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静かな湖畔の近くの、静かなホテルの、静かなロビー。・・・もの静かな、彼女。

「うふふ」
「はは・・・」

気まずい、というわけじゃないけれど、まったりしたような、それでいて緊張感の漂うような不思議な感覚。

「あ、あの!何か飲み物でも・・・」
「うふふ、ありがとうございます、栞菜さん。でも、お気遣いなく」
「でも、そ・・あ、そ、そうですよね。はい、何かすみません。でへへ」
「もう、えりこちゃんたら」

いつもどおりのやりとりも、お客様を挟むと、何だかぎこちなくなってしまう。そう、私たちは揃いも揃って人見知りな性質なのであった。


「いい天気ですね」
「あ、は、はい」

目を細めて、湖を眺める横顔が美しい。
幸いなことに、先方は沈黙が苦手なタイプじゃないようだけれど・・・どうも、上手くおもてなしすることが出来ていない。


“ちしゃとの誕生日祝いに、ふさわしい人を手配するから”

なぜかちょっとキレ口調で、舞ちゃんにそういい渡されたのは今朝のこと。
学校帰りのなっきぃと栞菜とともに、一足先にその人物と会うことになった私は、非常にそわそわしていた。


お嬢様も舞美も愛理もめぐも、あの舞ちゃんさえも、口を揃えてこう言っていた。「とても素敵な人だよ」。
わかる。ちょっと話しただけで、人間の出来ている人格者だってことが。ちょっと、知り合いにはいないタイプだ。

果たして、我らヘタレ・チキン・℃変態の三銃士がどう対応していいものか、なかなか判断がつかない。

「ウフフ」

何度目かの笑い声とともに、彼女は、ゆっくりと湖畔から私たちの方へと視線を移した。

「皆さんは、本当に千聖のことを好きなんですね」

まるで自分のことのように嬉しそうなその口調に、なぜか胸がキュッと締め付けられた。

「あの・・・すみません、わざわざ遠いところまで来ていただいて。しかもこんな突然に・・・
その、電話でもお話しましたけれど、みぃた・・・いや、舞美ちゃん、が、どうしてもって、えっと・・・今日はそのお嬢様の誕生日、なので・・・なんていうか」

珍しく、なっきぃがちょっとつっかえながら説明を始めた。
気持ちは何となくわかる。彼女の目はどこまでも真っ直ぐで、静かで、見つめあうとまるで心の中を全部見通されているような、不思議な感覚に陥ってしまう。

お嬢様がここに来る前に、少しでも仲良くなれればなんて思ったんだけど・・・そんな付け焼刃は通用しない相手のようだった。


「気になさらないでください。今日は何か、良い出来事が起こる気がして、随分前から予定を空けていたんです」
「はぁ・・・」
「千聖は、元気に過ごしているみたいですね。良かった」


特に、私たちからお嬢様の話を詳しくしたわけでもないのに、安心したようにため息をついて笑う。
千里眼、なんて古文の時にならった言葉が頭をよぎる。それぐらい、不思議な落ち着きと神聖さを感じる、不思議な人だった。


「あの・・以前、お屋敷に滞在されていた期間は、2週間ぐらいのことだったんですよね?」

ふと、しばらく口をつぐんでいた栞菜が喋りだした。きっと、言葉を慎重に探していたんだろう。


「お嬢様って、かなり人見知りっていうか・・・だから、何か、そんな短期間で親密になれたなんて、すごいなって思って。
私も何か、もっと仲良くなりたいって思って、すごい空回りしちゃってるっていうか、もっとお嬢様の笑顔を引き出せるような存在になりたいのに」
「栞菜・・・」

親バカならぬ、妹バカかもしれないけど、こうやって真面目な顔で筋道立てて話していると、やっぱり栞菜は思いやりのあるいい子なんだって再認識できる。

「わ、私も!あの、私風紀委員で、お嬢様には注意ばっかりしているんですっ。今朝もなんか、怒らせてしまって・・・あの、すごい、憧れです、あの、そうやってお嬢様と穏やかな関係を・・・」
「・・・ウフフ」

まるでカウンセラーの先生みたいだ。
会って間もない間柄なのに、不思議とぶっちゃけ話をぶつけてみたくなってしまう。
多分、話し上手より聞き上手。大人しいんじゃなくて、穏やか。
そんな人だから、お嬢様だけじゃなく舞美たちまで絶大な信頼を寄せているっていうのが、よくわかった。


「私、今日、ここに来て良かった」

額の汗を軽く抑えながら、彼女はつぶやいた。


「自分の中で、決めていたんです。私と千聖、お互いの生活を大切にできるようになったら、もう一度会おうって。
それで今回、皆さんから連絡をいただいた時、そっか、もう会える時期なのかなって思いました。だって、千聖に、こんな素敵なお友達がたくさんできたんですから。」


再び、嬉しそうにウフフと笑って、おもむろに椅子から立ち上がる。


「あの・・・?」
「このような機会にお声をかけてくださって、本当にありがとうございました。では」


一礼とともに、軽い足取りで遠ざかっていく背中を、ぽかーんとしたまま3人で見送る。


「お、追いかける?何か、どっか行っちゃったけど」
「うん・・まあ、それにしても、やっぱりすごい人だったかんな。とても、ライバルとかお気軽に言え・・・」


「あーっ!!!」

私と栞菜の雑談は、なっきぃの声で遮られた。

「なになに?どーしたの?」

黙って指さす窓の外には、見慣れたピカピカの黒塗りカー。

「もー、みぃたんたら連絡くれるって言ってたのにー。・・・ううん、それよりも、どうして今お嬢様たちが着いたってわかったんだろう」
「・・・確かに」

そう、私たち同様、彼女だって、いつお嬢様たちが到着するかなんて知らなかったはず。何の迷いもなく迎えに出るというその行動は、まるで超能力みたいだ。


車のエンジンが止まり、車の中から舞ちゃん、舞美ちゃん、愛理、めぐぅの順番で降りてきて、反対側のドアから、お嬢様が出てくる。

小首を傾げて訝しげな表情。
それをものともせず、舞ちゃんがお嬢様の肩を掴んで、体の向きを無理やり変えさせた。。合わせるように、私たちの視線もそっちへと移って行く。


「うひゃー・・・」


なんと、ホテルのロビー――すなわち、私たちが今いる場所――へと繋がる階段の一番上に、彼女は立っていた。

やっぱり、何かすごい人だ。待ちすぎるでもなく、出遅れるでもない、こんな絶妙のタイミングで、お嬢様の目の前に現れるなんて。
まるでお姫様を迎えに来た王子様みたいに、階段をゆっくり下って千聖お嬢様に近づいていく。



“・・・・・・まいは、ちゃん”


目をまん丸に見開いたお嬢様の唇が、そう動いた瞬間、私たちも、外に向かって走り出していた。



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