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――な、な、なんという!

さっきまで楚々と微笑んでいた、物腰の柔らかいお嬢様と同一人物とは思えない。


「だから、それじゃだめなんだってば!もう、大体ね・・・」


相変わらず、耳には真野さんのピリピリした声が飛び込んでくる。
下品、ってわけじゃないけど、なんとなく体育会系の部活動を思い起こさせる。少なくとも、“清楚”というくくりの人の言葉遣いでないことは確かだ。

逸る心を抑えて、深呼吸を一つ。
私は今見たものについて、頭の中で整理してみることにした。


さっき真野さんは、「ソースカツ丼は好き」と言っていた。・・・まあ、別にそれはいいと思う。千聖お嬢様も、結構庶民的な食べ物が好きって聞いた事あるし。

ただ、気になるのは「真野恵里菜」と「真野さん」を使い分けているということ。
どうして、そんなことをする必要があるんだろう。そんな、カツ丼が好きってことぐらいで・・・


「・・・まさか」

――何か目的があって、お嬢様を騙すためにスパイとして潜入してきている?
お嬢様は、学園の中で自分が浮いてしまうことをすごく怖がっているってももが言っていた。
だったら、同じお嬢様のように振舞えば、きっと千聖お嬢様はすぐに心を許してくれるだろう。
そして、ある程度近づいたところで、懐に隠し持っていたワルサーPPKをお嬢様の背中につきつけ・・・


「いやいや、あはは・・・うーん」


ありえない、と思いつつ、自分の中で膨らんだその仮説が、頭の中から離れてくれない。・・・昨日、スパイもののハリウッド映画を見たせいだ。


「と、とにかく、みんなに知らせないと・・・」

マノスパイかどうかはともかく、こんな不審な出来事、見てみぬふりはちょっとできない。

ももと梨沙子にはいつも「熊井ちゃんは、何があっても単独行動はしないでね!面倒なことになるんだから!ホウレンソウだよ!」なんて口うるさく言われてる。
だから、ここはまずお嬢様たちのところに戻ったほうがいいんだろう。
そう判断して、私はそっとその場を離れようとした。



――かっこよくて♪
――話しやすくて♪



「げっ」


突然、ポケットの中のケータイがマヌケな着信音を奏でた。・・これは、ももだな。
一向に帰ってこない私を心配して、電話をくれたんだろう。
でも、でも、このタイミングは・・・・!


「くま、い、さん・・・・」
「ひゃあっ!」


首筋に、ヒンヤリした手が置かれた。


振り向くと、眼光鋭い真野さんが、至近距離で私を見ていた。

「あ、あわわわ」

私が後ずさりするたびに、真野さんも一歩歩みを進めてくる。・・・怖い。無表情で近づいてくるその様子は、スパイ映画っていうよりホラー映画っぽい。
ガクガク足が震えて、もつれさせてしまった私は、ついにお尻から床に座り込んでしまった。


「熊井さん」

私の横に座り込む真野さん。さっきよりも顔の距離が近づいている。

「大丈夫ですか」

無言でガクガク首を縦に振ると、真野さんはうっすら微笑んでくれた。
そして、その形の良い、蕾のような唇がゆっくり開いていく。


「熊井さん・・・・もしかして、」

真野さんの手が、セーラー服の胸元のポケットをまさぐりだした。
「・・・た、た、助けてーっ!撃たれるーっ!」


ついに緊張がピークに達した私は、生まれたての小鹿のようなヨロヨロした足取りで、踵を返して逃げ出そうとした。

「え・・・待って!何か誤解が・・・」
「スパイじゃぁ!マノスパイじゃああ!」
「ええ!そんな、私っ!とにかく、ちょっと話を聞いてくださいっ」


ビッターン!!


私のスタートダッシュの瞬間、真野さんが私の腰にしがみついてきた。そのせいで、私と真野さんは同時に顔から床に倒れこんだ。

「「いたーい!」」


鼻を強打したみたいで、涙がじんわり浮かんでくる。どうしてこうなった・・・!可憐なお嬢様だったはずの真野さんが、必死の形相で私にしがみついている。
まっすぐサラサラのストレートヘアが乱れ、その合間から覗く目は相変わらずギラついていて・・・まるでオバケが乗り移った日本人形のようだ。


「だ・・誰かぁ!呪われるぅ!マノドールに呪われるー!」
「ええ?マノドール?マノスパイは?・・・って、それより、本当に少し落ち着いてください!何か誤解を・・・」


「・・・なにやってんすか」

いきなり、頭の上からあきれたような声。

顔を上げると、眉間に皺を寄せたももが、仁王立ちで私達を見下ろしていた。

「お2人とも、大丈夫?転んでしまったのかしら?」

その後ろから首を伸ばしたお嬢様は、ハンカチを取り出して、私たちの方へ歩み寄ろうとしてきた。


「来ちゃだめっお嬢様!スパイが日本人形が」
「え?」




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