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朝からすっごい殺気立ってるね、なんて今日何人ものクラスメートに言われた。
最初は「別に普通だよ」なんて言ってたけど、“あの時間”が近づいてくるにつれ、そんな余裕もなくなっていった。


「ねえ、すぎゃ・・・」
「ごめ、今無理!あばばばば」

クラスの出し物・ドーナツ屋さんのデコレーション作業を淡々とこなしながらも、私の心臓は破裂寸前と言っても過言ではないほどドクドクと鳴っていた。


学園祭、二日目。
今日は決戦の日だった。

「あと10分か・・・」

さっきから腕時計を15秒置きに確認しては、そわそわした気持ちでため息をついている。


明日開催される、ももと愛理と、・・・それから、いとしのあの人の学園祭ライブ。
その指定席のチケットの配布が、もうすぐ行われるのだ。


「すぎゃさん、今人手も足りてることですし、もし・・・」
「それはダメ!仕事は仕事だもーん、時間まではちゃんとやるから!」
「まぁ・・・」


――もちろん、是非にとお願いしてチケット配布所へと走り出したい気持ちはある。

だけど、自分で言うのもなんだけど、私は結構生真面目というか、無駄に自分に厳しいところが結構ある。
自分だけ特別扱いとか、ルールを無視してまで入手するっていうのはやっぱりダメだと思う。同じように、並びたくても並べない人たちに申し訳ないじゃないか。


例えば、禁止されているけど配布場所の近くに潜んで時間ギリギリまで待つとか、それこそ、ステージ裏方の岡井さんに頼み込んでどうにかしてもらうことだってできるのかもしれない。

でも、そんなことをして掴んだチケットでライブが楽しめるわけないし、・・・堂々とあの人のことを応援できなくなってしまうから。
いくらガチヲタえ、けじめって大事やん?
それに、万が一配布が終了してしまったとしても、ちゃんと立ち見の場所だって設けられているんだから大丈夫。・・・ほんとはいやだけどね。できたら指定席で見たいけどね。


「すぎゃさん・・・・」
「えっ」

そんな風に思いをはせていると、急に岡井さんのドアップが目のまえに迫っていた。
目、超ウルウルしてる!仔犬みたいな瞳で見つめられたら、どうしていいかわからなくなって、金縛りにあってしまう。・・・相変わらずの魔女っぷりだ。


「私、とても感動したわ・・!」
「え?はい?」
「すぎゃさんの、明日のステージを応援なさる真摯なお気持ち、本当に・・・」
「げっ、あばばばばばば」

――どうやら、私は頭の中でゴチャゴチャ考えていた“清く正しく美しいヲタ論()”を、無意識に口に出してしまっていたらしい。は、はずかしすぎる!

「素晴らしいお心がけね。私もステージ業務に携わる一構成員として、すぎゃさんには敬意を表させていただきたいわ。」
「あ・・そう?あはは・・・どうもどうも」

――口は災いの元、か。
相手が天然の岡井さんだったからよかったものの、あやうくクラスのみんなに、私の危険な一面を知らしめるところだった。

「つきましては、すぎゃさん、私、御一緒するわ。」
「んん?」

岡井さんが私の手をギュッと握る。

「ええ。このお店番が終わったら、チケット配布所に行きましょう。千聖も入手しておきたいと思っていたの」
「えっなんで?岡井さんステージ裏方じゃーん。袖から見れるってか、お仕事あるんじゃないの?」
「ああ、それはね・・・私のチケットじゃなくて、その、うちのメイドの分を」
「メイドさん。」


聞けば、今回の夏焼先輩(ソーリーアイリーモモコツグナガー)のライブを、どうしても岡井さんのおうちのメイドさんに見てもらいたいらしい。
学外の人の分も代理でチケットを受け取る事ができるから、その枠を狙っているみたいだ。


「へー、メイドさんのためにそこまで。面倒見いいねえ」
「え・・ええ。頑張って取らないと。私もすぎゃさんと同じよ」
「同じって、何が?」

岡井さんは妙に神妙な顔をしている。
それはライブを楽しみにしているというより、どこか思いつめたような・・・緊張感を感じさせる表情で、私の岡井さん像(いつもぼけーとしている)とは全く違う人物のように感じられた。


「私ね・・・どうしても、めぐ・・・彼女に、明日のステージを見て欲しいの。それも、客席で。まっすぐ。しっかりと。
そのためにも、いい席のチケットを確保しないとね」
「岡井さん・・・」

一体、なぜそこまでメイドさんのために。
その意図はよくわからないけれど、少なくともお金持ちパワーで良席に忍び込ませようとか、そういうずるい発想じゃなかったのには好感を持った。

「メイドさんと席が近かったら、一緒に盛り上がろうかな。岡井さん、紹介してよね。夏焼先輩のファンになってもらわなきゃ。イヒヒヒ」
「まあ・・・みやびさんの?めぐが?・・・・・・・うふふふふ」

突然、岡井さんは目を三日月にして笑い出した。
はずみで手元のドーナツのデコレーションもぐんにゃり歪んで、「失礼」なんてすましたこと言いながら、爆笑は止まらないみたいだ。

「うふふふふふ」
「え、何?私何か言った?」

さっきのシリアス顔との対比に混乱する。
そんなに、私のガチヲタっぷりは笑えるのか!何か恥ずかしいんですけど!


「うふふふごめんなさい、すぎゃさん。違うの。ただ、彼女が夏焼さんうふふふふ」
「・・・・ちょっとー!梨沙子のことはいいけど、夏焼先輩を笑いものにするなんて!」
「うふふそうではなくてうふふふふ・・・ごめんなさい、私ったら」


一通りたっぷり笑うと、やっと気が済んだのか、岡井さんはまた真顔に戻った。・・・私も人のこと言えないけど、感情が移ろいやすくて忙しい子だなあ。


「・・・ぜひ、うちのメイドにみやびさんの話をして差し上げて。むしろ、私からお願いをさせていただくわ」
「本当?私、夏焼先輩の話し出すと高確率で引かれるけど大丈夫かな?」


先日も、熊井ちゃんに夏焼先輩トークを仕掛けたところ、40分後には泣きながら逃走されるという事件を起こしたばっかりなのを思い出した。
本人の前に出ると何も言えなくなってしまう反動で、つい友達に語る時は熱くなってしまう癖があるみたいだ。


「きっとメイドも喜ぶわ。他でもないみやびさんのことですもの」
「ん?それどういう・・・」
「・・・あ、ああ、それよりも、もうそろそろ時間だわ。切り上げましょうすぎゃさん」
「え、もうそんな時間!?わかった、急ごう!」

――岡井さんが口ごもった言葉の意味は気になるところだけど、それより今はチケットの確保優先で。
もたもたエプロンを脱いでいると、後ろに回りこんだ岡井さんが、なれた手つきでシュルンと私の腰紐を抜いた。


「おお、さすが長女!」
「さあ、参りましょう。廊下は走らず、競歩でね!」
「競歩て」


シャキッと背筋を伸ばして、わっしわっしと廊下を進んでいく背中を追いかけて、私もチケット配布場所を大また歩きで目指した。



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