「怒らないの?」
恐る恐る聞いてみると、舞ちゃんは「ぜーんぜん」と首を横に振った。
「ちょっと・・・いや、ものすごくヤキモチは焼いてるけど、こうやって少し離れて頭冷やせば大丈夫」
「そっか」
「あっ、でもね、別に負けたつもりはないから。誤解しないでよね。
結局舞は舞波さんみたいにはできないし、そもそも千聖が私に求めてる事と、舞波さんに求めてる事は、根本的に全然違うんだと思うんだよね」
すごい・・・達観しすぎやろ、萩原はん。
私だったら、嫉妬で何をしでかすかわからないようなシチュエーションなのに。
「舞ちゃんは、お嬢様を独占したいって思わないの?」
「・・・うーん。本音はしたいけど。綺麗な鳥籠に閉じ込めて、ずっと見つめてたいとか考えたりするよ」
「わかるわぁ。お嬢様に、私だけしか見えなくなる魔法をかけて、ずっと二人だけで生きていきたいとか」
ふっふっふ。
グヒョヒョヒョヒョ
晴天の下、とっても不健康な話で盛り上がる私達。
お嬢様私設親衛隊の中では、なっきぃはめっちゃ健全なタイプだけど、私と舞ちゃんはダークな部分で非常に波長が合う。
その後もお嬢様が耳にしたら失神しそうな話題で盛り上がっていると、寮とお屋敷との境にあるドアがほそーく開いて、愛理が申し訳なさそうに顔を出した。
「ちょっとよろしいでしょうかぁ~」
箱ブランコの揺れを止めた私たちの前に、くねくね走りで近づいてくる愛理。
「これ、さっき作ったチョコ。一日早いけど、出来立てをと思いまして。カッパの宅急便でーす」
淡いピンクのラッピングバッグに、白いリボンの装飾。
「おー、可愛い!」
中にはミルクチョコだけじゃなくて、ホワイトやビターのハート型チョコがたっぷりと詰まっていた。
優しくて甘い、愛理の手作りチョコ。私も舞ちゃんも、自然に表情がほころぶ。
「まあまあ、それを食べて、不健全な妄想はやめようじゃないか!ケッケッケ」
――あ、やっぱり聞いてたんスね。
箱ブランコの向かいに愛理をお招きして、しばし癒しのおやつタイム。
「ところで、千聖は?まだ梨沙子ちゃんとチョコ作ってるの?舞がいきなり出てって、変な顔してなかった?」
舞ちゃんの矢継ぎ早の質問に、愛理はちょっとびっくりしてから、楽しそうに笑った。
「笑うなよぅ」
「ケッケッケ。だって、本当好きなんだなって、お嬢様のこと。もちろん私も好きだけどね。
梨沙子はケーキ持って帰ったよ。お嬢様は、お屋敷の人と寮の皆にチョコレート配ってる。
舞ちゃんがいきなりどっか行っちゃって、びっくりしてたよ。あとで舞ちゃんのお部屋に行くって言ってた」
「あ、そう?ふーん」
軽ーく受け流してるつもりなんだろうけど、ほっぺが緩んで嬉しさが隠しきれてない。
私もこれからお嬢様が持ってきてくれるであろう、チョコのことを妄想すると、ニタニタ笑いが止まらなくなってしまう。
あの丸っこくて可愛い手によって生み出された、至高のスイーツ!たまらんです!
「・・・栞菜、顔ぶっさいくになってる。何そのニヤけた顔」
「う、うるさーい!舞ちゃんこそっ」
私たちのくだらないやりとりに、愛理の笑い声が重なる。
早く、お嬢様来てくれないかな。
私の心は、ほっぺをピンクに染めて「あの・・・栞菜、これ・・・私の気持ちよ・・・」と恥らうお嬢様(という妄想)に囚われていた。
――だが。だが、しかし。
「お嬢様、さっきはチョコレートありがとうございました!」
「大切にいただきますね!」
「ウフフ、どういたしまして」
お屋敷での夕食時。
笑顔でお嬢様にお礼を言ってる舞美ちゃんとえりかちゃん、なっきぃ愛理を横目に、私と舞ちゃんのテンションは極限までダウンしていた。
「キュフフ、嬉しいなぁ。お嬢様、こんなにお手間をかけていただいて。なっきぃからのも期待しててくださいねっ」
ああ・・・喜ぶなっきぃが憎らしい。だって、だって!
今回のバレンタイン、舞波さんへのコーヒーチョコだけじゃなくて、お嬢様は、それぞれあげる人によって、いろいろな種類のを作ったみたいだった。
チョコ大好きなえりかちゃんには、大ぶりな生チョコ。
舞美ちゃんには、甘さを抑えたココアクッキー。
なっきぃには、細く切ったオレンジピールのオランジェ。
愛理には、抹茶を練りこんだビスケットをキューリに見立てた、変り種のチョコディップ。
めぐぅには、アーモンドやナッツをふんだんに混ぜ込んだクランチチョコ。
メイドさんや執事さんだって、みんなの分の余りを詰め合わせにしたものをもらっていた。
なのに、なのに、なぜか私と舞ちゃんだけ、何ももらえていないのだ。
――何か、怒らせるようなこと・・・はいつもしてるけど、今日は別に何もやらかしてないはず。
さっきの試食の時だって、超ご機嫌だったのに、なぜ!!
「あら、栞菜ったら。千聖の顔に何かついているかしら?そんなにジーッと見つめて、どうなさったの?」
「お嬢様はぁ~ん・・・」
お嬢様の態度もいつもどおりで、私と舞ちゃんのげっそり顔の理由にも気づかないご様子。
「あー・・・お嬢様ぁ、えっと」
「んーと、2人に・・・あのー」
お嬢様からもらったチョコの話を一向にしない私たちの様子で、みんなは何となく察してくれたみたいだ。
でも、そのことをお嬢様にどう言ったものかと口ごもっている。
「・・・ごちそうさま」
いたたまれなくなった舞ちゃんが、席を立とうとする。
「舞?どうしたの、今日はすぐにどこかへ行ってしまうのね。あとで、千聖のお部屋で時代劇を・・・」
のほほんとしたお嬢様のお顔が逆に気に入らなかったんだろう、みるみるうちに、舞ちゃんの愛らしいお顔が殺戮ピエロへと変わっていく。
「ちしゃとのあほー!」
「んーっ!」
お嬢様のぷにぷにほっぺを、両側から掴んで上に持ち上げる舞ちゃん。
「舞ちゃんやめるケロやめるケロ!」
「はぁ!?」
今度は慌てて引っぺがそうとするなっきぃをロックオン。
「なにがやめるケロだっこの(自主規制!)」
「ギュフー!!!」
なっきぃが手にしていた、お嬢様お手製のオランジェ。
それを、いつぞやの舞美ちゃんのように、ガーッとなっきぃの口に流し込んでいく。
「あははは舞、ガーッはもっとこう勢いよくやったほうが」
「舞美ちゃん!煽ってないで助けてあげて!」
やっとのことで助け出されたなっきぃは、「とばっちりだケロ・・・」と呻いてバタッと倒れた。
「はっ!裏切り者には血の制裁でしゅ。親衛隊の中で一人だけそげなもんもらいよってからに。な、栞菜!」
「は、は、はい!はい!おっしゃるとおりです舞様!」
まるで極妻のようなドスの聞いた声&目つきに思わず二つ返事を返すと、舞様は満足そうに大きくうなずいてくださった。
最終更新:2011年05月12日 18:46