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“もしもーし”

呼び出し音が途切れ、通話状態になった瞬間、喉がグッと鳴った。
受話器越しに、電車の発車アナウンスが聞こえてくる。・・・間が悪かったかもしれない。

「お忙しかったかしら?ごめんなさい」
“んーん、大丈夫ー。オフだからちょっとお出かけしてたんだ。今ちょうど乗り継ぎ。何か久しぶりだね、千聖”
「ええ」

本当に、こうして2人で話すのはしばらくぶりのことだった。お仕事中の声より少しだけ低い“いつもの”声が、やけに新鮮に感じる。


「新しいアルバム、拝聴しました。ベリーズの皆さんは、声もキャラクターも個性がとても強くて聞き応えがあるわ」
“ウフフ、それはどーも。もぉも℃-uteのアルバム聴いたよ。ちょっと前だけど。舞ちゃんたちと歌ってる曲、あれいいねー!千聖の声可愛かったよぉ。歌い方変えた?”
「ええ、なるべく可愛らしく響くよう、意識しているの。気づいていただけて、嬉しいわ」


他愛もない会話はとりとめなく続く。
とても楽しい。だけど、用意していた話題が一つずつ消えていくたびに、私は少しずつ緊張感を覚えていた。


“・・・千聖?”

そんな私の様子に気づいてくれたのか、受話器の向うの声のトーンも少し変わる。

「あ・・・」

散々シュミレーションしていた言葉は、なぜか肝心な時にうまく出てきてくれない。
わざとらしく聞こえたらどうしよう、とか、逆に伝え切れなかったらどうしよう、とか、余計な事を考えてしまうせいだと思う。


“前の千聖”と皆さんが呼んでいる、もう一つの人格の私なら、きっとこういう時、無邪気に笑って思いを伝えることができるんだろう。同じ人間なのに、不器用な今の自分が少し恨めしかった。


“・・・どうしたの?何か、悩んでる?”
「あの、そういうわけでは・・・えと、」
“言いにくいこと?何でも聞くよ、安心して。千聖は私の可愛い妹なんだから”


――妹。


普段なら嬉しいはずのその言葉に、ズキンと胸が痛む。私は意を決して口を開いた。

「も・・・桃子さ・・・・いえ、ももねえ、ちゃん」
“うん?”
「わ、私のことを、妹のように思ってくださっているの・・・?本当に?」
“うん、思ってるよ。千聖はもぉの妹だよ”



「っ・・・・それなら、どうして、言ってくださらなかったの・・・・?」


声の震えとともに、いきなり涙が膝に落ちた。


“ねえ・・”
「あ・・・ご、ごめんなさい。私・・・」

どうしていいのかわからなくなって、私は思わず電話を切ってしまった。


「・・・お姉ちゃん?」

2人部屋のスペースを仕切る、カーテンの向こうから、明日菜が心配そうに声をかけてくれた。

「ごめんなさい、大丈夫だから」

心臓を庇うように、体育座りになって顔を伏せる。


――違うのに。
あんなことを言いたかったわけじゃないのに。感情に任せて言葉を紡いで、桃子さんを傷つけてしまったかもしれない。

どうしよう、謝らないと。

そう思っていても、また不用意な言葉で、桃子さんを困らせる事が怖かった。
電源の入っていない携帯電話を見つめて、私はしばらく黙って目を擦り続けた。


「お姉ちゃん、お茶、入れたよ。カーテンのとこ置いとくね」

お盆に乗った紅茶とラフランスが、隙間からそっと差し出される。
あえて顔を合わせないでくれる、明日菜の優しい心遣いが心に染みて、ますます自己嫌悪を覚えた。

「ありがとう、あとでいただくわ」

精一杯、声が震えるのを抑えながらそう返すと、急に頭がぼんやりしてきた。
張り詰めていた気持ちが緩むと、いつもこうなってしまう。

「明日菜、お姉ちゃん、ちょっと眠るから・・・」
「え?お姉・・・」

ベッドに顔を埋めて、私はゆっくりと目を閉じた。



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