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「あら、ごきげんよう」
「あ、千聖お嬢様。おはようございます」
「うふふ」

早朝、庭師の手伝いで花の水遣りをしていたところ、ふいに後ろからお声をかけられた。

「早くからご苦労様。今日もお花が元気そうね」

軽く目をすがめて、庭の花に微笑みかける仕草はどこか幼くあどけなくて、手を止めその表情に見入ってしまう。

「お嬢様、今日はお早いお目覚めですね」
「あら、千聖がいつも寝坊をしてるといいたいのかしら?」
「あ、ご自覚はおありなんですね」

僕の方をチラッと睨んでから、「もう、意地悪ね」と三日月目になって笑うお嬢様。・・・本当に、よく笑うようになったな、なんてしみじみ思う。


僕がここに勤め始めたころのお嬢様は、いつも何かに怯えていて、塞ぎこんでいるようだった。
それが、いつの頃からか、まるで人が変わったように、今のおてんば・・・いやいや、活発なお嬢様へと変わっていったのだった。
きっと、寮の人たちのおかげなんだろう。
お嬢様は多少無茶ブリも多い方だけれど、元気なほうがずっといい。その太陽みたいな笑顔は、執事やメイドの心を、晴れやかにしてくれるのだから。


「あのね、今日、お母様にお花の写真を贈ろうかと思って。め・・・村上さんのお話だと、お庭が一番綺麗なのは、この時間だというから。どこか、いいスポットはあるかしら?」
「あ、そういうことでしたら、こちらへ・・・」

つっかけサンダルのまま、後ろをひょこひょことついてくるお嬢様は小動物のようで可愛らしいと思う。・・・あんまり、こういう感情を持つのはいけないのかもしれないけど、まあ心の中だけですし・・・。


「こちらのスポットは、いかかでしょう?」
「ええ、素敵だわ。そうしたら、ここを背景にして、千聖を入れた写真を撮ってちょうだい」
「かしこまりました」

ファインダー越しに見つめるお嬢様は、一件大人しそうに見えるけれど、独特の存在感があって・・・なんというか、つい見入ってしまう。


「・・・ちょっと、ちさと」

そんな邪な気持ちを悟られたのか、突然後ろから刺すような視線を感じる。
振り向くと、寮生の萩原さんが、大きな目で僕のつま先から頭までじっくり観察している最中だった。


「あら、舞。早いのね」
「お、おはよ、うござ、いま、す萩原さん」
「・・・」


僕の挨拶に、3ミリぐらい会釈を返してくれた萩原さんは、「若い執事がお嬢様に必要以上に関わるとは関心しないでしゅね」と超早口&小声でつぶやくと、まるで嘘のように晴れやかな笑顔で、お嬢様の隣に並んだ。
持病の胃痛(原因の8割は村上さんと萩原さん)がキリッと腹をしめつける。


「まー・・・いっか。撮って♪」
「え・・・でも、お嬢様のお写真」
「と  っ  て ?」


おお・・・、笑っているのに、普通に可愛らしい顔立ちなのに、何でドス黒いオーラだ。

「お、お嬢様」
「そうね。舞も一緒なら、妹も喜ぶわ。どうしてか、舞のこととても慕っているのよ」
「はあ・・・」


結局、ヘビに睨まれたカエル状態で何枚か写真を撮り、萩原さんの鬼のダメ出しを潜り抜け、漸く撮影は終了した。


「ご苦労様。千聖のお願いで、仕事を中断させてしまったわね。今日は休憩を少し長くお取りなさい。執事長には伝えておくから」
「い、いいえ!めっそうもございません!どうぞ、お気遣いなく!」
「・・・そう?そう言うなら、構わないけれど」

お嬢様のお気持ちは本当に嬉しい。でも、一言優しい言葉をかけられるたびに、傍らの萩原さんの眼光が鋭くなっていて、多分あと2回ぐらいで生命に危険が及ぶ。

「では、お庭の手入れがありますので、僕はこれで・・・」
「ええ。写真、ありがとう」

おなかをさすりつつ、お2人の横を通る途中、萩原さんにクイッと袖を引かれる。



「・・・ちしゃとのこと、小動物みたいで可愛いとか思ってんじゃねえぞ、この(自主規制)」



天使の笑顔のままそう告げると、萩原さんはお嬢様の手を取って、お屋敷のほうへと向かっていった。


「おおお・・・」

何ということでしょう。
どうやら、一番目をつけられてはいけない人に、存在を認識されてしまったらしい。
父さん、母さん。次の帰省は、果たして生身のままできるかわからなくなってしまいました・・・
数分後、通りかかった村上さんに発見され「体調管理がなっていないようではお嬢様にお仕えする者として云々」とお説教をくらうまで、僕は胃の痛みと戦い続けることとなったのだった。



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