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アホだアホだと思っていたけど、こんなにアホだったとは。
寝癖頭を抱え込んでしゃがむ、小さな背中を見て、私は呆然とした。

コンサートツアーで、大阪に出発する日の朝。
いつもどおり集合時間ギリギリにパタパタ走ってきた千聖に、何か違和感を覚えた。

私の横で小首を傾げた愛理が「あ・・・」と小さく声を出した瞬間、「あーっ!!」と千聖が大声を上げた。

「な、なに?」

寝起きらしく、ボケーッとしていた表情が一変する。
そして、私たちの手元に2往復ぐらい視線を這わせた千聖は、呆然とつぶやいた。


「どうしようコロコロ、忘れた・・・」


「千聖ぉ、忘れ物は誰にだってあるんだから、気にすることないよ」
「・・・私、自分が情けないわ。信じられない」

新幹線に乗り込むまでは、明るい方の千聖だったのに、あまりのショックでお嬢様に戻ってしまったようだ。
なっちゃんの励ましの声も耳を通り抜けてしまうようで、声のトーンは非常に暗い。


「そうだよ、どうせ明るい方のバカちしゃとが寝坊したんでしょ?不可抗力なんだからしょうがないって」
「でも、どちらの人格も私であることに変わりはないもの。皆さんに御迷惑をお掛けして・・・」

奥ゆかしいと言うか、背負い込んじゃうっていうか。
バカちしゃとも凹む時はどん底まで行っちゃうタイプだけど、生真面目で責任感の強いお嬢様の時は、落ち込み具合もハンパないみたいだ。

明るい方にだったら、ツッコミを入れつつ励ますっていう接し方もできるけど・・・私はお嬢様のことはものすごく大切に扱っている。
絶対に傷つけたくないし、悲しんでる顔なんて見たくない。
だから、こういう時何て言ったらいいのか難しい。
悪ふざけなんて仕掛けようもんなら、ますます落ち込ませてしまうだろう。

「千聖ぉ・・・大丈夫だよ、何でも協力するよ?」
「ごめんなさい、早貴さん・・・」
「あ、え、えっとちっさー!お茶飲もうか!ね、ガーッ!」
「え?あの、えゴボゴボフガフガフガ」
なっちゃんのおせっかい攻撃も今日はあまり効果がないみたいで、千聖は慌てた舞美ちゃんにウーロン茶をガーッされて、目を白黒させている。


「あのさー、ちっさー」

すると、新幹線の前の座席に座っていた愛理が、くるりと体を千聖の方へ向けた。
テンパッて浮き足立ってる私たちとは対照的に、いつもどおりののんびり笑顔。


「ちっさー、今日持ってきた物教えてくれる?」
「え?」
「トランクは忘れちゃったけど、バッグはあるじゃない?」

ガムテープで補強してまで使っている、お気に入りのピンクの紙バッグ。
愛理に促されるまま、千聖はバッグの口を開いて、中身を確認し始めた。


「えと・・・お財布と、ケータイ、と・・・筆記用具と」
「充電器は?なかったら、私の貸すね」
「ありがとう。お化粧品も、基本的な物だけは持ってきているわ」


愛理はふんふんとうなずきながら、メモを取っては千聖の持ち物について質問する。
変に気を使われなかったのがよかったんだろう、千聖の強張っていた表情は、みるみるうちに和らいでいった。


「千聖、なっきぃ少し着替え余分に持ってきてるから、明日の分は貸してあげるから大丈夫だよ!キュフフ」
「私も、ラメとか使いたかったら言ってねちっさー!何でも貸すから元気出して、ね?」

後に続けとばかり、みんなも次々に千聖に救いの手を差し伸べる。・・・何か、出遅れちゃったんですけど。千聖の相方なのに。


「じゃ、じゃあさ、舞化粧水とか乳液貸すけど」
「えー、舞ちゃんと肌質合わないねって前に明るい方の千聖が言ってたじゃーん。なっきぃが貸すからね、千聖」
「ありがとう、早貴さん。よかったら、夜一緒にスキンケアをしましょう」
「くっ・・!それなら、充電器っ」
「ケッケッケ、充電器は私だよぅ」


――ち、ちきしょうめ!
愛理はともかく、なっちゃんのドヤ顔といったら!!私との千聖争奪戦に負けっぱなしだからって、千聖の心の隙間(?)に忍び込んでポイントを稼ごうとは!
まんまるお目目を見開いて、アゴをしゃくれさせて挑発してくるなっちゃんを、私は歯軋りとともに睨み返した。そのヒョットコ顔、コンサートの時にお客さんに見せてやりたいんですけど!


「・・・何か結構、みんなで協力すれば乗り切れそうだね!」
「みなさん、お気を使ってくださって・・・愛理、メモまで取ってくださって本当に嬉しいわ」
「なんのなんの、ケッケッケ」


私が悶々としているうちに、皆は分担をあらかた終えてしまったみたいだった。


うー・・・私だって、何でもしてあげたいのに!

一番年下ってことで、いつもみんなに甘えさせてもらっているから、こういう時積極的に係っていくのがあんまり得意じゃない。
他でもない、大切な千聖のことだっていうのに・・・、このまんまじゃ、私だけ何にもしてあげることがなくなってしまう。


「んーと・・・まあ、こんなもんで大丈夫かな?スタッフさんも、トラベルグッズはある程度携帯してるって言ってたし」

いっせいに黙り込んで、みんなそれぞれ頭の中で最終チェックをしているみたいだ。
ここを逃すわけにはいかない!私も千聖の顔をガン見しながら、何かないかと必死に考えた。

パジャマ!はなっちゃんがスエットを貸すし、・・・Tシャツ!の換えはそもそも私は必要枚数しかもってきてないから無理。

うーん。
うーん。

お菓子買ってあげるとかは明らかに違うと思うし、何か・・・



ピコーン!!



突然、頭の中の豆電球が光を灯した。私は瞬間的に立ち上がり、「パンツ!!!!」と叫んだ。


「パンツ!パンツは?パンティ岡井!」
「ちょ、舞ちゃん落ち着いて。何その変態プロレスラーのリングネームみたいなの」

なっきぃに着席させられるも、私は自分のひらめきに感動してしまって、大声を抑えられない。


「下着ないでしょ?千聖。後で買いに行こうよ!」

キュートじゃ千聖にブラ貸してあげられる人はいねえしな!と心の中で自虐ツッコミ。


「何色がいい?やっぱりイメージカラー?緑?それともエロティックな」
「ま、舞ちゃん!音量下げて!」

珍しく愛理が慌てて口を塞いできたから、そこでとりあえずトーンダウンすることにした。


「ね、千聖ぉ。確か会場の近くにド●キがあったから、そこで調達しようよ!」

何で知ってんねんそんなこと・・・というなっちゃんの突っ込みはスルー。

「いいじゃん、ねー?舞が選んであげるってば。結構可愛い下着売ってるって聞いたし」
「で、でもあの、そフガフガフガ」

下着下着と言われたからか、千聖は少しほっぺを赤くしていた。
でも、私知ってます!千聖は私のお願いごとには弱いんです!
このまま上目づかいで甘え続ければ、絶対に言うとおりにしてくれるはず。

案の定、千聖は何度目かの「行こうよぅ」に対して、小さくうなずいてくれた。


「本当!?じゃああとで絶対行こうね、約束だよ!」
「ま、舞さんたら・・・そんなにはしゃがなくても」
「てか、舞が下着おごってあげるし!」

視界の隅で、さっきとは打って変わってくやしそうななっちゃんを捉えながら、私は千聖の手を恋人つなぎにして寄り添った。



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