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「さて、寝るか・・・」

つけっぱなしのまま、ぼんやり眺めていたテレビがニュースからバラエティへと変わる。
23時。私は軽く伸びをすると、ベッドの縁に置いたスクールバッグを手繰り寄せた。
病的と言っても過言ではないほど寝起きの悪い私は、いつも就寝直前に鞄の中身を確認する。朝はなるべく、時間ギリギリまで寝ていたいから。

「んーと、明日は愛理たちのステージか。必要な物はステージ裏に置いてきたし、特に荷物は・・・あれ?」

鞄の口に突っ込んだ手に、何かがコツンと当たった。
引き上げると、そこにはピンク色の数珠のブレスレット。・・・千聖が大事にしているやつだ。いつの間に紛れ込んでいたんだろう。


「・・・仕方ないなあ」

私はパジャマの上にブランケットを羽織って、静かに部屋を出た。
春先とはいえ、深夜はさすがに少し冷えている。さっさと暖かいところに行きたい。そう思って、早足で中庭への扉を開ける。



ギィイ~
ギイ~



「・・・・えっ」

扉の音とは違う、古びた金属音みたいなのが耳に飛び込んでくる。
深夜の庭園。人気のないはずのその場所で、片隅の白い箱ブランコが微かに軋んでいた。


「嘘・・・」

背中にギリッと緊張が走って、手元の懐中電灯が地面に落下する。

日頃からナマイキだの、怖いもの知らずだのと好き放題言われちゃってる私だけれど、実はオバケ関係は大の苦手だったりする。
学園祭の、舞美ちゃんのクラスのお化け屋敷でさえ、屁理屈捏ねて訪問を避けたぐらいだ。

――でも、あの場所を通らなければ、お屋敷のほうへは行けない。
引き返すにしたって、一歩でも動こうもんなら、たちまちブランコの上の幽霊が襲い掛かってきそうで・・・


「・・・ちしゃとぉ」

思わず、愛しい彼女(何か文句でも?)の名前が口をついて出る。
そうだ、私は前世からの恋人(ryに、大切な物を届けるという重要任務があるんだ。
負けるな、舞よ!そそそもそもでしゅね、幽霊などというものは、非科学的極まりない想像の産物でありましてでしゅね・・・


「よ、よーし、歌でも歌うか・・・・・でぃすこ、でぃすこ、でぃでぃでぃでぃすくぉー!!」
「きゃああ!?」


前傾姿勢で歩きつつ、おなかに力を込めてオペラ調に歌いだした瞬間、いっそうブランコが撓んで、座席から小さな影がピョコンと飛び出してきた。


「ひええ!って、千聖!?」
「ま、舞・・・?」


反射的にライトを当てたその場所に、ナイトドレスを纏った俺の嫁がいた。


「まあ・・・どうしたっていうの、舞ったら。こんな時間に」
「ち、千聖こそ。寝ないの?℃変態・・・いや、栞菜は?」
「ああ、栞菜は千聖の部屋で眠っていると思うわ。今日はお疲れのようだったし、私も少し一人で考え事をしたかったから、こっそり抜け出してきたの」
「・・・にしたって」

私は千聖のほっぺたに指を滑らせた。・・・冷たい。
何かあるとすぐ思いつめて、体調管理とかペース配分が全くできなくなっちゃうのは、千聖の癖。

「どうかしたの?」
「え?」

どうせ、“皆さんに御心配をかけるわけには・・・”とか言って、答えてはくれないんだろうけど。


「何か、考え込んでるから」
「・・・あぁ、えと・・・あ、明日、上手くステージの裏方仕事を務められるか、心配で・・・」
「あっそ」

大きな黒目が潤んで揺れて、膝の上に揃えられた指に力が篭っている。――本当、嘘が下手なんだから。
24時間、四六時中、寝る間も惜しんで千聖のことを考えてる私に、そんな方便が通用するはずないって、なんでわかんないかな。


「これ。舞の荷物に紛れてたよ」

私は自分の腕にはめていたブレスレットを引き抜いて、千聖の手首へと返した。

「あら・・・ごめんなさい、舞。私ったら、ぼんやりしていて」
「ママに貰ったんでしょ?大事にしなきゃだめじゃーん。・・・あのさ、ステージのことだけど。まあ、別に、千聖一人が裏方なわけじゃないし?熊井さんとか、舞だって一緒にやるんだから、わからないことがあるんだったら、みんなで解決すればいいじゃん」


こんな大切なものの事を忘れちゃうほど、千聖の心を捕らえてしまっているものが何なのか、気にならないはずがない。
でも、千聖が言わないと決めたのなら、私はその判断を支持するまで。
っていうか、どうせ、ちょいちょい探ってりゃ絶対ボロが出るんだから。焦らない、焦らない。


「あんまり遅くまで起きてるとさ、それこそ明日の仕事に差し障るよ?お肌にも悪いし。・・・ほら、おでこに赤い子が」
「もう、舞ったら」

おでこにポツンとできたにきびを軽くタッチしたら、やっと千聖は表情を崩した。


「部屋まで送るから」

私は羽織っていたブランケットを千聖にかけて、そのまま肩を抱いて歩き出した。
まるでラブストーリーの主人公のようだ。我ながら超カッコイイんですけど。


「舞、ありがとう」
「いーえ、別に。明日、うまくいくといいね」
「ええ。めぐもみやびさんとのこと、喜んでくれればいいのだけれど・・・あっ!」


――はい、さっそくやっちゃいましたね、岡井さん。


「ふーん、ステージのことっていうか、鬼軍曹関係で悩んでたわけね」
「あ、その、ちが、フガフガフガフガ」
「てか、鬼軍曹と夏焼さんって何か繋がりあるわけ?喜ぶって?」


ついつい尋問口調になるのは、私の悪癖。顔を真っ赤にしてうなだれる千聖を見ていると、なんだかたまらなく嬉しくなってしまう。


「ねー、なんなの?そこまで言っちゃったんなら、もういいじゃん。どうせ舞にはのちのち全部話すことになるんだしさあ。ほーんと、千聖って全部口に出ちゃうよね。隠し事できなさすぎー」

さっきまで堪えていた分もあり、どうしてもいじめっ子口調を止める事ができない。


「・・・舞、もう、そんなに意地悪しないで・・・・」

千聖の声がどんどん小さくなり、お庭の土の上にペタンと膝をついて泣きそうな顔でこっちを見てくる。・・・ご馳走様で御座います。

「別に、誰にも言わないけど。舞に何かしてほしいことがあったら言ってよね」
「・・・・え、ええ」

まあ、こんなたまらん表情を独占できたんだし、ここいらで引き下がってやりますか。


「いいステージになるといいね」
「そうね・・・」


少し深めのため息を漏らした千聖が、漆黒の空を見上げる。
月明かりに照らされた横顔は神秘的で、私はしばし見蕩れてしまった。


「・・・今日、千聖の部屋で寝てもいい?栞菜いてもいいから」
「あら、舞ったら、あまえんぼうさんなのね」
「うっさいな」

肩に回した手に力を入れて、私はお屋敷に通じるドアを開けた。
明日、何が待ち受けているのか知らないけど。絶対絶対、千聖のことは私が守るんだって言い聞かせながら。



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