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「ひっく」

お鼻を真っ赤にして、色白のほっぺたを濡らしたすぎゃさんが、私の手を取ってぐすんと吐息を漏らした。

「あの・・・」

本来ならば、すぎゃさんは今、客席でBuono!・・・というか、雅さんの応援をなさっていたはず。
よほどお辛いことがあったのだろう。ファン仲間の方と、喧嘩でもしてしまったのだろうか。
すぎゃさんがどれほど今日のステージを楽しみにしていたのか、私はよく知っていたから、それだけに心配でたまらない。

「何か、私に出来ることがあれば。お席で、トラブルでもあったのかしら?」
「ぐすっ・・・ん、ごめん。違うの。でも、でも」

すぎゃさんの前にしゃがみこむと、腕をガシッと強く掴まれた。

「きゃっ」
「岡井さんも、夏・・・Buono!のファンでしょ?だったらわかってもらえると思うんだけど」
「え、ええ」

泣いていらっしゃるとはいえ、不思議とすぎゃさんは落ち込んでいるご様子ではなく・・・むしろ、目に強い光を宿していらっしゃるような印象を受けた。

「なんか、夏焼先輩が遠いの、岡井さん」
「遠い・・・?」

去年よりも広い会場だから?・・・でも、そのぐらいの事なら、すぎゃさんが観客席を発つとは思えない。何と言っても最前列なのだから、あまりそれは関係がないはず。

「それは・・・えっと」
「3人の歌もダンスも、バンドの演奏も、夏焼先輩の美しさも、夏焼先輩のMCも、夏(以下50項目略)・・・とにかく、すべてが去年よりレベルアップしてた。すごいステージだと思う。でもね」

「・・・やっぱ、梨沙子もそう思った?」
「あっ!」

後ろからお声を掛けてきたのは、茉麻さんだった。
大きな瞳を瞬かせて、私とすぎゃさんを交互に見る。

「勝手にステージ裏に来てごめんね、お嬢様」
「いえ、控え室の中以外は、どなたがいらしても特に問題ありません。でも、どうしてこちらに?」
「いや・・・なんか、いる気がして。梨沙子が」

その茉麻さんの言葉で、強張っていたすぎゃさんの顔が少し緩んだようだった。

「ママぁ」
「おお、よしよし」

学年も、身長差もさほど差のないお2人だというのに、慈しむように梨沙子さんの髪を撫でる茉麻さんは、まるでお母様みたいで、少しだけうらやましいわ、なんて思ってしまった。
大きな熊さんに父性を感じたり、私は少々両親の愛情に飢えている時期なのかもしれない。

「あの・・・、お2人にお伺いしたいのですけれど。その、Buono!のステージ(というか、雅さん)に、何か違和感をお感じになった、とおっしゃっていた件で」

私がそう問いかけると、ああ、と軽くうなずいて、茉麻さんが姿勢を整えた。

「単刀直入に言うとね、雅が全然お客さんを見ていないように感じたの。・・・ううん、見てるんだけど見てないっていうか。何かがおざなりになっているというか。上手く言えないんだけど」
「うん、そう!梨沙子もそれ!それが言いたかったの!・・・グスッ」
「まあ・・・」


そう、だっただろうか。
舞台袖から盗み見た雅さんは、いつもの少しクールな感じとは違って、満面の笑みでお客様に手を振っていらしたり、お客様からのジェスチャーを真似て応えたりなさっていた。


特に、上の空なようには見えなかったのだけれど・・・。

「今年はさ、2年目だけあってクオリティほんと高くなってる。それは間違いないんだけど、あまりにもみやび気合い入りすぎなんだよね。」
「うん、うん!ママの言うとおり!
夏焼先輩のどこが素敵かって、あんまり気軽にファンにレス返したりしない高潔さ!それでいて、たまに気まぐれに手を振ってくれるそのギャップ!
なのになのに、今年は何か、笑顔多すぎ・・・。レス返しすぎ・・・。アピールしすぎ・・・。
でね、そーやってサービスした後、必ず誰かに向かって笑いかけてるの。
私基本、夏焼先輩の顔しか見てないからこれは確実。視線の行方まで完全に把握してるし。
別にね、特別扱いしてほしいわけじゃないんだけど、夏焼先輩が誰かのことだけを思って歌を歌っていたら悲しいじゃん。切ないじゃん。
こ(以下、夏焼先輩への海よりも深く空よりも広い愛情白書)・・・だから、いくらステージが良くたって、一方通行の恋じゃただただ胸が締めつけられるだけなの。
誰かのためにいつもより嬉しそうな夏焼先輩なんて、ファンにとっては悲しいの。わかる?岡井さん」

「きんもーっ☆・・・じゃなくて、まあ、大体そんな感じ。最前列見たら梨沙子いないからさー、あー、こりゃいじけたなって思って。・・・お嬢様?」

お2人の話を聞いて、私は自分の体から血の気が引いていくのを感じた。
それは・・・間違いなく、雅さんをその状態にしてしまったのは、私。
そして、雅さんが見ていた“誰か”というのは、・・・めぐのことだろう。

大切なコンサートの前に、大きなわだかまりを解消してほしいと考え、気持ちのすれ違っていた2人を対面させたつもりだった。
実際、舞台上の雅さんは晴れやかな顔で、とても輝いているように感じていた。
でも、そのことが、逆にファンの方(すぎゃさん)を傷つけていたなんて・・・考えてもみないことだった。


「どうしたの、お嬢様」
「私・・・なんて、ひどいことを。ごめんなさい、すぎゃさん」
「え?え?何で?どーゆーこと?」



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