんかな?」
すると急に、ちっさーの顔がこわばった。
「え、どうしたの?パパ遅くなりそうなの?」
ちっさーは何も答えない。
「・・・千聖。本当はお父さん、来ないんじゃないの。」
「え」

なっきぃが聞くとほぼ同時に、ちっさーは私たちの横をすり抜けるようにして、ロッカー室を飛び出していった。
「ちっさー!」
「嫌!二人とも行かないで!舞と一緒に帰るんでしょう!?」
必死にしがみつく舞の手を離すことはどうしてもできなかった。
リーダーなら・・・・こんな時どうするべき?私じゃなくて、佐紀だったらどうしてる?先輩達なら・・・
「私、追いかけてくる。」
私がもたついてる間に、なっきぃが走り出した。
再び泣き出した舞の頭を撫でながら、私は今までの人生最大ともいえる挫折感をじわじわと味わっていた。

私、ちっさーを見捨てちゃったことになるの?
本当にこれで良かったの?
キュートは問題のないグループだと言われていた。
でもそれは、皆がお互いを温かく守りあっていたから。
私の力なんかじゃ絶対にない。
むしろ、こういうときに決断もできないような私がリーダーだなんて。
「ご、ごめん。見失っちゃった。どうしよう・・・・。」
しばらくしてなっきぃが戻ってきた。
必死で追いかけたんだろう、呼吸がすごく乱れている。
「ありがとうなっきぃ。じゃあ、まずちっさーのパパとママに連絡してみよう。」
携帯を開いてアドレスを確認していると、いきなり画面が着信通知画面に変わった。
「ちっさーだ!」
急いで電話に出た。

「もしもし、ちっさー戻っておいで!」
“舞美さん・・・・・私、ごめんなさい。大丈夫ですから。一人でも平気です。”
「何言ってんの。ダメだよ。一緒に帰らないならちっさーの家に連絡するよ。」
“両親には、今連絡を取りました。私のことなんかより、舞さ・・・・・ま、舞ちゃん・・・をお願いします。”
それだけ言うと、ちっさーは電話を切ってしまった。
「ねぇ、舞。ちっさーが舞のこと、舞ちゃんって言ったよ。良かったね。」
「・・・・その人に言われても嬉しくない。」そっか。難しいね。
「みぃたん。そしたら、本当に千聖が連絡とってるのか確認とって、OKだったら私たちもここ出よう。もう本当に時間やばいから。」
あぁ、なっきぃは冷静だ。順序を考えて行動している。
それに比べて私は何て。

「連絡取れた。千聖から迎えにきてほしいって電話あったって。」
「そか。じゃあ、私達も出よう。」
三人とも無言で、ビルの出口を目指す。
突然呼び出されて、突然の事態に対応できず、しまいには助けを呼んだひとに助けられてしまった。
私、バカじゃなかろうか。

タクシーは既に入口に止まっていた。これもなっきぃが手配してくれたのかもしれない。
凹んだ気持ちのまま乗り込むと、疲れ切っていた舞が寄りかかってきて、そのまま寝込んでしまった。
本当はこんなになる前に、私が気づいてあげるべきだったのに。つくづく鈍感な自分が嫌になった。
「みぃたん。」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう。みぃたんがキュートのリーダーで良かった。」
キュフフと照れたように笑うと、なっきぃも寝る姿勢に入った。
単純な私はこんな一言だけで十分浮上できるみたいだ。
結局、何があったのかはわからなかった。でも話すべき時が来たら、いつかは教えてくれるだろう。
こんなリーダーでも、頼ってくれる人がいるんだ。もっともっと頑張っていかないと。
・・・ちゃんと、舞とも話をしないとね。
両肩に二人分のぬくもりを感じながら、私はちっさーへのメールを打ち始めた。


********************
どこをどう走ったのかもうわからない。
レッスン着に室内履きのまま、私はにぎやかな街の中を一人で彷徨った。
いつの間にか大粒の雨が降り出して、体中を打ち付けられた。
もう涙は出なかった。
頭がぼんやりして、何か考えようとしても何も思いつかない。
私のせいで、私が存在することで、大切な人が傷ついてしまう。
もうあの場所にはいられない。濡れて帰るにはちょうどいい気分だった。
狭い路地を何度か曲がった辺りで、私はバッグの中で携帯が振動していることに気づいた。
「あぁ・・・・」
早貴さんや舞美さんから、たくさんの着信。メール。
こんな私をまだ心配してくれるなんて、本当に優しい。
画面をスクロールしていくと、早貴さんの前に、もう一通メールが届いていた。
「栞菜。」
たわいもない、雑談のメールだった。
それが何故か今は心にしみてくる。
栞菜に会いたい。
もう何も考えられないぐらいに疲れ果ててていたけれど、私は力を振り絞って返信を打った。
《栞菜にお話ししたいことがあるの》



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