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「あら、明日菜?」

登校中、後ろでえりかさんとお話していたお姉さまが、ふと言葉を止めて私の髪に触れた。

「可愛らしいシュシュね。でも、初めて見たわ」
「あ、本当だー可愛い!どちらで買われたんですか?」
「あ・・・えっと、これは」

お姉様とえりかさんが揃って褒めてくれたのは、薄いピンクの、ちょっぴり大きめのシフォン生地のシュシュ。・・・私の一番のお気に入り。


「明日菜?」
「えっと・・・」

別に、やましいことなんてないのだけれど、何となく口ごもってしまっていると、お姉様の横からひょっこりと愛理さんが顔をのぞかせた。


「あー、明日菜お嬢様、それ・・・」
「ひゃんっ!あの、その、違うんですその、わ、わたし先に行ってます!」
「まあ、一体どうしたというの、明日菜ったら」


お姉様の呆れたような声に、耳が熱くなる。
少しだけ走って、お姉様たちと距離ができたところで、私はそっとシュシュを触った。
レースが幾重にも重なって、ふわふわ柔らかい感触。無意識に笑顔が零れる。
一人で林道を歩きながら、私は数日前の出来事を思い出していた。


*****

虫の居所が悪い、というのはこういうことを言うんだろう。
ここ数日、私は無性に苛立っていた。


例えば、お弁当に嫌いな食べ物が入っていたとか、
例えば、お姉様と遊ぼうと思ったら外出していたとか、
そういう普段ならガッカリレベル2ぐらいの出来事が、どうしようもなく心に波を立ててしまう。


「もういいわ、お姉様の意地悪!」
「どうしてそんなわがままを言うの、明日菜!千聖だってこれを使いたいのよ、もう少しだけ待ってくれてもいいじゃないの!」


その日も、私の部屋で両親への手紙を一緒に書いているときに、キラキラのペンをなかなか貸してくれないお姉様に苛立って、暴言とともに廊下へ飛び出してしまった。



「何よ、お姉様の、意地悪・・・。私に先に貸してくれたって、いいでしょ」


そんな独り言をつぶやいてみても、本当は自分が勝手なことを言ってるってわかってるから、ちっとも気持ちは晴れない。それどころか、余計に落ち込んでしまうだけだ。


「・・・どうして、こんな風になってしまうのかしら」


意地を張って自室を飛び出した以上、しばらくの間は部屋に戻れない。
お姉様に謝るだけの心の余裕は、今はない。
それどころか、もう一度顔を合わせたら、また余計なことを言ってしまいそうで怖かった。


勢いあまってお姉様から奪ったラメペンと、便箋を持ったままトボトボと廊下を歩く。
誰かと話したいような、一人でいたいような、定まらない感情。
何となくメイドルームを覗いてみたけれど、誰もいない。
夕食前の忙しい時間で、私の相手なんてしている余裕なんてないのだろう。


「・・・明日菜お嬢様?」
「ひゃっ!」

ふいに、後ろから声をかけられた。


「大変失礼しました。突然に声をお掛けして、驚かれましたよね」
「村上さん・・・いえ、いいのよ。気になさらないで」

大量のリネンを両手に抱えた、大きな瞳のメイドが私をまじまじと見つめる。
お屋敷のメイドの中で、一番年の近い村上さんは、私達姉妹専属と言っていいほど、いつも身の回りのことに気を配ってくれている。ちょっと見た目が怖くて、ぶっきらぼうな感じがするけど、よく気がついて、とても優秀な人。

「お探しのメイドがいらっしゃるのでしたら、すぐに呼んでまいりますけれど」
「あ、そ、そういうわけではないのよ。」
「では、何かお困りになっていらっしゃるとか?」

どうしよう。
特に用事があったわけじゃなくて、たまたま足が向いた先がこの場所だっただけなんだけど・・・何となくそういいそびれてしまって、私は無理やり言葉を繋いだ。

「えと・・・そうね、あの、もし差し支えなかったら、村上さんのお部屋をお借りしたいのだけれど」
「私の部屋、ですか?」
「あ!だめならいいわ。どうしてもというわけではないから」

慌てる私と対照的に、村上さんはいたって冷静にジーッと私を見つめる

「・・・少し、お時間を頂戴できますか?すぐに部屋を片付けてまいりますので」
「あ・・・」

そのまま早足でリネン置き場に直行した村上さんは、すぐに手ぶらで部屋に戻っていった。

「お待たせしました」

もともと別に散らかってなんかいなかったんだろう。メイドルームの前でほんのちょっとだけ待っていたら、すぐに室内に通してもらえた。

小さな部屋だな、と思った。
本棚とクローゼット、ベッドがそれぞれ2つずつ。シーツが敷かれているのは1つだけだから、今は村上さん一人で使っているのだろうな、と思った。


「・・・あの、」
「ご心配なく。私室として利用させていただいてるので、他のメイドが部屋に来ることはありません。お食事の手配ができましたら、お声を掛けさせていただきます。ごゆっくりなさってください。では」
「あ・・・」

よっぽど忙しかったのだろう、村上さんは少し早口にそう言うと、一礼して去っていってしまった。
寂しいような、ちょっとだけほっとしたような不思議な感情が湧き上がって、私は細くため息をついた。

――なんていうか、お姉様も含め、寮の皆さんはほわほわしている方たちばっかりだから、村上さんのようにシャキッとしている人と喋るとドキドキする。まるで、学校の規律に厳しい先生みたいだ。

優秀な村上さんのことだから、もう私とお姉様との間に、何かトラブルが合ったのは見抜いているのだろう。
何も聞かれなかったことで、余計にそう感じた。


「机・・・お借りします。」

独り言ともに、自分が普段使ってるのより、だいぶ硬い椅子に腰掛ける。


ペンを構えて便箋を埋めようとするけれど、全然頭が働いてくれない。

「もう・・・何だっていうの」

お姉様を無意味に困らせたり、イライラする気持ちを抑えられない自分に余計に苛立ちを覚える。
日頃子どもっぽいだなんて萩原さんにからかわれているお姉様よりも、私の方がよっぽど子どもだって、こういう瞬間に思い知らされてしまう。
謝る事さえできず、かといってワガママを押し通す勇気もない。中途半端な自分が憎らしい。
ほっぺたに当たる髪すらうっとしくて、惨めで、じわじわと涙がこみあげてきた。

こんなふうにお姉様から強引に奪ったペンで、誰かにお手紙なんか書いていいはずがない。

私がペンを置くと同時に、コンコンと小さなノックの音がした。


「・・・」

お姉様、かもしれない。

どうしたらいいのかわからず、黙って扉を凝視していると、細く開いた隙間から、「こんにちは~」と小さな声が漏れてきた。


「あのぉ、鈴木です。鈴木愛理ですけどぉ~」
「あ・・・はい」

返事を返すと、ちょっとイタズラっぽく笑った愛理さんが、クネクネした不思議な動きでスルリと部屋の中に入ってきた。私の顔を見て、パチパチと瞬きを繰り返す。

「えと、今は村上さんはお仕事中で、私が部屋をお借りしているのだけれど」
「あ、そうなんですか。ケッケッケ、めぐのお部屋って居心地がいいですよね。読書したくて来たんですけど、御一緒していいですか?」
「え・・ええ」



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