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「・・・みや」

私の声に、洗面所の片隅でうずくまっていたみやが顔を上げた。

「大丈夫?」
「・・・ん、ごめん」

相変わらず顔色は真っ青で、唇や、細い指先まで細かく震えているものの、みやはぎこちなく笑いかけてきてくれた。
いつもマイペースで、明るく周りを気づかってくれるみやの、これほどまでに動揺した姿を見たのは初めてだった。
無責任に励ましの言葉をかけるわけにもいかず、私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。


「・・・みやび、今体調は?」

すると、ももがいつもの調子でみやに話しかけた。

「え・・・と。体調は大丈夫だけど・・・」
「そっか」


その答えに、ももはほんの少しだけ小首を傾げると、「じゃ、ステージ行こうか」とみやの手を引いた。

「えっ!待って待って!」

さすがに黙ってみていられず、私は無理やりももの手をみやから引き離す。

「ん?どうかした?」
「ん?って・・・」

文句を言いかけた私は、うっと言葉に詰まった。


ももはくりんとした目をパチパチさせて、顔を近づけてくる。・・・いわゆる、“偽ってる時”の、もも。こういう顔を私に向けてくるのは、本当に珍しいことだから、その意図がわからない。


「だって、もうあんまり時間ないし。開演時間遅れるとか最悪じゃない?」
「でもさ」

みやも立ち上がる様子はなく、困惑したように、ももの顔を見上げている。
傍目から見ても、これからステージに上がるというテンションではないのは一目瞭然だった。


「あー・・・うー・・・じゃ、じゃあさ!私とももだけ先に出て、みやはコンディションが良くなったら」
「それはダメ」
「おぅふ」

私の提案は0.3秒で却下され、マンガみたいにガクッとこけそうになるのを頑張ってこらえる。
ももは頑固なとこもあるけれど、基本的には優しいし、状況判断も的確なタイプだったはず。
それが、何をこんなに意地になってしまっているのか、私には理解ができなかった。


「・・・ごめん、もも。私、今は・・・」
「みや、いいから行こう」

あまりにもかたくな過ぎるももに、明らかに弱り果てているみや。
頭がクラクラする。こういった事態を取り仕切る才能は、残念ながら私にはない。
だけど、今ここにはお嬢様も舞ちゃんも熊井さんもいないんだから、このどうしようもない状況をどうにかできるのは、もはや私しかいない。


「ねえ、もも!」


少し、お腹に力を込めて声を出してみる。


案外響いたようで、二人が驚いた顔で私を見た。

「あ・・ごめん」
「ううん・・・もぉも、ごめん。強引だった。でもさ、みや」


少しクールダウンしたももは、一呼吸置いて、みやの前にしゃがみこんだ。


「みや、見てもらいたいんでしょ?ライブ」


みやが小さく息を呑んだ。
誰に、何ていちいち言わなくたってわかりきっている。
そして、それを否定しないことで、みやがももの言葉を肯定しているのも理解できた。


「でも・・・こんな気持ちのままじゃ」
「あのさ。みやが千聖んちのお手伝いさんとどういう関係で、何があったのかなんて、もぉは知らないよ。ってか、しょーじきそこまでは興味ないし。あーはいはい、冷たいですよ、私ってやつは」
「も、もも?」
「だけどね、今ここから動かなかったら、絶対に後悔するよ!いいの?・・・あの様子だと、今頃千聖、お手伝いさんに詰め寄られて責められてるかもしれないよ。みやが立ち上がらなきゃ何もかもおかしいままになっちゃう」


――あ、ヤバイ。ももの目がぐんぐん吊り上って、ほっぺたがピクピク引きつり始めている。


「それにね、Buono!を楽しみにしてくれてる人たちが大勢いるってこと、忘れてない?みんなみやのこと待ってるんだよっ!
アイドルは夢をお届けする仕事なんだからね!どんなに動揺してる時だって、平然と舞台でパフォーマンスしてみせるってのがプロでしょうが!」
「かっけぇ・・・いや、もも、でも私たちプロじゃないよ」
「・・・・・まあ、それはいいとして」

私のマヌケなツッコミに気が緩んだのか、ももが若干トーンダウンしてきた。
熱いトコを見られたのが気恥ずかしいんだろう。冷静な顔をしつつ、その白いほっぺたが桃色になっている。


「・・・ぷっ」


ふいに、みやの表情が崩れて、堰を切ったように笑い声があふれ出してきた。


「ちょっとぉ、みやび!」
「あっははは!ごめん、ちょっと・・・だってもも首筋血管浮いてるし、愛理は変な突っ込みいれるし、あはははは」
「もー、今笑うとこじゃないし!」


――これはもう、完全に元どおりのみやだ。
ツボにはまったらどんな空気でも笑い出して、普段はクールっぽいそのお顔とキャラの壊れっぷりに、周りにも笑いが伝播していく変なパワー。
私たちもそのテンションの落差が妙におかしくなって、洗面所に三人分の笑い声が響き渡った。


「・・・あー、もう、こんなことしてる場合じゃないんだって!ほれほれ」

ひとしきり笑った後、どうにか平静を取り戻したももが、私たちの背中をぺちぺち叩いて立ち上がらせる。


「もう平気なんでしょ、みや」
「はいはい、おかげさまでね。ももってホント面白いわー」


何だよー、なんて文句をいいつつ、ももの表情は優しい。
私たちを交互に見比べるみやからは、直接言葉はないものの、「ありがとう」の気持ちがいっぱい伝わってくる。
改めて、この2人とステージに立てることに、私は心から感謝を覚えた。


「でもさー、あんなにムキになるなんて、もも・・・あははは!桃子先輩カワイーって言ってる子たちに見せたかったんだけど!」
「だーからー!いつまで引っ張ってんの、みや!もぉはねぇ」
「ケッケッケ、みや。ももはね、みやのこと大好きだから、どうしても元気になって欲しくて張り切ったんだよぉ。ね?」
「うそー、ももったら、そんなに私のこと・・・困っちゃうなあー、とかいってw」
「へぇ!?は、別に、もぉはプロとして今からのステージのことを優先的に考えた結果の行動なわけでありまして・・・ああもう、さっさと行くよ!準備準備!」


肩寄せにやにや笑う私とみやから逃れるように、勢いよくドアに突進したももは、無意識に立てていた小指を角に強打して「いったーい!」と叫びながらくねくねと先に走っていってしまった。


「・・・心配かけてごめん」
「ん、全然。良かったよー、みやがいないとBuono!じゃないもん」


気を取り直して楽屋へと戻る途中、みやがふと足を止めた。


「みや?あ・・・気まずい?めぐ、まだいるか見てこようか?」
「そうじゃないけど・・・あの、さ、ちょっと、ライブのことでお願いがあるんだけど・・・」



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