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「ちっさー、怖かったねー!って・・・あれ?ちっさー?」

私の腕に手を絡めて、子犬のように丸くなっていたちっさーは、目をパチパチさせながら、もう何も映っていないスクリーンをまだ凝視していた。

昼過ぎの映画館。私とちっさーは、遠方での仕事の前に、前から約束していた話題のホラー映画を鑑賞していた。
日本の、しかも家の中が舞台になっている作品だけあって、評判どおりそれはとても怖かったのだけれど・・・ちっさーは、どうやら私以上にそのストーリーに衝撃を受けてしまったみたいだった。黒目がちの目が驚いたワンちゃんみたいに見開かれたまま固まっている。

「ちっさー?」
「ひっ!」

軽く腕に触れると、体全体がビクッと跳ね上がる。

「ま・・・舞美、さん」
「あ、あれ?お嬢様だ・・・」

観劇前に一緒に居たのは、明るいほうのちっさーだったはず。
多分、あまりの怖さに、途中で人格が入れ替わってしまったんだろう。両手で抱えていたポップコーンもほとんどが残っているから、お嬢様の人格になってしまってからは、ほとんど食べる事さえできなかったのかもしれない。

「・・・」

ちっさーは目にうっすら涙を浮かべて、すがるような目を私に向けてくる。
明るいときのちっさーはもちろん、今のお嬢様なちっさーも、普段なら長女だけあって私よりずっとしっかりしてる(でも天然だけどね!)のに、今は小さな子みたいに怯えてしまっている。
年上だし、どうにかしてあげたいと思いつつ、私生活では末っ子な私には、どうしたらいいのかよくわからなくて・・・

「ちっさー、大丈夫だよ!」
「あっ」

いてもたってもいられず、私はちっさーをぎゅっと抱き寄せた。
私とちっさーの巨乳(とかいってw)に挟まれて、ポップコーンのカップがくしゃっと潰れる。・・・ちょっと、力加減というか、手順を間違えたかも。

「あの・・・?」

腕の中に感じるちっさーの鼓動は早まっていて、とても動揺しているというのが肌を通じて伝わってくる。
私はいっそうちっさーの体を強く引き寄せて背中をなでた。


「ちっさー、大丈夫大丈夫!ほら、ちっさーこうやってギュッて抱きしめられるの好きだったよね?安心するって、ほら、よく、ベッドで触る時も」
「ま、舞美さん!」

励まそうと矢継ぎ早に声をかけると、なぜかちっさーは慌てたようにぴょんと後ろに飛びのいた。
気がついたら、周りの人たちも私たちのことをじーっと見ている。

「あの、あの・・・えと、そういう、お話は・・・」
「え?あれ?ああ、ごめんね、声おっきかったかな?」
「いえ、あの・・・そうではなくて・・・あの、は、早く出ましょう!」

耳まで真っ赤にしたちっさーに背中を押されてロビーまで出る。
私、また何か変な事言っちゃったかな?ついこの前も、なっきぃにキャンキャンとお説教されてしまったばっかりだ。やじーは、何でも全力すぎるんだよ!って。


「あの・・・舞美さん?」
「うーむ」

元気な人格とお嬢様を行き来して、精神的にも疲れているだろうちっさーの力になりたい。
いつもそう思っているんだけど、やっぱりどうもうまくいかない。
さっきも言った、不安がるちっさーを抱きしめて落ち着かせてあげる行為も、なっきぃが言うにはあんまりいい事じゃないらしいし。なかなか、難しい。


「あの、体調がお悪くなってしまったのかしら?舞美さん、表情が」
「え、あはは、ごめんね、大丈夫!そろそろいこっか!そうそう、さっきの映画なんだけど・・・」

少しへこんだ気持ちを隠すように、歩いて駅に向かう途中も、ひたすらちっさーに映画の話を振り続ける。

「あの夜中にお姉さんが暴れるシーンが・・・」
「あのシーンで、すでに足が・・・」
「そういえば、ちっさーのおうちにもあったよね?ああいう感じの、絵画の・・・」

――それが、まずかったんだろう。新幹線に乗り込む頃には、ちっさーはスタッフさんの呼びかけにすら怯えて、私の後ろへ隠れるぐらいのダメージを負ってしまった。

「でね、ラストの真っ黒な人・・・あ、あはは、ごめんごめん」
「うう・・・舞美さぁん・・・」


トンネルで窓に映る自分の姿にすら、ヒッと息を呑んで怖がる姿は、なんだか可愛らしい。
今私が背中をスーッ撫でたりなんてしたら、きっとちっさーはふがふがふがってなっちゃうんだろうな。なんて、自分がここまで怯えさせてしまったっていうのに、良くない考えが浮かんだ。
どうも、私はちっさーには少しいじめっ子になってしまうことがあるみたいだ。

「あの・・・ひとつ、お願いしたいことが」
「ん?」

そんなことを考えながら、ぼんやりしていると、ちっさーが私の手をそっと握った。

「もし、お嫌でなければ、えと・・・その、今日」
「うん?今日?」

今日はこの後、2人でイベントをやって、家には戻らずホテルに滞在するという予定だった。
何か、忘れ物でもしてしまったのだろうか。明るい方のちっさーは私より天然(キリッ)だし、トランクを家に忘れちゃうなんていうびっくりなエピソードもあるぐらいだ。

「何か、貸そうか?」
「えっ」
「結構私荷物多いし、いろいろ予備もあるからさ!ほら、下着とかでも、上なら貸してあげられるよ」
「それはサイズが・・・いえ、多分難し・・・いえ、あの、そうではなくて、今回はとくに、忘れ物はないんです。ただ・・・」

なぜか口ごもるちっさーを見つめていたら、車内アナウンスが、私たちの降車駅の名前を告げた。

「あの、やっぱり大丈夫です、今のは忘れてください。ごめんなさい、私ったら」
「え?い、いいの?」
「はい、だって、そんな・・・あの、ごめんなさい!本当に、いいんです」
「あ・・・そ、そっか、うん」

明らかに、何か言いたい事があるみたいなのに。ちっさーは小走りに、スタッフさんたちのいるほうへと走っていってしまった。

きっとこういう時、舞だったら少し強引にでも、ちっさーの気持ちを聞きだしてあげることができただろう。
思いを胸に秘めてしまうお嬢様のちっさーには、そういう働きかけが必要だってこともわかる。でも、私は差し伸べた手を拒まれてしまうことを恐れて、そのもう1歩を踏み出せなくなってしまう。リーダーなのに、情けないなあ、私・・・。



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