※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「キス?」

何のことだかわからなくて首を傾げると、ちっさーは拗ねたような顔で「ほら、コンサートの・・・」と続けた。

「ああ、わかった!」

それで、やっと話が繋がった。
ステージ上でちっさーから受けたキスを、舞台裏で返品しようとしたことらしい。結局、ちっさーの抵抗でちゃんとお返しする事はできなかったんだけど・・・。
どうも、私は察しが悪いというか・・・まあ、とにかく、ちっさーの言うことはわかったので、一安心だ。


「ねえ、何で?」
「うーん・・・」

ちっさーの目は相変わらず真剣で、ちゃんと答えなきゃとは思うんだけど、うまく言葉にならない。

「ほ、ほら、だって私とちっさーは恋人じゃないし!」
「・・・じゃあ、恋人だったらいいの?」
「えっ!」

そんなふうに改めて問われると、何だかそういう問題じゃないような気もする。
きっと、私にキスをしてきたのが他のメンバーだったら、別に返そうなんて思わなかったのかもしれない。


「ねーってば、まいみ・・・あっ、ちょ、またそーやって・・・」
「待って!頑張って考えるから」

あせって結論を導き出すとろくな事にならないのは、今までの経験上自分でもよくわかっている。だから、また“裏技”で暴れるちっさーを封じ込めた。

――ふむふむ、おっぱいを触ると大人しくなるのか。とかいってwと私は笑いを噛み殺しながら、少し真剣に自分の行動を振り返ってみた。

ちっさーのキスが私のところに有る事で、私にとって何か不都合があるわけじゃない。
チューなんて、考えようによってはかなり度が過ぎたスキンシップなのかもしれないけど、ちっさーがそういうじゃれ方をするのは珍しいことじゃない。それはメンバーも、多くのファンの方も知っていることだ。
それなら何で私は・・・?

「あっ!」

突然、頭の中の電球がピコーンと光った。弾みで手の中のぷにゅぷにゅをギュッと握ると、ちっさーが悲鳴を上げた。


「いってー!ねー、もう舞美ちゃん!」
「ごめんごめん、つい・・・それより、わかったよちっさー!私がちっさーにキスを返品しようとした理由が!」
「ん?」

珍しく、早口なのに噛まないでそう告げられた。その嬉しさも相乗効果になって、私は浮かれた声で続ける。

「だって、ちっさーのキスを貰いっぱなしにしてたら、舞に申し訳ないじゃないか!」
「・・・・・・・・は?」

ちっさーの眉が顰められる。


「意味わかんない」
「え?あ、いや、だってさ、ほら、ちっさーと舞ってラブラブでしょ?あれ?え?そうだよね?」

今度はカミカミ状態で一生懸命説明するものの、ちっさーの訝しげな表情は変わらない。


「あ、だ、だからね、ちゃんと返品しないと舞が怒るかなって」
「何それ・・・舞美ちゃんは、千聖と舞が両思いで付き合ってるって思ってるの?その上で、私とこういうことしてるの?」
「え?・・・あれ?あれ?」

改めてそんな風に言われると、確かに自分の言ってる事は少しおかしい気がしなくもない。

「そ、そうだよね!ちっさーと舞が付き合ってるのに、私とこんなことするのは良くないよね、うん!」
「いや、付き合ってないし!」
「え!?あれ?・・・ごめん、わかんなくなってきたよ、ちっさー!」
「何だよそれー!」


一体どっからどこまでが私の妄想でなのか、自分でもよくわからなくなって、ごまかしついでにちっさーを抱きかかえてベッドに転がる。


「・・・付き合ってないから」

そのまましばらく、お互いの肌の感触をまさぐりあっていると、ふいにちっさーがつぶやいた。

「っていうか、無理だよ。私は舞にはふさわしくないから」
「何で?ちさまいはお似合いだと思うよ」
「違う。千聖じゃダメなんだ。舞には・・・そう、なっきぃでもいい。あいりんでもいい。みっつぃでもいい。他の人だって。とにかく、私じゃダメなの」


視線がぶつかったちっさーは、怖いほどまっすぐな目をしていて、それでいて無表情で・・・私には、その言葉にどんな思いが込められているのかまったく理解できなかった。


「喧嘩したの?何か、舞に言われてたでしょ。その・・・ちっさーはフラフラしてるって」
「ううん、喧嘩じゃない。だって、舞の言ってる事は正しいもん。だからもう無理なの。私は舞を傷つけたくないの」

私の背中に回った、熱を帯びた腕に力が篭る。
表情は見えない。だけど、ちっさーは泣いているみたいだった。


「ちっさー・・・」

私はかけるべき言葉を見つけることができなくて、うつむいたまま震える背中をなでる事しかできなかった。

うかつに舞の名前を出して、傷つけてしまった自分の無神経さが悔しい。それでいて、ちっさーが胸に秘めている感情を、少しも理解してあげる事ができない。最低だ。

小柄で、小さな子どもみたいに柔らかい肌の、頼りない背中。
普段は暴れん坊で、まるで男の子のように振舞うこともあるちっさーだから、つい忘れがちだけれど・・・本当は私と3つも年の離れた、繊細な女の子なんだって、こういう時に気がつかされる。
――と同時に、こんなことにならないとそれに気づきもしない自分に自己嫌悪を覚えたりもする。



「・・・舞美さん」
「あ・・・」


そして、再び目をあげたちっさーは、少したどたどしく私をそう呼んだ。・・・人格が、入れ替わった瞬間。


「あの・・・お見苦しい所を見せてしまって、ごめんなさい」
「う、ううん。ちっさー、私にできることがあるなら何でも言って?」

強いショックを受けたときに起こる、ちっさーのその“変身”。
私がそばにいる時に、そんな状態に陥らせてしまったという自己嫌悪にまた胸が痛む。


「あ、なんか飲む?泣いて水分出ちゃったでしょ?ポカリか、アクエリ・・・」

気まずさもあいまって、あわてて体を起こすと、強く手首を掴まれた。



「ちっさー・・・?」
「もういっかい、だきしめて・・・」



私の頭が言葉を理解する前に、ちっさーの長い睫毛がほっぺに触れて、唇が重なった。
どうすることが一番いい事なのか、やっぱり私にはわからない。
でもきっと、今この瞬間は、こうすることしか・・・



「まい、みさ・・・」
「大丈夫だよ、・・・・千聖」

ちっさーの体がどんどん熱くなって、半開きの瞳から涙が零れ落ちる。


「ごめ・・・なさ、私・・・・もう、わから、な」
「ううん、私がそばにいるから。千聖のこと守るよ」
「ごめん・・・なさい・・・」


ちっさーの腕に引き込まれるように、今までよりもずっと深く強く、体がぶつかり合う。
ちっさーがみじろぎするたび、懐かしい香り――たぶん、えりが使っていた練り香水――が、鼻をくすぐった。


――まさか、ちっさーはまだ、えりのこと・・?ううん、でも、まさか・・・。でも、だけど・・・


「まいみさ・・・ん・・・」
「力抜いて、千聖・・・」



か細い声で、何度も何度も私の名前を繰り返す。
その心がどこにあるのかよくわからないまま、私は腕の中の柔らかくて頼りない感触に溺れていった。



TOP