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“いいですかぁーっ!!夏・・・じゃなくて、演者のみなさんに迷惑にならないよう、過剰な応援アピールは禁物ですっ!”
“はいっ、梨沙子隊長!”
“サイリウムは明るすぎるの禁止!振りコピは邪魔にならないよう前後左右位置確認必須!MC中に夏・・・ステージのみなさんに話しかけるの禁止!目が合ったとか合わないとか、お花畑はほどほどに!”
“はいっ、梨沙子隊長!”
“ライブは会場全員で作り上げるものっ!良い客席が、よいパフォーマンスを生み出すというのを忘れずにっ!”
“はいっ(ry”


――キメェ・・・じゃなくて、りーちゃん乙です。

「やーだ、もぉ。ウフフ」
「あら、ももちゃんたら、そんなに笑ってしまってはお粉がとれてしまうわ」

お化粧用のパフを持った千聖が、手を止めて小首を傾げる。

「ごめんごめん。梨沙子の声、ステージ裏まで響くなんて、どんだけ張り上げてんのかと思ってさ。普段あんまりおっきい声出さないかわりに、あの立派な声量をこんなとこで無駄に使ってるのかと思ったら。ウフフフ」
「すぎゃさん、Buono!の私設応援団の団長さんをなさっているんですって?マナーのお呼びかけまでしてくださるなんて、本当にももちゃんたちのステージを楽しみにしていらっしゃるのね」
「ウフフ、ありがたいことです」

まあ、正確には今現在梨沙子の脳内比率はみや90.2%、愛理8.4%、その他1.4%ぐらいなんだろう。んま、無償でここまで協力してくれる人に、無粋な文句を言うつもりもないけどね。

学園祭最終日、昼。
午後からのライブを30分後に控え、私はステージ裏係の千聖とともに、“ミラクルアイドルももち”への変身作業に取り掛かっていた。
昨年に引き続き、みや&愛理と3人で組んだロックグループ・Buono!。好評につき今年も・・・というハードルが既に掲げられているわけだから、絶対にいいものを見せたい。
そのために、私は少々強引に、千聖を私の専属マネージャー(?)としてお借りしているというわけだ。
気心知れた千聖とだから、ヘアスタイルもメイクも衣装の着こなしも、リラックス状態で進んでいく。

“あっ、そこのあなた!うちわは高くかかげちゃだめです!てか可愛いねその夏焼様のうちわ!あとで見せてっ!”
「ウフフフフ、もー、梨沙子なにやってんの!」
「フフ、ももちゃんは全く緊張なさっていないのね」

そう、それこそ、超美少女にしてキモヲタの梨沙子の声に笑っていられる程度には、平静を保っていられている。今のところは。
私は直前に一気に緊張感が高まるタイプだから、今後どうなるかはまだわからないけれど、まあそばに千聖がいてくれれば大丈夫だろう。

「ももちゃん、次はアイラインを引くから、眼を閉じてもらえるかしら」
「はぁい」

まぶたの下に千聖の指の感触がして、いつもの甘ったるい系のコロンの香りが鼻をくすぐる。
今日のために、千聖は梅田さんから舞台用のメイクをつきっきりで習っていたらしい。
いつもボーッとして危なっかしいお嬢様だっていうのに、なるほどとても手際がいい。きっと、かなり訓練を積んでくれたんだろう。何だか心がくすぐったい。

「・・・ありがとね」
「え?メイクのことかしら?そんな、わざわざお礼していただくほどのことでは」
「だけじゃなくて、まあ、もろもろ」
「ふふ、ももちゃんは不思議な事を言うのね。・・・次は、マスカラを塗るから、伏し目にしてもらえるかしら」

こうして一緒にいて、私を和ませてくれるだけで嬉しい。・・・舞ちゃんに聞かれたらリアル生命の危機になるから、あくまで心の声ですけど。

それに、今日の千聖は・・・


「何か、千聖落ち着いてるよね」
「え?」

睫毛をとかしていた、マスカラコームが止まる。

「最近千聖、ずっとそわそわしてたりぼんやりしてたり、変な感じだったから。今日はリラックスしてるなあと」
「そう・・・かしら」

一瞬、千聖は考え込むように視線を宙に向けた。

「あ・・・それよりも、メイクの続きをしましょう。間に合わなくなってしまうわ」
「はぁい」

そのまま何か喋りだすのかと思ったけれど、特に言葉を発することはなく、再び私の顔にお化粧を施す作業に戻る千聖。――まあ、どうやら心当たりがないこともないみたいだけど、無理に穿り出す気は毛頭ない。

冷たい、とか他人に無関心、とかよく言われるけど、千聖と自分に関してはこれぐらいでちょうどいい。
そんなくだらない、表面的な友情とは違うのだよ、君!こういうのを本物の絆って言うんだよ、君!と私は妄想の群集に向かって演説を発してみた。


「・・・私が落ち着いて見えるとしたら」

しばらくして、千聖はポツリとつぶやいた。
私はあえてあいづちは打たず、無言で先を促してみる。

「・・・見えるとしたら、それは・・・もう、覚悟が決まったということなのだと思うわ」
「覚悟?」
「ええ。どんなに長く思い悩んでも、もう引き返せないという状況になったのなら、前に進むしかないでしょう?」
「そうだねぇ」


私は千聖の手をやんわりと止めて、そのちっちゃい頭をわしわしとなでまわした。


「きゃっ!何をするの、ももちゃん!」
「なんかよくわかんないけど、大きな決断をした千聖に、愛のプリンセス・ぴーちっちから勇気を注入♪ロッタラロッタラ~」

「もう、ももちゃんたら」

千聖が眉を困らせて、いつもみたいに三日月目で笑う。・・・良かった、とりあえずお子ちゃまな千聖が戻ってきてくれた。
あんまり大人びた口調で、達観したようなことを言われると、自称“姉”としてはちょいとドギマギしてしまう。

「うまくいくといいね。ステージも、千聖のお悩みも」
「そうね」

中途半端なお化粧のまま、見つめあってニコニコ微笑んでいると、「いや~、何か体育館、すっごい人だよー!」なんて言いながら、愛理とみやが戻ってきた。


「袖から見てみたんだけど、去年よりかなり多いかもー」
「本当?そりゃ頑張らないとね。・・・ところで、くまいちょーと舞ちゃんは?」

二人と一緒に、お客さんの入りを確認しに行ったはずの裏方コンビの姿が見当たらない。


「ああ、何かお客さんの正確な人数をカウントするとか言って、野鳥の会やってるよー」
「ええ~!?もー、すーぐ変なとここだわるんだから、しょうがないなあ。あとで呼び戻しにいこっ」


マイペースな二人の行動に、本番前とは思えないほど和やかな空気が流れていく。
このままいい雰囲気で、本番を迎えられたら・・・そう、願っていたのだけれど。



――コン、コン。
ふいに、演者用とは逆側のドアから、小さなノックの音が聞こえた。

「ん?」
「本番前に、すみません。千聖お嬢様はいらっしゃいますか?」


千聖の顔が、俄に強張った。



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