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「吐けよ、なっちゃん」
「ケロ・・・」
「吐いちまえば楽になるぜ」

トイレの個室の中、大きな瞳と鋭すぎる眼光の持ち主が、私を壁際へじわじわと追いつめる。

「べ、別に吐き気してないんだけど、今」

年上らしく胸を張ってそう言ってみるも、声は震える。そして、そんな私の様子を見逃すはずもなく、彼女――舞ちゃんは口の端をゆがめて笑う。

「いや、舞も別にそういう趣味ないから」
「趣味ってあんた」
「じゃなくて、あるでしょ。素直に吐き出さなきゃならないことが」

あー、はいはい。

いくら察しが悪い私だって、顔近づけられてそう言われれば、おのずと何のお話だかわかるっていうもの。

「・・・ちさと、関連?」
「わかってんじゃん」

何て残念な子なんだ・・・舞ちゃん。私は小さくため息をついた。
この際だからはっきり言わせてもらおう。いや、実際言えないから心の中でですけど。・・・舞ちゃんは千聖が絡むとおかしくなる。本当に本当に本当におかしくなってしまう。

舞ちゃんは傍から見れば十分可憐な、どことなく甘いミルクみたいな匂いすらするような美少女だっていうのに、「ち」「さ」「と」この3文字がいつだって彼女を狂わせる。
ホテルで千聖が一人部屋になればバスルームに忍び込み待機し、
千聖が楽屋であくびしようもんなら、その頭をロックして自分の膝に叩きつけ(膝枕のつもりらしい)、
千聖と誰かがふざけてチュー真似なんてしようもんなら、間に割って入って千聖の唇を・・・ああ、もう思い出したくもないケロ!

「ねー、さっさと吐いてよ魚介。ブイヤベースにすんぞコラ」
「そんなこと言ったって、別に舞ちゃんが考えてるようなことはないと思うんだけど。ってか、千聖のトクベツって私じゃなくて舞ちゃんだと思うけどな。やっぱちさまいでしょ。そもそも、なきちさとかちさなっきぃって言いにくいじゃん。だから大丈夫!」

何が大丈夫やねん。・・・私はどうも、あせると無駄に口数が多くなるようだ。
でも、黙って私の顔を見つめる舞ちゃんは少しほっぺをほころばせていて、少しばかり機嫌が直ったように見えなくもない。


「・・・ふん、うまくかわしたね、なっちゃん」
「キュフフ。さ、いつまでもこんなとこいないで、みんなのとこ戻ろ?りーだーとか、愛理に千聖取られちゃってるかもよ?」

私は舞ちゃんの手を取って、個室から出ようとした。・・・が、その手をぐいっと引かれる。

「ん?」
「・・・でもさ、なっちゃん。舞ね」

さっきとは打って変わって、舞ちゃんは真剣な表情になっていた。
つられるように、私の顔も引き締まる。

「舞、知ってるんだ。千聖が、舞に話してくれないようなこと、なっちゃんには打ち明けたりしてるって」
「舞ちゃん、」
「そうでしょ?」

ここは、ごまかしていいようなシチュエーションじゃない。私は黙って大きく1回だけうなずいた。

千聖は大雑把で豪胆なように見せかけて、実は℃-uteの中で一番繊細な心を持っている、と私は思っている。
お嬢様のときだって同じ。誰にでも優しくて、でもその裏では人知れず傷ついていて。・・・だから、少しでもその心に寄り添いたいって思って、私は秘密主義な自分の内面をさらけ出すのと引き換えに、千聖の心を覗かせてもらうことがある。


「やっぱりね」

舞ちゃんはふっと笑うと、少し視線を下げた。

「あの・・・舞ちゃん」

ガシッ

「えっ」


そのほっぺたに触れようと手を伸ばすと、いきなり手首を掴まれた。
そのまま、背中に向かってギリギリとねじ上げられる。

「いたいいたいいたい!舞ちゃんマジ痛い!」

軟弱な私にプロレス耐性がないことはわかっているはずなのに、間違いなくことは手かげんなしのガチ技だ。
こっそり盗み見た舞ちゃん・・・いえ、舞様の顔はさながら地獄の閻魔様のようだった。しかも、うっすら笑っている。

「だから、最初に吐くことないかって聞いてやったのに。舞が聞かなかったらごまかそうとしやがってこの(自主規制)が!」
「だってそれはいたたたたた」
「ちょっと、何やってんの!」


幸か不幸か。
洗面所のドアをバーンと開けて入ってきたのは、まさに今話題の人物・千聖だった。

「ち・・・ちさとぉ」

呻く私を一瞥すると、千聖は私と舞ちゃんの間に手を挟んで、器用に引き剥がしてきた。
そのまま、舞ちゃんをギュッと抱きしめる。

「まーいー・・・、大丈夫?もうちさとが来たから、守ってあげるからね?」
「はぁ!?」

いやいや、どう考えても、腕と胴体切り離されそうになってたの私ですやん。何この超展開!

「ちしゃとぉ・・・えーん、怖かったよぉ」

舞ちゃんは舞ちゃんで、千聖の御立派なたゆんたゆんに顔を押し付けて、チラッとこっちを見て舌なんて出してくる。
何これ?私、絡まれて、しかも、濡れ衣着せられて・・・わけわかんないんですけど!

「もー、あっちで遊ぼ?舞」
「だねだね、早く行こう!」

あーあー、腕なんか組んじゃって、ラブラブですこと。
さすがに納得がいかず、ちょっと乱暴に足を鳴らして二人の後ろを歩いていると、ふいに千聖が振り返ってきた。

「ん?」


“わかってるから。なっきぃだいすき!”

口パクで、簡潔にそう告げて、またすぐに舞ちゃんの肩に頭を乗せて歩き出す。

「おー、怖い怖い・・・」

長い付き合いですから。千聖が女ったらし気質なのも、それでいてアフターフォローがお上手なのも、じゅうじゅうわかっているんだけど。
そういうとこが、いわゆる“都合のいいオンナ”タイプの私と合うんだろうな。なーんて、私は密かに笑いを噛み殺した。
ダイスキとか言われちゃった嬉しさと、少しばっかりの舞ちゃんへの優越感。
銀河系一めんどくさいちさまいのドロドロ愛憎劇に自ら足を踏み入れるなんて、我ながら悪趣味ですこと。

「キュフフ」
目のまえでイチャラブを見せ付けられながらも笑いは止まらず、軽い足取りで、私は2人の背中を見つめながら楽屋を目指した。


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