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クレープにホットドッグ、綿菓子に焼きそば。

ダイエット中の身にはなかなか厳しい出店たちが、私を誘惑している。


「はー、どうしよっかな・・・」


午前8時半。

クラスの店番の確認が終わってから、私は給水塔によじ登って、桜色のパンフレットをパラパラと眺めた。

学園祭の間中、千聖を独占しようかと思ってたんだけど、さっきあっすーと約束しているのを見たばっかりだから、今日は引き下がっておくことにしましょう。


「でもなぁ・・・舞別にやることないしなぁ」

クラスの出し物といっても、ジューススタンドの会計を1時間程度やるだけだし、他の時間はどうしよう。
寮のみんなはクラスだけじゃなく生徒会や委員会、部活の関係で忙しいだろうし、何かちょっと誘い辛いな・・・。


「あー、何かめんどくさっ」

私は軽く舌打ちして、ゴロンと寝返りを打った。
以前の私だったら、適当に食べ物を調達して、ここで一日ダラダラ過ごすという選択をしていただろう。あるいは、寮に戻っちゃうとか。

でも、私はもう、大好きな人達と過ごすかけがえのない時間を知ってしまった。
友達なんかいらない。一人でも大丈夫だったはずの私は、こんなささいなことに戸惑って、寂しさを憶えるようになってしまった。

「・・・情けないなぁ」
まったく、天才少女の名が泣きますよ。進化したんだか退化したんだか、よくわからない。

手持ち無沙汰になって、ケータイから適当にメルアドをチョイス。
“あ”行の先頭にあったその名前に、“ばーかばーか”ってメールを送信してみる。・・・いいんだもーん、どうせ舞はガキですよっ!


そのままダラダラしていると、女の子特有のキャッキャとはしゃぐ声や、吹奏楽部の奏でる音楽が耳に入ってきた。・・・そろそろ、学園祭の開始時間なのかもしれない。
最初ぐらいは教室にいたほうが良かったかな・・・と思ったけど、今更戻るのも何か照れくさい。
クラスの子たちも私のサボり癖はよく知っているだろうから、わざわざ探しに来たりはしないだろう。こういうの、何ていうんだっけ。自業自得、じゃなくて因果応報、じゃなくて・・・。



「もしもし、そこの可愛いお嬢さん」
「うおっ」

いきなり、背中を指でチョンチョンとつつかれた。しかもブラ線を的確に・・・こういうことする℃変態といえば、もう一人しか該当者はいない。

「・・・なんだよっエロ魔人」
「あーあー、そういう言い方はひどいかんな!ていうかさっきのメールなんだよー!いきなりバーカとか言ってさ、ヒドイじゃーん!」

私の体をよっこいしょと転がして、ちゃっかり自分のスペースを作っちゃったのは、言わずもがな。日夜千聖をめぐり、血みどろの戦いを繰り広げている好敵手・栞菜だった。


「舞は縄張りでリラックスしてただけだし。ここ千聖と舞以外立ち入り禁止なんですけどぉ」

――ええ、言われなくてもよーくわかってます。自分が嬉しそうな顔しちゃってるのは。
「またまたー、私と遊びたかったんでしょ?全力でイこうぜ!女の子は素直が一番だかんな、ジュルリ」
「うっさいな、どこ触ってんだよっこの℃変態め!」

「か・ん・ちゃ・ん!」

金網デスマッチより危険な給水塔キャットファイトに興じる私たちの背後から、いつものキャンキャン声が響いた。

「んもー、一人でいいなんて言うから任せたのに、遊んでる場合じゃないでしょうが!」

わしわしと梯子を上ってきたのは、今日も今日とて風紀委員の腕章がまぶしいなっちゃんだった。

「ちょっとー、舞のテリトリーなのに、みんな勝手に」
「テリトリーって舞ちゃんあのね、ここは学校の設備であって・・・まぁ、とりあえず今はいいケロ。それより、時間がないから簡潔に言うね」

なっちゃんは私たちの腕を引っ張って立たせ、自分も正座になって向き合う。
つられて背筋を伸ばすと、なっちゃんはぷっくりした唇をゆっくり開いた。


「本日より、萩原舞さんを、生徒会補助役員に任命いたします!!」

「・・・は?」

優等生モードで微笑む2人は、「おめでとーう!」とかいって拍手を送ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。勝手に決めないでよね。舞毎日結構忙しいんだけど」

慌てて言い返すも、2人は年上っぽく、余裕綽々って感じに笑いかけてくる。
「だって舞ちゃん、委員会も部活も特に何にもしてないでしょ?時間いっぱいあるでしょ?何が忙しいの?」
「・・・べ、勉強?とか」
「いや、してないでしょ」
「えーと・・・読書とか」
「舞ちゃんなら大抵のものは5分あれば読み終わるでしょう」
「・・・だって、そんな急にさぁ」

私ちょっと眉をしかめた。
おっしゃるとおり、別にこれといって多忙なわけではない。むしろ暇人な方だと思う。
でも、私は協調性がないし、束縛されたくないし、自分の行動をきっちり決められるのも苦手だった。そんな私が学園の、しかも最重要機関の生徒会の仕事に携わるなんて、思ってもみないことだった。

「キュフフ、あのね、舞ちゃん。私たちには、舞ちゃんの力が必要なの」
「もうすぐ、舞美ちゃんもえりかちゃんも、佐紀先輩も卒業しちゃうでしょ?3人が安心して巣立っていけるように、いきなり役員とか幹部じゃなくていいから、まずは補佐として手伝いをしてほしいんだ。お願い。」

――卒業。

心臓がズキンと鳴った。・・・そっか、いなくなっちゃうんだ。お姉ちゃんもえりかちゃんも。
わかっていたつもりだったけど、どこか遠い話のように考えていた。
だけど、生徒会のお仕事を一緒にやっている栞菜やなっちゃんたちにとっては、私よりもずっと身近で深刻な話なのかもしれない。
とりわけ、責任感の強いなっちゃんのことだ。こうして私に頭を下げに来るまでにも、いろんな思いが錯綜していたことだろうと推察できる。


「・・・どうかな?私、舞ちゃんが生徒会に来てくれたら心強いんだけどな」
「ダメ?お願い、舞ちゃん」

2人がかりの説得で、私の心はかなり揺れていた。というか、実際もうほとんど、引き受ける方向に傾いている。
それなのに、素直にウンとうなずけない理由。それは・・・

「何かさ・・・、栞菜となっちゃんに説得されて就任ってなると、ちょっとカッコ悪くない?あの子何様?とか思われないかな」

口を尖らせてそう言うと、二人はキョトンとした顔をした後、ちょっとイヤーな感じの含み笑いを浮かべた。

「キュフフ、舞ちゃんそういうとこ可愛いよねぇ」
「からかうなよぅ」
「だったらさ、舞ちゃんが立候補したってことにすればいいじゃん?みんな喜ぶよ」
「でも、舞そういうキャラじゃないし」

――うわ、めんどくせえ・・・。
我ながら困ったちゃんなゴネかただとは思うけど、どうも信頼している&年上という条件が揃っていると、甘えん坊が発動してしまう。
「もー、ま・い・ちゃ・ん!!」

とうとう、焦れた栞菜がガシッと肩を掴んできた。

「あのね、認めたくないけどね、舞ちゃんが生徒会入ったらお嬢様も絶対喜ぶから!」
「いや、それとこれとは話g」
「舞ちゃんはお嬢様の喜ぶ顔を見たくないの?」
「だ、だからぁ」
「見たいか見たくないのかどっち!二択!」

「み、見たい、です」
「なら、生徒会のお手伝いしてくれるよね?ね?はい決定!」

憎たらしいほど満足げな栞菜。
でも、まあ悪い気はしなかった。こんなに全力で、仲間に入れてくれようとするなんて。

「・・・℃変態の癖に、交渉は上手いんだから」
「本当、℃変態でさえなければね・・・。それより、いいの?強引に決めちゃったけど」
さすがに、なっちゃんは投げっぱなしにしないでくれるみたいだ。

「うん、いいよ。さっきは素直になれなかっただけ。でも、あくまでお手伝いなんだからねっ」
「はいはい。とりあえず、みんなのとこ行こう。学園祭開始の合図は、生徒会全員で放送でするの。
もう舞ちゃんは、生徒会の一員だから、居てもらわなきゃ困るんだからね」

さらさらロングの髪をたなびかせながら、なっちゃんは私の少し前をスキップ交じりに歩いていく。


「ん?」

ふと、手が温かい感触に包まれた。
背丈に比べて小さめな、栞菜の手が私と繋がっていた。


「舞ちゃんさ」
いつものふざけた調子じゃないと、ちょっと戸惑う。
栞菜は静かに、私の目を見つめていた。

「な・・・に」
「寮と同じだから。属してる、なんて思わなくていいからね。いつも舞ちゃんが、好きなときに帰れる居場所だって考えてくれれば」

私より身長も低いくせに、お姉ちゃんぽく頭をポンポンなでてくれる。・・こういう時の栞菜って、憎たらしいほど鋭い。心臓がキュッと掴まれるような感覚をごまかして、「・・・栞菜のくせに、心の中覗くのやめてくれる」って毒づいてみせる。

「猫、大好きだからね。舞ちゃんみたいな猫科の生態はよくわかるんだよん」
「何それ。じゃ、犬科のちしゃとのことは諦めてよね」
「それはそれ、これはこれ。お嬢様は奥が深いから一概に犬科とは・・・まあ、それはまた後日。ほら、なっきぃ待たせてるし、行こ」
「はいはい。・・・仕切んなよぅ」

何か、強引に事を進められてしまったけど、心は不思議と軽やかだった。
栞菜に手を引かれていく先には、ほぼいつもどおりの・・・でもちょっとだけ形の違う、新しい私の場所が待っている。
ただそれだけのことに、溢れてしまう笑顔を必死に噛み殺しながら、私は屋上を後にした。



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