***開演5分後、舞台袖***
「いやー、もー疲れたぁ!」
額に汗をかいた大きな熊さんが、抱き枕かなにかのように、私の体をギュッと抱きしめた。
「きゃんっ」
一瞬、体に緊張が走ったけれど、すぐにそれは治まった。
あまり、触れられる事は好きではないのだけれど・・・栞菜や舞が手をつないだり、抱擁を交わすことを好むから、大分慣らされてきているみたいだ。
それに、大きな熊さんは赤ちゃんをあやすみたいに、頭をぐりぐりとなでてくれて、それは不思議ととても心地よい感触だった。
身長の大きい方だから、小さな頃、お父様のお膝に乗せてもらった時を思い出すのかもしれない。
「うふふ」
女性なのに、それは失礼かしら?と思って笑うと、なぜか大きな熊さんも一緒に笑ってくれた。
「あはは、なんか、お嬢様が笑ってると楽しくなりますねー」
「まあ、大きな熊さんったら」
モデルさんかと思うほどスタイルがよく、お顔も端正でいらっしゃるのに、大きな熊さんはいつもほのぼのとしていて、私こそいつも元気をもらっている。
「うち、緊張しちゃいましたよーお嬢様!」
「まあ、大変。チョコレート、召し上がる?頑張っていらしたものね、大きな熊さん」
今、愛理とももちゃんと雅さんが立っているステージ。
そこには、さっきまで大きな熊さんと、すぎゃさんがいた。
いろいろあって(というか、私のせいで・・・)Buono!の開演時間が遅れてしまったのを、お2人のパフォーマンスで埋め合わせてくださっていたのだった。
「でもでも、疲れたけど楽しかったよ!むぐむぐ・・・あっこのチョコおいしい!さすがセレブ!」
「あら、それはね、お父様の会社の試作品で、トマトちょこ」
「おげー」
「・・・はいはいはい、いつまでジャレてるわけ?ステージ始まってるんだから、ステージ係は有事に備えて待機でしゅよ」
すると、いきなり目のまえに舞が立ちはだかった。
そのまま、私の頭に置かれたままの大きな熊さんの手を、両手で一生懸命引き剥がそうとする。
「ん、力比べ?負けないよー、舞ちゃん」
大きな熊さんも負けじと、頭に添えた手に力を込める。・・・少し、痛いかも。バスケットボールやバレーボールに心があったら、こういう気持ちなのかもしれないわね。と、変な妄想が頭をよぎった。
「は、力比べじゃないし!あんまりちしゃとにベタベタしないでよねってこと!」
「まあ、舞ったら」
思わずクスクス笑うと、不機嫌な顔の舞に軽く睨まれる。
「別に笑うとこじゃないんだけど」
「ごめんなさい、だって、舞が可愛らしいことを言うから」
「はぁ?」
舞の眉間の皺が深くなる、私は慌てて、ごめんなさいと大きな熊さんの手の下から飛びのいた。
「子ども扱いしないでって言ってるじゃん」
「ごめんなさい、そういうつもりではなかったのよ」
どうしてか、舞は私が「可愛い」と言うと不機嫌になる。
目が大きくて、口が小さくて、ほっぺたがふっくらしていて。お顔もとても可愛らしいし、勝気だったりあまえんぼうだったりする性格も可愛らしいのに、私に“だけ”は言われたくないという。
「・・・だって、舞も大きな熊さんに甘えたかったのでしょう?それは、とても可愛らしい感情じゃない?」
「は?舞が?熊井さんに?ちょ、何で?」
赤くなったり、青くなったり。舞は信号機みたいにくるくる表情が変わって、やっぱり可愛いと思う。
「なーんだ、そーゆーことか!おいでっ舞ちゃん」
「もー、違うって!なでなですんな!ちょっと、ちしゃと!」
2人のほのぼのしたやりとりを背後に、私は袖からそっと顔を出した。
“遅くなってごめんなさーい!もぉの可愛さに免じてゆるしてくださぁい♪”
“いやいやいや。それはありえないけど、今日は御詫びに、追加で何曲かやらせていただきますのでー!”
“もちろん、今年も生バンドですよ!ぜひ、楽しんでいってくださーい!”
軽妙なMCに、お客さんたちの声援が重なる。
緑と、赤と、青。
3人のイメージカラーのライトが照らし出すステージ上で、私の大好きな人たちが、キラキラと輝いている。
思わずため息がこぼれた。私は、こんな素敵な舞台のお手伝いをさせてもらえるなんて、なんて幸せ者なのだろう。
“情熱のKISS~♪”
3人の声が美しく重なり、交わって広がっていく。とても心地よく。綺麗なハーモニー。
めぐはちゃんと、客席でこのパフォーマンスを見ているだろうか。茉麻さんは?佐紀さんは?千奈美さんは楽しい記事を書いてくださるだろうか。
なるべく多くの人に、この素晴らしいステージを見て欲しい。
そう思って、夢中になって舞台に見入っていると、突然視界がワインレッドに遮られた。
「まあ!」
「まあ、じゃないでしょ!顔出しすぎ!」
「千聖はBuono!のパフォーマンスを見ているのよ!」
舞が被せたカーテンを払いのけるけれど、また顔を隠されてしまう。
「もう、舞!」
「2人とも、喧嘩両生類!じゃなくて、とにかくそんな感じ!」
「うわっ」
ムキになって言い合いをしていたら、うなじの辺りをキュッと掴まれて、袖へと引っ張り込まれてしまった。
「はーなーせー!舞は猫じゃないんだからねっ!ふぎゃー!」
舞の抗議にもはいはいと涼しい顔の大きな熊さん。さすが、心がお強い、というか、何と言うか・・・。
お姉さんらしい一面をお持ちのようだし、きっと、弟さんか妹さんがいらっしゃるのかもしれない。といっても、まったく姉扱いされない私のような長女もいるから、確証はないのだけれど・・・。
「うふふ」
「なんだよっまた舞のこと子供だと思ってるんでしょ!それ違うからねちしゃとのほうがよppくぁwせdrftt」
「はいはい、騒がないの!おしりぺんぺんしますよ!」
「やめろー!セクハラ反対ー!」
意外とあまえんぼうな舞と、マイペースで流されない、大きな熊さん。
こうして見てみると、案外いいコンビなのかもしれない、なんて舞が怒ってしまうようなことを思った。
「あ・・・そろそろ、ドリンクの準備をしないと。私、行ってきます」
「お嬢様、お気をつけて!
2人に背を向け、私は空のボトルを持って廊下に出た。
「えーと、雅さんは、クエン酸を2杯・・・愛理は蜂蜜を多めで・・・あら?」
体調に合わせてお一人ずつ調合しているドリンク。
そのレシピを確認しながら歩いていると、隅っこのほうにうずくまる人影が見えた。
「あの・・・?御気分でも・・・?」
私の声に、肩を揺らして顔を上げるハッピ姿の女の子。
「ひっく・・・おがいさぁん・・・うぅう・・・」
最終更新:2013年11月24日 06:52