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愛理さんは鼻歌交じりにベッドに腰掛けると、厚みのある文庫本を読み始めた。
下を向くことで、色白のほっぺたに長い睫毛の陰が出来て、思わずため息が零れる。――綺麗な人だな、と思った。


千聖お姉様と愛理さんが同い年だと知ったときは、とても驚いたものだ。

小柄で女性っぽい体つきのお姉様と、背が高くてスラッとした肢体の愛理さん。
肌の色素の濃いお姉様と、お人形のように色白な愛理さん。
外遊びが大好きなお姉さまと、部屋でゆったり過ごすのがお好きな愛理さん。
2人は何から何まで正反対だった。

でも、他の寮の方が言うには、2人はとても仲がいいらしい。
全然、合うところなんてないように見えるけれど・・・。

「ん?どーしました?」

私の視線に気がついた愛理さんが顔を上げる。

「いいえ、何でもないわ」
「そうですかぁ」

にっこり笑いかけられて、何だか心が落ち着いた。
こういうほんわりしたところが、たまに怒りっぽくなるお姉様を癒してくれたりしているんだろうか。
そばにいるだけで、心に刺さっていた棘がポロポロと抜けていく。そんな気がした。


「そうだ、明日菜様」

ふと、愛理さんはベッドから腰を上げて、私に顔を近づけてきた。
白くて細い腕が、私のうなじに回される。
顔、近い・・・!こんな綺麗な人に至近距離から見つめられると、女性同士だというのに何だかドキドキする。

「あ・・愛理さん・・・・」

フガフガと言葉にならない声を上げていると、「はい、できた」とつぶやいて、愛理さんが少し体を離した。
何だか首元がスースーする。
後頭部に手を当てたら、ポニーテールよりちょっと下のところで、髪が綺麗に纏まっていた。
愛理さんが、正面から器用に結んでくれたみたいだった。

「あ、綺麗にできたみたい。良かった良かった」
「あの・・・」
「書き物なさるなら、髪結んでおいたほうがいいのかなって」

軽く机の上を指差して、愛理さんはまたベッドに戻った。


「そのシュシュ、よかったら差し上げますよ。可愛いでしょう・・・って、後ろで結んでるから見えないか。ケッケッケ」
「ありがとうございます」


つかず離れずな、絶妙の距離感。優しいけれど、過度に踏み込んでこない愛理さんのペースは今の私には心地好い。

そのまましばらく、愛理さんは読書、私は手紙に没頭していた。
お姉様のペンを使うのは忍びないので、村上さんの黒いボールペンを借りて便箋を埋めていく。
学校での出来事や、休日に寮の皆さんに遊んでもらった事、・・・それから、お姉様への素直な気持ちも少々。


「・・・あの、私」

集中力が若干途切れかけたところで、私は机とにらめっこしたまま、愛理さんに話しかけた。


「渡し何だか、最近とてもイライラしてしまって。本当に些細なことなのに、感情のコントロールができなくなってしまったり、良くないことだとわかってはいるのですけれど。
さっきも、お姉様をワガママで困らせて、私が悪いのに謝れないで逃げてきてしまったり」

顔を見ていないからか、素直な言葉がぽろぽろとあふれ出してくる。

「・・・なんか、わかります。私もたまにあります、そういうこと」
「えっ、愛理さんも?」

思わず振り返ると、また柔らかな笑顔が私を迎えてくれた。


「変にイライラしちゃうことって、結構誰でもあると思いますよ。思春期とはそういうものらしいです。やっかいですよねぇ」
「そうなんですか・・・でも何だか、意外だわ。愛理さんは、いつも優しくて暖かい方だから」
「ケッケッケ、そいつはどうかなー?ブラック愛理という新キャラもいますぜ!とかいってw」

愛理さんは私のほっぺたを軽くつついて、「・・・イライラしたときは、周りの人への感謝の気持ちを思い出すといいですよ」と教えてくれた。

「感謝・・・」
「そう。そうしたら、例え上手く言葉にできなかったり、謝れなかったときでも、不思議と相手に気持ちが伝わってたりするものみたい。
だから、大丈夫。千聖お嬢様には、後で一緒に会いに行きましょう。めぐだって心配していましたから」

その一言で、私は何となく気づいてしまった。

「・・・村上さんが、こちらに愛理さんを呼んでくださったのね」
「ええ。明日菜様の御様子で、めぐぅ・・・村上さんは、千聖様と明日菜様がケンカなさったんじゃないかって勘付いたそうです。
それで、私に相談してくれたみたい。
あははぁ、私いつもふにゃんふにゃんで緊張感ないから、こんな時しか役に立たないんですよぉ」
「そ、そんなことないです!私、愛理さんに励ましていただいて嬉しくて、あの、それに、村上さんも怖いのかと思ったら優しいし、でもそれよりお姉様に謝らないと・・・って、でもあの愛理さんのそのフガフガフガ」
「まあまあ、落ち着いて」

「フガフガフガだからつまり私好きなんです、愛理さんのことが!」

「えーと・・・・・」

勢い余って飛び出した私の言葉に、愛理さんのお顔が、半分笑ったまま固まる。


「え、あ、やでもそういう意味じゃないですフガフガその憧れというかフガ」
「あー、あの、それは嬉しいんですけどぉ」


「・・・・明日菜」


その時。いきなり背後から名前を呼ばれた。
振り返るまでもない。その自分そっくりな声と、肩にそえられた独特の丸い指の形で、誰なのかは簡単にわかる。


「ごきげんよう、千聖お嬢様」
「ええ」

愛理さんとの挨拶もそこそこに、私の目の前に回りこんだお姉様。若干目が吊り上ってる。・・・ペン、取り上げてしまったことをまだ怒っているのかもしれない。

「あの・・・これ」

お姉様はキーッと頭に血が上ってしまうことはよくあるけれど、本気で怒ったりすることはめったにない。
おずおずとラメ入りペンを差し出すと、お姉様はそれをチラッと一瞥しただけで、また私に視線が移る。

「明日菜・・・」

学園の一部の人たちが“魔女”なんて言っている、お姉さまの深い琥珀色の瞳。
まるでヘビに睨まれたカエルのように、私はその目の中に囚われてしまった。


真剣な面差しのまま、お姉様がゆっくりと唇を開く。


「明日菜。ダメよ」
「え、ええ。ですから、ペンを・・・」
「違うわ。そのことはいいの。そのペンが欲しいのなら、差し上げるわ。
でも、明日菜の姉は、私だけよ。いくら愛理が優しくて素敵な方だからって、明日菜がお姉様と呼ぶのは私だけなの」

鋭い声でそう言い放つと、お姉様はキッと愛理さんの方へ向き直る。

「だから、明日菜を取ってはダメよ!愛理!命令よ!」
「・・・えぇ~?」


私と愛理さんは、思わず顔を見合わせた。
話が見えない。お姉様が激しく憤っているのはわかるけれど、特に心当たりがない。

そのうちに、ぽかーんとしている私達に気がついたらしいお姉様のトーンが、一気にダウンしていった。


「あ・・・あの?明日菜?愛理?」
「ごめんなさい、千聖お嬢様。ちょっと、お話が見えないのですが」
「っ・・・だから!めぐ・・む、村上さんが、その・・・あの、明日菜と愛理が、姉妹になる契りを交わしているって・・・!・・・ち、違った・・・の?」

小麦色のお姉さまのお顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。


「ケッケッケ、それじゃ、千聖お嬢様は、ヤキモチをやいてここに来たってことですかぁ」
「な、そ、ちが、あの、フガフガフガフガもうっ、めぐ!めぐ、どこにいるの!千聖を騙したのね!」

よっぽど慌ててたのか、そんな絶叫とともに、お姉様はドアに体をぶつけながら退散していってしまった。
まったく事態がのみこめず、ボーッとしていると、また愛理さんが楽しげにケッケッケと笑った。


「・・・めぐったら、お嬢様のことをよくわかってるんだから」
「愛理さん・・・」


――つまり、村上さんは愛理さんに私のケアを任せるだけでなく、お姉様との仲直りのお膳立てまでしてくれたということか。
そして、愛理さんは瞬時にそれを理解して、上手に対応してくれた、と。

「・・・でもね、明日菜様」
「えっ」
「私、明日菜お嬢様みたいな妹がいたら良かったのに。な~んて、思っちゃったりして。
あははぁ、千聖お嬢様にはナイショですよぉ~ではではっ」

いつものクネクネした不思議な動きで、愛理さんもお姉さまの後を追うように、部屋から出て行ってしまった。
・・・・ちょっとだけ、そのほっぺが赤く見えたのは、きっと私の気のせいじゃないって思うことにしよう。

髪に手をやって、さっきもらったばかりのシュシュに触れる。


「クフフ」

よくわからないけど、笑顔が零れる。
落ち込んだと思ったら笑い出して、自分の感情なのに、なんだかよくわからない。
愛理さんの言葉を借りるなら、“思春期とは、そういうもの”なんだろうけれど。


「明日菜お嬢様ぁ~」
「愛理さん」

そんなことを考えていたら、登校列から逸れた愛理さんが、私のところまで駆け寄ってきてくれた。

「これ、つけてくれてるんですね。嬉しいなぁ~」
そう言いながら、可愛らしい八重歯を覗かせて、私の髪を纏めるシュシュ――あの日愛理さんからいただいた――に触れた。

「このシュシュ、寮の皆さんにも、学校のお友達にも褒めていただけるの。ありがとう、愛理さん」
「そうですかぁ。ケッケッケ」

愛理さんはおもむろに、クルッと後ろを向いた。

「あっ」

その艶のある黒い髪を纏めているのは、私にくださったピンクのと色違いの、黄緑色のシフォンシュシュだった。
お姉様とえりかさんを横目で見ながら、「シーッ」なんて指を唇の前に立てて、小さなウィンクを1つ。

「えへへ。実はあの後、明日菜様とお揃いの小物が欲しくなっちゃって。
結構、寮の皆様や千聖お嬢様とは、同じ文具なんかを持ってたりするんですけど、明日菜様とは今までなかったでしょう?ケッケッケ、でも、お嬢様が知ったら、また怒られちゃうかなぁ」
「そ、そんな!あの、大丈夫ですもしお姉様がフガフガそんなことフガ言ったら私が抗議をフガフガフガですから」
「明日菜様ったら、慌てすぎですよぅ」
愛理さんは器用にシュシュを外すと、手早くサイドに結びなおして私の横に並んだ。


「とりあえず、学校行くまでは、お嬢様たちに見つからなくて済むかも」
「クフフ。では、これをお揃いでつけている時は、愛理さんをお姉様と思ってもいいのかしら?」
「ええ、もちろんですよぅ。明日菜様は可愛いなぁ~」

ちょっとおでこをぶつけながら、愛理さんと微笑み合う。
仔犬みたいにハラハラさせて、目が離せない千聖お姉様も好きだけれど、こんな素敵なナイショのお姉様も・・・

「千聖に隠れて何をしているの、愛理!明日菜!」
「なんでもないですよぅ~」
「ですよぅ~」

さっそく飛んできた、ヤキモチ焼きなお姉様の声から逃げるがごとく、私と愛理さんは手を繋いで校門をくぐった。


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