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うおおおおお
ぐおおおおおお


およそ女子校とは思えないような、野獣の咆哮が2つ。
何事かと後ろを振り返ると、必死の形相の栞菜が、ものすごい勢いで目のまえを通り過ぎていった。


「え?え??」

1歩遅れて、つぶらな瞳を限界まで吊り上げた舞ちゃんが、鼻息も荒く私の前を通り過ぎようとした。


「ふんがー!」
「待って待って、舞ちゃん!走ったら危ないし!」


普段ののんびりした校内ならともかく、学園祭中で人がたくさんいるのに、これはいけない。
私は意を決して、ぎりぎりのところで舞ちゃんの前に立ちはだかった。


「うわ!」
「ぎゃふん!」

いくら体格差があるとはいえ、握力7/腕力0の私では、防波堤としてはあと1歩役に立たず、弾丸の如く勢いのついた舞ちゃんに押し倒される。
つるんとした廊下にお尻から転がって、人の視線が集まってしまった。
――痛い。そしてはずかしい。梅田泣きそう。でも、舞ちゃんはそれでやっと少しだけ落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。


「・・・あーびっくりした。大丈夫?何やってんの、えりかちゃん」


「何やってんの、って。ウチは自由時間だからぶらぶらしてたんだけど。そしたら、舞ちゃんと栞菜が追いかけっこしてるからさ」
「栞菜、だと?」

私の一言が、舞ちゃんのスイッチを再び入れてしまったらしい。また愛くるしいお顔が般若のように歪んでいって、近くにいた子どもが泣き出す声すら聞こえてきた。


「ちょっと、とりあえずこっち!」

人垣を掻き分けるようにして、舞ちゃんを近くの空き教室に押し込む。


空いている席に腰をかけ、腕と足をそれぞれ組んで、虚空を睨みつける舞様。・・・ああ、怖いよう!


「舞ちゃーん・・・ほら、フレッシュジュースですよー?これ飲んで、機嫌直してよー」
「・・・飲ませて。はい、あーん」
「ええ?わかったわかった」

とりあえず、怒りの感情を、甘える事で浄化させようと判断したんだろう。腕を引っ張って、私の手から直接ストローでジュースをチューチュー吸い出す。
まさにちっちゃな暴君って感じだ。哺乳瓶で赤ちゃんにミルクをあげてるような気分になって、私は無意識に舞ちゃんの頭をナデナデしていた。

「んふふ」

多少は機嫌が直ったのだろう。ちょっと照れたように笑う顔が、何だかとても可愛らしく感じた。
一呼吸置いて、今度は拗ねたような顔で舞ちゃんは喋りだす。

「・・・聞いて、えりかちゃん。栞菜がいじめるんだけど!」
「栞菜がどうかしたの?」
「どうもこうもないでしゅ!見てこれ!」

舞ちゃんはおもむろに鞄に手を突っ込むと、1冊の冊子を私の顔につきつけてきた。

「・・・文芸部の、会報?」
「それの1ページ目!栞菜の創作!」


半年ぐらい前、栞菜は文芸部に入った。
読書も好きだけど、書く方にも挑戦してみたいと言っていて、人見知りで臆病な面もある栞菜のその決意を、寮生とお嬢様で応援していたはずなんだけど・・・。


「トップで掲載ってすごくない?実力がないと選ばれない位置だし」
「そんなことどうでもいいから!あの野郎め・・・まずは作品概要読んで!」
「もー、そんなに興奮しないでよー」

促されるまま、舞ちゃんがぷるぷるしながら指さす、各作品のあらすじを紹介するページに目を落とす。


“20XX年。隕石の衝突により、壊滅的な打撃を受けた地球に、惑星リアルセントの王女・マイが視察にやってきた。
蒼く美しい地球を気に入ったマイは、この星をリアルセントの植民地として支配することに決めた。
我が物顔で武力行使を行うリアルセント軍に、残された地球人たちはついに立ち上がる。
そんなある日、抵抗を続ける地球防衛軍の中に、一人の美しい少女の姿を見止めるマイ。
褐色の肌。小柄ながら力強い腕。自分の事を憎々しげに睨み付ける、意思の強そうな瞳。
それは、若干16歳にして、小隊の隊長を務めるチサトという少女であった。
「マイ、あの子が欲しいな・・・。っていうか、絶対に手に入れるから」
かくしてチサトを巡る王女マイの暴走は、いつしか周囲の惑星をも巻き込む、宇宙大戦争へと発展していくのであった――”

*****

「・・・えーと」
「えりかちゃん。こういう時は遠慮せず、笑いたければ笑ってもええねんで」

――ぶはっ。

箴言に従い、我慢することなく吹き出すと、マイ王女・・・もとい、舞様から強烈なわきばらチョップをくらってしまった。


「サ、サーセン・・・これは一体。てかリアルセ」
「話は半年前。栞菜が文芸部に入部したときまで遡りましゅ」

舞ちゃんのつるんとしたおでこに、若干血管が浮き出ている。あばばばば。


「栞菜はある日、舞に言ったの。“今の私があるのは、舞ちゃんのおかげだと思ってるから。ぜひ、処女作は舞ちゃんを主役にした話を書きたいの”と」
「ほうほう」
「だから、ちしゃとと舞をオマージュした作品にしてって頼んだら、ご覧の有様でしゅよ!!!よくも舞の純情を踏みにじったでしゅね!」
「ま、待って落ち着いて!」

心底悔しそうに、地団太を踏み鳴らす舞様。
私はあわててジュースの残りを舞ちゃんの口に突っ込んで、どうにか冷静さを取り戻させる。


「まあ、あの、なんだ。星の名前はちょっとフヒヒwwあれでんがな。せやけど、ストーリー自体は面白そうやし、わい、普通に続きが気になりまんねん」
「何で関西弁やねん。・・・まあ、そうだね。確かに話はいいの。ここまでは、ね。この後どうなると思う?」


鉛のように鈍い煌きを纏った、舞様の瞳。
本能が警告を発して、私は手で大きく×を作ってあとずさりした。


「・・・いや、聞かないほうがよさそうなので遠慮s」
「まあまあええやん」

だがしかし、舞様は私の意向なんて全く無視して話を続ける。

「この後、マイ王女はテロリストのチサトをひっとらえるの。そして、到底女子校の文芸冊子に掲載してはいけないような様々な拷問にかけるのでしゅ。ここもまあいいとしましょう」
「いいのかよ」
「問題は!ラストシーン!ほらこれ!」


“「チシャト、どうしてもマイの言う事を聞かないつもりなの」
チサトは黙ったまま、大きくうなずいた。
度重なるマイからの責め苦に、体は弱りきっているはずなのに、その瞳からは決して光が消えることはなかった。それが余計にマイを苛立たせる。
「へえ・・・それじゃ、チシャトの仲間がどうなってもいいんだね」
その言葉に、初めてチサトの表情に動揺が表れる。できればこういう手は使いたくなかった。でも、マイはどうしてもチサトを――。
「どうするの、チシャト」
「あ、あたしは・・・・・・」

その時だった。マイの部屋に貼り巡らされたステンドグラスを突き破り、セミロングの黒髪を靡かせた超絶美少女が、颯爽と室内へと舞い込んできた。
「暴政もそこまでよ、マイ!」
「お、お前は・・・!」
黄金のオーラを身に纏い、純白の大きな羽を大きく広げた天使。存在そのものが宝石のように光り輝いている。
「愛の天使、カンナが、月に変わってお仕置きしちゃうぞっ☆」”

*****

「・・・・うん」
「・・・・・なんなん?何でいきなりお前出てきたん?何で天使なん?世界観違うやん?何で存在そのものが宝石なん?なあなあ、この展開は一体なんなん?」


――な、なんて幼稚な争いなんだ。2人とも、校内1,2を争うトップレベルの知能を持つ超優秀美少女だというのに、やってることは小学生レベル。頭が良すぎると、1周まわってアホになっちゃう傾向でもあるんだろうか・・・。


「しかも!この後!マイ王女はあっけなく倒されるんだよ!この天使(笑)カンナとやらに!そして!奪われるの!チサトを!到底女子校の文芸冊子にしてはいけないような方法でな!」
「んはははは・・・ばかだー」

耐え切れず、笑いとともに吐き出した私の言葉に、舞ちゃんは唇を尖らせた。

「ちょっとー、笑うとこじゃないんだけど!もーね、やっと栞菜の奴が、千聖は舞のものだって認めたのかと思ったらこの仕打ちだよ?無駄に文章力があるから、舞最後まで読まされちゃったし。それも悔しいんだけど」

それで、さっきの追いかけっこか。
まったく、普段は二人で難解な数学の方程式の話とかしちゃってる天才&秀才コンビなのに、千聖お嬢様が絡むと完全にキャラ崩壊。私のような凡人には理解できない脳構造だ。


「・・・舞ちゃん、だからって、文芸部に入部して栞菜と勝負っていうのはやめてね。部の子たちに精神的圧力がかかるからね」
「・・・・・・えりかちゃんて、いきなり鋭くなるからやだー」

あ、やっぱり。
天下の舞様に鋭いなんて言われて、梅田、光栄です。

「しかもさ、舞、とんでもないミスを犯してしまったわけ」
「んん?」
「この冊子受け取る時に、栞菜に言っちゃったの。“お礼に、この後の栞菜と千聖とのデート、邪魔しないでおいてあげる”」
「あちゃー」
「別に読む前だったし、そんな約束なかったことにしたっていいんだけど、さ。一度言った事を勝手に打ち消すのって卑怯じゃない?舞のポリシーに反するね、そういうの」

期待の小説は予想外のストーリーだった上に、現実のお嬢様まで取られた舞ちゃんは、だいぶおへそを曲げちゃっているみたいだ。
でも、舞ちゃんには申し訳ないけど、私的にはこういう風に時折おこちゃまに戻るのが可愛くてたまらない。
普段の天才っぷりとのギャップで、しょんぼりしちゃってる姿を見せられると、やけに構いたくなってしまう。

「よーし・・・舞ちゃんっ、中華はお好き?えりかおねーさんがお店でおごっちゃるけん、やけ食いしていいよっ」
「マジで?舞、ちしゃとのドーナツも食べ損ねちゃったし、今ちょーハラヘリなんですけど」
「まかせて!大好きな妹のためですからっ」
「・・・あ、でも舞チャイナドレス着てみたいし、食べた分はお手伝いするよん」

こんな風に、ちゃんと思いやりも忘れないところも大好き。
秋のお天気みたいにコロコロ変わるその表情をまぶしく眺めながら、私達は手を繋いで家庭科室へと移動した。



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