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千聖の丸っこい指が、私の髪を何度も辿る。
時折ほっぺたを掠る手の甲はとても温かい。平和で、ただただ優しい時間が流れる。
真昼間だというのに、心地よい空気に包まれて、私はうとうとまどろんでいた。


「ねー、すごくない?本当に」
「んー?もう、何回言うの、それ」

腕の中で、千聖がケラケラ笑う。私もつられて吹き出して、どちらともなくギュッと抱きしめあった。


「だって、えりかの夢が叶ったんだよ」
「まだスタート地点だよ」
「でも、千聖は嬉しいの。本当によかった」
「もう・・・」


“あの事”を報告するメールを送ったすぐ後、すぐに千聖から電話が入った。
興奮して何を言ってるのかよくわかんなかったけど、喜んでくれてるのは伝わってきた。・・千聖の家族まで一緒に。

そして、私達は当然のように逢う約束を取り付け、こうして私の部屋で時を共にしているのだった。


「ふふふふ」
「ん・・・?何?」

耳にかかる私の息がこそばゆいのか、千聖は困った顔で身をよじる。

「さっき、駅でジャンピングダッコしようとしてきたじゃん。あれ、最初にやったの小学生の時でしょ。
もう、本当子どもなんだから」
「ごめんってば。だって、嬉しかったんだもーん。そりゃあ千聖はあいりんとかに比べたらガキですけどぉ」

まだ熱っぽい腕が、私の裸の背中をペタペタと這い回った。

「くすぐったいよ」
「えへへ。何か、久しぶりだね。こういうの・・・」


くぐもった声色がやけに艶かしい。
上目づかいの千聖と目が合って、しばし黙って見つめあう。

久しぶりに間近で見る千聖の顔は、ずいぶん大人びたものに変化していた。
手に馴染んでいたはずの体つきの感触もだいぶ変わっていて、改めて、千聖は今、そういう時期なんだな・・・なんて感慨深く思うと同時に、少し寂しい気持ちもこみあげる。

「・・・どんどん大人になってくね、千聖」

思わずそう漏らすと、千聖は目をパチッと見開いて、体をおこした。


「本当?千聖、大人になってる?そんなの誰も言ってくれないんだけど!さっきもさ、言ったけどさ、いっつもさ、あいりんとかと比べてさ、ガキだって言われるんだもん!この前だって舞ちゃんにさぁ」

よっぽど嬉しかったのか、大声ではしゃぐたびに、胸元のご立派なものがたゆんたゆんと揺れる。


「千聖、シーッ」
「あ、ごめん」
「・・・性格は変わらないね。良くも悪くも」

ごめんってば、と照れて笑うその顔を引き寄せて、そっと頬を撫でた。
さっきまで触れ合っていた名残で、いつもより体温が高くなっている。

「ン・・?何、えりか・・・?」

ふいに、千聖は戸惑うような声色になった。

「ちょっと・・・何だよぅ」

私が触っているのは、左のほっぺたに走る傷。

千聖はあんまり、そこをしつこくされるのが好きじゃない。
わかっているけど、私の指は、それを辿るのをやめてくれない。


「ひゃあ」

唇を落として、そっと舌で触れる。
滑らかな肌のおうとつが直に伝わってきて、私は知らずに興奮を覚えていた。


「えりか・・・?」

千聖はどうしていいかわからないのか、体をこわばらせて、私の腕を痛いぐらいに掴んでいた。
嫌がっているというより、私の行動が読めなくて、困っているみたいだった。
その表情に、初めてお嬢様の千聖に触れたときを思い出す。
やたら大人びて、遠くに感じた千聖が、ちゃんと私の知っている千聖に戻ってくれたみたいで嬉しかった。


「ウチも、千聖に刻み付けられたいな」
「え・・・?」
「そしたら、ずーっと千聖はウチのこと・・・」


ふとつぶやいてから、私はあわてて「今のナシ。ごめん・・・」と打ち消した。

「別にいいよ。気にしないし、謝んないで」


千聖はクフフと小さく笑うと、私の手を取って胸に導いた。
柔らかい感触と、薄い皮膚の下の鼓動が手のひらに伝わる。

「・・・大丈夫だよ、えりか」
「千聖、」
「ちゃんと刻み込んであるから、千聖の心に。今まで一緒に過ごしてきた時間、えりかはもういっぱい千聖の中に染み込んでるの」


まるで赤ちゃんに言い聞かせるように、千聖はゆっくり言葉を紡いでいく。とても穏やかに、柔らかな微笑みを浮かべながら。



「「・・・ぷっ」」



そして、私達は同時に吹き出した。


「きもーっ!千聖の心にえりかがいるだって!!あはははっ!」
「もー、せっかくいいこと言ってくれたのに、自分で台無しにしないの!」

嗜めてはみるものの、私も笑っちゃってるから全く効果はない。千聖は涙を浮かべながらギャハギャハ笑い続ける。
それが照れ隠し半分なのは、真っ赤なお耳が証明してくれている。

「だってさ、えりかと千聖の仲でだよ?今更心の中がどうとかってっ・・・んむっ」

何かをごまかすように喋り続けるお口に、自分の唇で栓をする。


「んーっ・・・」


千聖の息が落ち着くのを待って、顔を離すと、今度はほっぺまで真っ赤にした照れ笑いと対面することができた。

「ありがとう」
「・・・へへへ」

千聖は再びギュッと抱きついてきて、ワンちゃんみたいに鼻先を押し付けてきたかと思うと、ふいに体の力を抜いた。・・・というか、抜けてしまったみたいだ。


つまり、これは・・・


私は手元の時計に目をやって、パパとママの帰ってくる時間を確認する。・・・うん、まだ大丈夫。

「千聖。」


伏せられていた顔が、茫洋とした表情のまま、ゆっくりと上げられる。
千聖であって、千聖でない表情。私を射抜く、熱くて甘い視線。

私の大好きな、もう一人の千聖が、ゆっくりと独特の笑顔を作り出す。
――どうやら、まだまだ家に帰してあげることは出来ないみたいだ。


「・・・ごきげんよう、えりかさん」



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