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「ありがとうございましたー」

店員さんの明るい声を背に、お店の外に出ると、私は買ったばかりのラズベリーフローズンヨーグルトドリンクに口をつけた。
甘くて酸っぱい。冷たい氷が喉を滑っていく感触は、レッスン後の火照った体を徐々に落ち着けてくれる。

「ふう・・」

無意識に、小さなため息がこぼれる。

このまま普段どおり歩いていけば、15分もかからずに家に帰ることはできる。なのに、私の足は重かった。
家族に会いたくないわけではない。それに明日までに終わらせなければならない、学校の課題も残っているというのに、一体私は何をしているんだろう。

道すがらの児童公園にふらりと立ち寄ると、私はジャングルジムの一番上までよじ登って、ぼーっと空を眺めた。
今日は星がたくさん出ている。まるで、プラネタリウムの中にいるみたいで、ほんのりと心が和んだ。

比較的近所に住んでいる舞さんなら、この空の美しさを共有できるだろうか。
メールでもしようかと携帯電話を開いてみたけれど、呼び出しボタンに手をかけたところで、思い直して鞄にしまいなおす。
舞さんのいつでもまっすぐな、迷いのないあの大きな目を思い浮かべたら、打つべき言葉を見つけることが出来なくなってしまった。



“ちっさーは、誰の事が好きなの?”


ついこの間、一晩中抱き合った後に、舞美さんにそう問いかけられたことを思い出す。


“えりが好きなの?それとも、舞?”


「ウフフ・・・」

あんな風に素肌を重ね合っているというのに、御自分の事は選択肢に入れないのがいかにも舞美さんらしい。
思い出し笑いを浮かべた後、また私の胸に冷たい風が通り抜けた。

――私は結局、その質問に答えることはできなかったのだった。
結論が出なかったからではなくて、私の生々しい思いを、純粋な舞美さんに伝えることは憚られたから。


私が誰の事を好きなのか。
舞美さんの言う意味に準えて言うのなら・・・それは多分えりかさんだろう。
頭を打ち、こんな風に人格が変わり、恐怖心に支配されていた私のことを、すべて包んで守ってくれた人。
夢を持って私たちの元を旅立つ直前まで、その優しさはずっと変わらなかった。

最後に肌を合わせた日、えりかさんは私の気持ちを受け入れてくださると言った。
とても嬉しかった。
その時の言葉は、離れてからもしばらく私の支えとなっていたのだけれど・・・忙しい日々の中で、今までのような関係を保つ事が出来るはずもなく、少しずつ、距離が遠のいていくのを感じていた。

それは、仕方のないことだと理解していたつもりだった。

わかっていたから。えりかさんが“受け入れる”のは、私からえりかさんへの気持ちじゃなくて、私の心を落ち着かせるためのあの行為だというのは。
それでも構わなかった。1ヶ月に1度ぐらいでも、もっと間が開いてしまったとしても、たまにでも私をあの腕の中に招き入れてくれるなら、それだけで幸せだと思えるから。

でも、私には私の毎日が存在し、えりかさんも新しい日常を謳歌していく。

会えない時間が愛を育てる、何ていう歌があったけれど、私のような子どもに、そんな忍耐力があるはずもなく・・・ただただ、寂しさだけが募っていった。きっと、多分、今現在、この瞬間も。

だから私はもう、真剣に誰かを愛するのはやめようと決めた。
こんなに寂しくて切ない思いをするのは、これっきりで終わりにしよう、と。

舞美さんがえりかさんのように、私のことを抱きしめてくれるようになったのは、そんな矢先のことだった。
私と舞美さんは似ているところがあるから、すぐに、お互いに恋愛のような感情を持っていないことを本能的に理解した。

ただ自分の心を静めたい時に、癒して欲しい時に、触れ合う存在。

私は舞美さんを、都合のいいように利用しているだけなのかもしれない。


「・・・最低ね」


改めて、自分の不誠実さ・不真面目さに辟易する。
そうね。こんな事だから・・・・


“ちさとって、フラフラしすぎ。意味わかんない”


ふと、舞さんから投げかけられた言葉が頭をよぎる。

本当にその通りだと思う。私も、明るいほうの千聖も、真剣な気持ち――舞さんの――を正面から受け止める勇気がなくて、右往左往して逃げ惑っている。

いくら鈍感な私でも、舞さんが私のことを特別に慕ってくださっていることは理解していた。
まっすぐな舞さんの気持ちは、時に言葉になって、時に行動になって、私にダイレクトにぶつかってきたから。

舞さんのことを好きか、と問われれば、何の迷いもなくうなずくことはできる。
でも、私から舞さんへの“好き”がどういう意味を孕むものであるのか、それを考えるのは、今の私には難しいことだ。

「ね・・・私は、どうしたらいいのかしら」

自覚のない、“もう一人の私”に向かって問いかけても、当然答えは返ってこない。

いつの間にか辺りは夕暮れから夜闇へと様相を変えて、一人ぼっちの私を包み込む。・・・そろそろ、家族から連絡が来る頃かもしれない。
私は手元のヨーグルトドリンクを飲み干すと、とぼとぼと家路へと足を運んだ。
いつもどおりの、明るい千聖の笑顔の準備をしながら。


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