手が震える。
足が震える。
顔さえも細かくぶるぶる震えて、歯がカチカチと音を立てる。

全身の血が引いて寒いような、それでいて暑いようなヤバイ状態。


「なっきぃ、大丈夫?」
「だだだだ、だだだいじょうぶです」

せっかく声を掛けてくれる佐紀先輩にも、ぎこちないというかあきらかにおかしい返事しかできない。

午後12時45分、第2体育館、舞台袖。

ダンス部の講演を15分後に控え、私の緊張はもうピークに達していた。

何も、学園祭でのパフォーマンスは、初めてのことではない。
コンクールに出場したことだってあるし、中等部1年から入部して、それなりに場数は踏んできたつもりだ。

でも、なかなかこの緊張しぃの性格というのは治らないものらしく・・・毎回毎回、今みたいに半泣き状態で本番を迎えることとなってしまう。

今日は大好きな佐紀先輩たち三年生にとって、学園で行う最後の講演。
間違った衣装を着てないだろうか。ヘアスタイルはこれで本当に大丈夫だろうか。最初のステップは右?それとも左?シューズは黒でよかったんだっけ。白?

最高のステージにしたいと思うあまり、細部の細部まで気になりすぎて、もうほとんどパニック状態だ。・・・泣きそう。そして吐きそう。


「どうしたどうした、なっきぃ。顔強張ってるって。ほら、ドリンクでも飲んで落ち着いて?」


そんな私を放置したりせず、佐紀先輩は相変わらず気に掛けてくれる。

「あ、ありがとうございま・・・ああっ」

受け取ったドリンクを手の震えで床に零し、ますます焦りが募る。
どうしよう、どうしよう。
床をタオルで拭っているうちに、なぜかじわっと涙がこみ上げてきた。


「もー、なっきぃったら」
「ごめんなさい・・・」
「なっきぃはさ、実力もあるし、華もあるのに、どうも気が小さいんだよねえ」

もったいないよ、なんて笑いながら、私の横に座る佐紀先輩。


「覚えてる?入部したての頃。なっきぃいっつも今みたいにベソベソ泣いてばっかで、大人しくて、全然意思表示もしてくれないから、ウチらの代とかめっちゃ困ってたんだよー」
「そ、それは御迷惑を・・・」
「でもさ、なっきぃは誰よりも真面目にダンスに取り組んでた。朝練も放課後も皆勤賞だったの、なっきぃだけだよ。
そんで、もともと才能もあったんだろうね、どんどん上達していって、笑顔をみせてくれるようにもなった。私ね、それがすっごい嬉しかったんだよ」

先輩の小さな手が、私の背中をポンポンと叩く。

「だから、今日はなっきぃのことよーく見てるからね。ウチら3年の集大成の舞台だけど、部を引き継ぐ後輩たちの成長を見る機会でもあるんだから。覚悟しといてよー。反省会だって、3割増で厳しくいくからねー」
「お手柔らかに・・・キュフフ」


優しいけど厳しくて、あったかい励ましの言葉に、一人で空回っていた気持ちが少しずつ静まっていく。
本番前の慌しい時間だっていうのに、私のために時間を割いてくれた優しい先輩。


「先輩」
「ん?」
「・・・キュフフ、やっぱりいいです」
「なんだよー、気になるなぁ」

余計な言葉はいらない。
今先輩に貰った勇気は、舞台上で返そう。きっと佐紀先輩なら、それをガッシリと受け止めてくれるから。

「・・・ステージはナマモノだからね。何かうまくいかなくたって、みんなでフォローし合えばいいの。・・・生徒会の活動と一緒」
「はいっ!」
「あは、いい返事。今日は千聖お嬢様たちも見に来てるんでしょ?いいステージにしよう!」

そしていつか私も、こうやって誰かの心を元気づけられるような、素敵な先輩になりたい。


「おーい、Wサキちゃんたち、円陣組むからこっちきてー」
「「はーい!!」」


本番3分前。

緞帳の外から漏れる喧騒を浴びながら、私はステージの中央右に足を進めた。

「元気にいくよっなっきぃ!」
「はいっ」


オープニングのドラムの重低音が、体育館に響き渡る。

今年度の集大成となるステージの幕が、今、開かれた。



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最終更新:2013年11月23日 09:25