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「千聖、タピオカジュース買ってきたけど。オレンジでいい?」
「・・・え?あ、ええ・・・。ありがとう、舞」

パイプ椅子に腰掛けた千聖は、私の手からプラコップを受け取ると、口もつけずに小さくため息をついた。


学園祭1日目の目玉、ダンス部によるパフォーマンス。
お昼前、校内をウロウロしていた千聖を捕まえて、無事観劇デートと洒落こむことができたわけだけれど・・・。千聖はずっと、なんだかそわそわして落ち着きがない。

理由はまあ、大体わかっている。今から舞台に立つ、なっちゃんのことを心配しているんだと思う。

ここ最近、なっちゃんは毎日、お屋敷のトレーニングルームに閉じこもって、ダンスの自主練に明けくれていた。
寮生なら、みんななっちゃんがどれだけ今回のステージに力を入れているかよくわかっている。
しかも、真面目で手抜きのできないなっちゃんらしく、他の学園祭の仕事も全力で取り組んでるもんだから、かなり疲労が溜まっているのは目に見えていた。

そんなギリギリの状態で本番を迎えるとなると、なっちゃん大好きっこの千聖としては、気が気じゃないのだろう。
事前に配られた曲目リストを何度も見返しては、重い緞帳の下がった舞台を不安げに見つめている。


「・・・なーに?千聖ってなっちゃんのこと見くびってるわけ?」

だから私は、わざとそんな軽口を叩いてみた。

「もう、何を言ってるの、舞ったら」
「あれだけ気合入れて頑張ってたなっちゃんがだよ?でっかい失敗なんてすると思う?」
「それは・・・でも、やっぱり心配なのよ、舞。なっきぃは頑張りすぎてしまうでしょう?
急に足がつってしまったり、振り付けがわからなくなってしまって、ステージ上で、“ギュフー!!”って倒れたりしたら、私・・・」


真面目な顔で、なっきぃの断末魔妄想を語る千聖。・・・いかんいかん、ちょっとだけ笑いそうになってしまった。


確かに、決めるトコ決め切れないのはなっちゃんのウイークポイント。それがヘタレ呼ばわりされちゃう一因でもあるわけで・・・。
だけど、私は千聖とは対照的に、とても落ち着いていた。否、正確には、平静を装いつつかなりわくわくしている。


「舞は、あんまり心配そうではないのね」
「まあね」

もともとあんまり動じない性格っていうのもあるんだけど、実は理由はもう一つある。


「千聖はさ、去年まで学園祭参加してなかったじゃん」
「え?・・・そうね。でも、それが何か・・・」
「もったいないことしたと思うよ」

ちょっともったいぶって話を引き伸ばすと、千聖はプクッとほっぺを膨らませて睨んできた。・・・ああ、可愛いこと!
緩んでしまいそうな顔を無理やりクールっぽく引き締めなおして、私は喋り続ける。


「舞も、学園祭は途中抜け組だったんだけど、このステージだけは見てから帰ってたんだ」
「舞・・・」


「知らなかったでしょ?なっちゃんって、かなりレベルの高いダンサーなんだよ」


そう言い終わると同時に、体育館の照明が全て消えた。
間髪いれずに、オープニングのダンスミュージックが場内を包んでいく。
ゆっくりと上がっていく緞帳。舞台上に佇むのは、ピンクTにホットパンツというシンプルな出で立ちのキャスト。ライトがその中心部に当てられた時、客席からどよめきが沸き起こった。


「うそー・・・!」
「あれって・・・風紀委員長さん、だよね・・・?」


なっちゃんの位置は、舞台ド真ん中、右手。シンメの位置にはダンス部の現エース、清水先輩。
そう、なっちゃんは今回の公演で、高等部1年生ながら、センターの一人に抜擢されたのだ。


「舞、舞!なっきぃが!あんなに真ん中に!」
「ん、だから言ったじゃん。ふふん」


別に、何も驚くような事じゃない。
いつかの学校新聞に、ダンス部は実力主義だという記事が載っていた。それなら去年、端っこの立ち位置でも光っていたなっちゃんがこの位置に選ばれるのは、当然のことだから。
とはいえ、自分の大切な人が正当に評価されたことは、本当に嬉しい。今度は笑顔を隠さずに、ステージに向かって手拍子を送る。


やがて、ミディアムテンポのダンスサウンドが流れ出し、ダンス部のパフォーマンスが始まった。どよめきは歓声に変わり、名指しでのなっきぃや清水先輩への声援が飛び交う。

「・・・なっきぃ、とても綺麗だわ」

呆然とつぶやく千聖の声も、あからさまにうっとりした音色で、私としてはかなりのヤキモチポイントなんだけど・・・まあ仕方ない。今のなっちゃんは、普段のヘタレっぷりが嘘みたいに、めっちゃくちゃ輝いているから。

柔らかさと力強さのメリハリがついた、ちょっぴりセクシーななっちゃんのダンス。
指先から足先まで気を使って、ダイナミックに体を弾ませて惹きつける清水先輩のダンス。

同じ振りでも解釈や表現が全然違って、なのに不思議とまとまっていて。
うちの学校のダンス部はレベルが高い、なんてよく言われてるけど、これなら納得だ。去年よりさらにレベルアップしている。

バレエダンスにヒップホップ、ジャズダンスにロックダンス。
息もつかせぬ、という表現どおり、ダンス部のパフォーマンスは続く。
そのほぼ全ての演目で、なっきぃは佐紀先輩とともに、センターポジションに立ち続けていた。


「・・・すごいね」

上手い言葉が見つからず、千聖にそうささやきかけると、返事の代わりに、ギュッと二の腕を掴まれた。

「ちさ・・・」


千聖はまっすぐ舞台を見つめたまま、静かに涙を零していた。
一瞬心臓がドクンと鳴ったけれど、その表情からは憂いや悲しみを感じなかったから、私も目線をステージへと戻した。
腕に食い込む千聖の指の感触が心地よい。


「・・・なっきぃ、とても素敵ね」
「ふふん。まあ、舞のライバルなんだから、これぐらい弾けてて当たり前ですけど?」
「もう、舞ったら」


ステージは佳境に入り、ラストの曲を全員で踊った後、なっちゃんと清水先輩だけが舞台上に残った。
世代交代を象徴する儀、ということなんだろう。数曲踊ってから、固い握手を交わし、再び出てきたキャストとともに、軽やかに踊りながら捌けていった。


「清水せんぱーい!」
「なっきぃせんぱーい!!」


女の子たちの黄色い声と、止まない拍手。そして、会場全員と言っても過言ではない、スタンディングオベーション。
私も千聖もどちらともなく立ち上がり、アンコールを促すように手拍子を打った。


「出てきた!」

程なくして、拍手に応えるように出てきたダンス部。その中央で、なっちゃんは深々と頭を下げた。


「あは、なっちゃんひどい顔」

さっきまでのキメまくってたダンス部のエースの風格はどこへやら、なっちゃんはこっちまで音が聞こえてきそうなほど、ひっくひっくとしゃくりあげている。
涙と汗でガッツリメイクが崩れて、大変危険な状態。
でも、決して格好悪くなんかなかった。ステージの真下で、夏焼さんがなっちゃんのアップをパシャパシャ撮っているのが見える。・・・うん、私が新聞部でも、きっとそうしたと思う。



「なっきぃ、素晴らしかったわね」
「もう、何度言うの、それ」
「だって、千聖は感動したのよ。舞だって、少し目を潤ませていたじゃない」
「はぁーん?気のせいじゃない?」

終演後、出待ちの女の子たちに囲まれるなっきぃを横目に、私と千聖はタピオカジュースを片手に談笑していた。

「あ・・・そうだわ、舞。私、舞に言っておかなければならないことがあったの」

ふと、千聖は真顔に戻ってそうつぶやいた。

「何?」
「明後日、愛理たちのステージの時なのだけれど。めぐを招待しようと思って」

そこで言葉を切って、短くため息をつく。

「それで・・・私、きっと、めぐを怒らせるわ。そうなったら舞、私を助けてくれる?」
「・・・・・・・はあ?」



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