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足を踏み入れた、大きなアイランド型のキッチン。
そこで、愛理と菅谷さんが忙しなく働いている。

「あれー、来てくれたんだ」

私たちの姿を発見した愛理が、ニコニコ笑いながら近づいてくる。
そのまま、手にしていた薄茶のチョコレートを口に入れてくれた。

「あ、美味しい」
「うん、優しい味だね」

苦味のない、一口大のハート形のミルクチョコレート。
ナッツとかパフも入っていないから、噛まなくても、濃厚な甘みが舌の上でふんわりと溶けていく。

お嬢様のお屋敷だけあって、これは、相当いい材料を使っているんだろう。セレブな食べ物にそう馴染みのない私にもよくわかる。これだけ甘くても、ちっともくどくないっていうか・・・


「何か、愛理らしいね」
「ケッケッケ。そう?」

きっと、丁寧にじっくり作り上げた逸品なんだろう。
単に高級なチョコを使ったってだけじゃ、こんなにいい味にはならないと思う。
シンプルなだけに愛情がギュッと詰まってる気がして、そういうとこも含めて愛理っぽいな、なんて感じた。


「舞ちゃん、有原さん。梨沙子のも見てほしいな。ちょっと試食はさせてあげられないけどぉ・・・っていうかこっち来てくれる?」

なんとなくほわーんとした空気になって和んでると、奥の調理台の方から、菅谷さんが手招きをしてきた。
ギンガムチェックの赤いエプロンに、ポニテですっきり髪をまとめたそのお姿。なかなかどうして、可愛いかんな!じゅるり。


「菅谷さん美味し・・じゃなくて、エプロン似合いますねぇ。グヒョヒョヒョ」
「・・・栞菜、浮気性なら千聖は返還してもらいましゅからね」

私の微妙な声のトーンを聞き分けて、即睨みをきかせてくる舞ちゃん。怖っ!


「おお・・・」


えっへんと胸を張る菅谷さんの横に、こげ茶色の小ぶりなウエディングケーキみたいなのが1つ。
いかにも芸術系のことに長けている菅谷さん(可愛い子のプロフィールは(ry)らしく、カラフルなチョコスプレーやアラザンで綺麗なデコレーションを施してあるそのケーキ。
飴細工で作った鶴が、頂上でどうどうと羽を広げている。

誰がどう見ても絶対本命用。こんな立派なもの、頼まれたって試食なんてできるもんですかっ!


「どう?」
「いやー・・・何ていうか、豪華だね。気合を感じるよ」

さすが、夏焼さんへの貢物・・・と思ったけど、そういうことは言わぬが花。

「すぎゃさん、土台のケーキから手作りしているのよ。ココアスポンジで、胡桃が入っていて、とても美味しそうだったわ」
「でしょでしょー?頑張ったんだもーん。愛理と岡井さんが手伝ってくれたから、いいのできたよ!ありがとねー」

同級生トリオではしゃぎながら、ケーキの出来について談笑している三人娘。
こりゃ、明日学校に持ってくの大変だろうなー・・・なんて思いつつ、次はお嬢様の作業スペースに目を移す。


「ウフフ、私のはこれよ」


小麦色の指が示す、白いレースのペーパーナプキンの上に、人差し指の爪ぐらいの大きさの丸っこいチョコレートがコロコロ転がっている。

「なーに、これ?チョコボール?」
「それは召し上がってみてからのお楽しみよ」

キラキラ黒目で見つめられ促されるがままに、それを口に運ぶ。

噛み締めると、カリッという小気味よい音とともに、口の中に独特の風味が広がっていく。


「・・・コーヒー豆?」
「ええ、そうよ。お味はどうかしら」
「美味しいよ、千聖」

私が答える前に、舞ちゃんがニュッと顔を突き出して、お嬢様に微笑みかける。
負けじと後ろからお嬢様と目をあわそうとするも、舞ちゃんのたくみなディフェンスに妨害されてしまう。
ざまーみろ!って感じの顔でチラチラと目を合わせてくるのがくやしくて、私は舞ちゃんのわき腹に顔を突っ込んで、そこからお嬢様に話しかけることにした。

「うわっ!なんだよ、栞菜!」
「何とでも言え!・・・お嬢様、とても美味でしたよ。ほろ苦いコーヒー豆を、キャラメル味のチョコレートが優しく包んで。まるで、私とお嬢様あががががいででででで」

強烈なヘッドロックをかけられ、悶絶する私を見て、美少女三人衆がケラケラと笑ってくださっている。嗚呼・・苦しいけど、最高な気分だかんな!


「・・・でも、良かったわ。皆さんが美味しいって言ってくださるなら、安心してお送りすることができるもの」

お嬢様の声を聞いて、私を三途の川へ追いやろうとしていた、舞ちゃんの手がピタッと止まる。

「ん?お送りって・・・何?寮生にも学校の人にも普通に渡せばいいじゃん」

「あら・・・だってそれは、学園の皆さんに差し上げるものではないのよ。」
「は?」
「いやだわ、舞ったら。舞に差し上げるものなら、ここでお味を見ていただくはずがないじゃない。ウフフ」
「いだだだだだ」

みるみるうちに舞ちゃんの顔が真っ赤になって、私の喉を捕らえたままの腕に再び力が篭る。


「だ・・・だったら誰にあげるの、それ!舞に断りもなしに!亭主の前で堂々と浮気とはどういう了見でしゅか!」
「ウフフ、どうしたの。そんな怖い声を出して」

あまりの舞ちゃんのキレッぷりに、お嬢様以外のみんながドン引きしている。
この状況で、ほわんとニコニコしていられるなんて、お嬢様・・・ま、そこが可愛いんだかんなイデデデデ!

「あのね、これはね、舞波ちゃんにお贈りするのよ」

ふと、表情を和らげたお嬢様が出した名前。
その瞬間、舞ちゃんの息がグッと詰まるのがわかった。


舞波さん。

私は会ったことがないけれど、お嬢様の遠縁の親戚で、前にお屋敷に滞在していたことがあるらしい。
愛理曰く、とても頭がよくて、思いやりがあって、穏やかで、不思議な力をたくさん持っている素敵な人。
以前お嬢様に見せてもらった写真では、可愛らしいエクボが特徴的な、やさしそうな人だなっていう印象だった。


「舞波ちゃんね、千聖のお家に常備してあるコーヒーがお好きだったから。執事に、豆の状態のを用意させたのよ。喜んでくれるかしら」
「ケッケッケ、きっと舞波さんびっくりしますよぉ。せっかくだから、私も一緒に、舞波さんに文庫本を送ってもらっていいですか?お嬢様」
「もちろんよ。舞は?舞は何か舞波ちゃんに送るものはあるの?」


ご機嫌の証のように、三日月お目目ではしゃぐお嬢様。
それに反比例するかのように、舞ちゃんの表情が曇っていく。


「舞?」
「別に、ないし。萩原舞がお元気ですかって言ってたとだけ伝えといて。舞もう部屋戻るから」
「ぐえっ」

ドサッと床に落とされて、ちょっとばかしお尻が痛い。

「あら、舞ったら・・・」

そのまま、ドアを開けて舞ちゃんは出て行ってしまった。

「・・・ごめんなさい、お嬢様。私もひとまず失礼します」


舞ちゃんの寂しげな表情が、妙に心に引っかかる。
ナマイキ天才美少女とはいえ、まだ14歳。
放っておく気にはとてもなれなくて、私も慌ててキッチンを後にした。



「・・・何か用」


寮とお屋敷を繋ぐ場所にある、小さなお庭。
お嬢様のお気に入りの箱ブランコを揺らしていた舞ちゃんは、私をチラッと見ると、少し眉間の皺を深くした。


「一緒に乗ってもいい?」
返事はなかったけど、ダメって言われなかったから、私は半ば無理やりに舞ちゃんの隣に体を押し込んだ。


「・・・キレてないっスよ」

しばらくすると、舞ちゃんが照れくさそうに笑いながら呟く。

「当然っス。舞ちゃんキレさせたらたいしたもんっスよ」

とりあえずそれに乗っかってみると、舞ちゃんは「プッ」と大げさに吹いて、ケラケラと笑い出した。
そのまま、勢いよく立ち漕ぎでブランコを揺らし始める。


「ま、舞ちゃん?」
「あは、ごめ・・・情緒不安定だ」


あんまり顔を見られたくないのか、そうやって乱暴にブランコを漕いだまま、舞ちゃんはまた喋りだした。


「舞波さんって、超いい人なんだ」
「うん、何かわかる」
「舞、あんな人間の出来た人、見たことないよ。
ここに舞波さんが居た頃、ヤキモチで結構悪い態度とか取っちゃった事もあるんだけど、舞波さん全然怒らないの。
めっちゃ頭いいし、誰に対しても変わらずに優しいし、そりゃああのワガママ甘えん坊の千聖が夢中になるのは仕方ないでしょ。
それに、栞菜みたいな℃変態とか、なっちゃんみたいに負けず嫌いだったり、鬼軍曹のような喜怒哀楽はっきりしてる人なら、舞なりの戦法で戦えるんだけど、舞波さんは掴みどころがないんだよね。
そもそも、舞のことをライバルだなんて思っても居ないんだろうし」
「舞ちゃん・・・」


それはある意味敗北宣言のはずなのに、なぜか舞ちゃんはやたらすがすがしい顔をしていた。



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