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駅ビルの中にあるカフェの隅っこで、私は千聖から舞ちゃんとの事件のことを聞いた。
「知らなかった・・・舞ちゃんここ最近はちゃんとちっさーに挨拶してたから、もう大丈夫なのかと思ってた。」
私がなっきーとちょっと喧嘩になった日の出来事だったらしい。
その場に居合わせたというなっきーのことが気になった。
いつも明るく楽しいキュートでありたい。
そう思う私は、ついレッスン中も近くにいるメンバーにちょっかいを出してしまう。
なっきーはレッスンの時は真面目にやりたいタイプだとわかっていたのに、あの日は何だか浮かれていて、振りの確認をしているなっきーに頭突きを食らわしてしまった。
しかも最悪なことに、怒られた私はつい逆ギレをかましてしまった。
愛理にも後から注意されて、あわててなっきーにメールを送ると、そっけない返事が来てそれっきりだった。
単純に、まだ怒ってるのかなと思っていた。まさかそんな修羅場になっきーが立ち会っていたとは。
「早貴さんは、スタジオに戻ってきてくださった舞美さんと一緒にお帰りになったわ。舞さんもご一緒に。」
「え・・・じゃあちっさーは?」
「父に連絡をして、迎えに来てもらったの。」
私は瞬間的に頭がカッとなった。乱暴にバッグの中に手を突っ込んでケータイを探す。
「栞菜?」
「舞美ちゃんに連絡する。それは変だよ。何でちっさーだけ」
「いいのよ、栞菜。」
「やだよ。良くない。」
「栞菜!」
千聖が珍しくお腹に力を入れて声を出した。
「・・・・ごめん。」
「ありがとう、栞菜。一緒に帰らないと言ったのは私だから。舞美さんは私を誘ってくださったわ。」
千聖は微笑んで、注文したままおきっぱなしになっていたティーサーバーから、私の陶器に紅茶を入れてくれた。ほのかなジャスミンの香りで、昂ぶった気持ちが落着いてきた。
「でもちっさー。キュートをやめた方がいいなんてことは絶対ないから。
舞ちゃんはプロレスごっことか一緒にふざける相手がいなくなって寂しいだけだよ。
今のちっさーにだってだんだんと慣れていくって。みんなそうだったでしょ。
舞ちゃんは年下だし頑固なところもあるから、時間はかかるかもしれないけど。
そうだ、じゃあさ愛理にも頼んで今度4人で遊びに行こうよ。私ちゃんとフォローもするし。
舞美ちゃんやえりかちゃんだって協力してくれるよ。なっきーも。だってさキュートは家族だもん。」
私は興奮すると、やたら早口でおしゃべりになるらしい。考えが追いつかないうちに、言葉だけがぽんぽん口を突いて出てくる。
ちっさーを引き止めたくて必死だった。

「栞菜。・・・舞さんは、私のせいで何度も泣いているの。」
「舞ちゃんが?」
知らなかった。舞ちゃんはまだ中1なのにしっかりしていて、何があっても気丈に前を睨みつけていられるような強い子だ。私は舞ちゃんの泣き顔なんて、ほとんど記憶にない。千聖や私の方がよっぽど泣き虫だと思う。
「昨日も泣いていたわ。舞さんは私のことを考えるたびに胸を痛めている。
今もそうなのかもしれない。私の前で泣いていなくても、わかるの。・・・大好きな人のことだから。」
ちっさーの眉間にしわが寄って、声が震えた。泣くのかと思ったけれど、少し潤んだ瞳から涙は落ちなかった。
「ちっさー・・・・・それでも私はちっさーがいなくなるなんてやだよ。もうキュートにいるのは辛い?嫌になっちゃった?」
ちっさーの腕を掴む。体に触れていないと、どこか遠くへ行ってしまいそうで怖かった。
「いいえ。私も栞菜と同じ。キュートを家族のように思っているわ。
だけど・・・・・ううん、だからこそ、私がいることで傷つく人がいるなら、私は去らなければいけないと思うの。」
「やだ。お願い。どこにも行かないでよ。
舞ちゃんはちっさーがいて辛いかもしれないけど、私はちっさーがいないと辛いんだよ。
そしたらちっさーどうすんだよ。みんなだって辛いに決まってる。
ちっさーがいないと傷つく人の気持ちはどうなるんだよ」

もう自分でも何を言ってるのかわからない。周りの人が驚いた顔で私とちっさーを見比べているけれど、もうそんなことはどうでもよかった。
「栞菜ったら。何も今すぐに決めるというわけではないのよ。」
ちっさーはそろそろ出ましょうかと言うと、私のバッグを一緒に持って店の外へ出た。
知らないうちにかなり時間が経っていたらしい。もう夕暮れが近づいていた。
興奮して喋りすぎたことがいまさら恥ずかしくて、私はちっさーの顔を見ることができず、ひたすら繋いだ手に力を入れ続けた。
「・・・私から誘ったのに、楽しいお話じゃなくてごめんなさいね。でも話を聞いてもらえて嬉しかったわ。」
それきり無言で歩いているうちに駅に着き、改札の前で私達は向き合う。
「では、またね。」
「うん。」
「ごきげんよう。」
ちっさーはつないだ手を離して、私の方を一度も振り返らずに改札の向こう側へ消えていった。
取り残された私は家に帰る気にもなれず、駅のターミナルを抜け、線路沿いの小路を黙々と歩いた。
ちょうど踏み切りの前まで来ると、ホームの端にちっさーが立っているのが見えた。
声が届くかもしれない。
「ちっさ・・・・」
叫びかけた私の声は、途中で止まった。ちっさーは、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた。その顔がふいに歪んで泣き顔へと変わる瞬間、ホームに電車が入り、私達の間を遮った。
そうだよね、ちっさー泣きたかったんだ。あんなに泣き虫なのに、私が困らないようにこらえていたんだ。
私は友達なのに、仲間なのに、家族なのに、何もしてあげられない。
ちっさーが乗った電車が遠ざかっていくのを見つめて、ただ途方にくれるしかなかった。
「私に何ができるかな・・・・」
明日は新曲の衣装合わせがあった。私は舞ちゃんと話す時間を作ろうと決心した。



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