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庭園の外灯にしがみついているうちに、大きな揺れは収まった。
メイド生活35年。こんな震災に見舞われたのは初めてだった。まだ足が震えている。

見たところ、自分が掃除を行っていた周辺には、目だった被害は見受けられない。
これだけ頑丈なお屋敷だ。おそらく、大きな混乱もないと推測できる。だけど・・・

「お嬢様・・・」

今も部屋の中で震えているであろう、千聖お嬢様のことが頭をよぎった。
旦那様も奥様もいないこの状況で、さぞかし恐ろしくて、心細い思いをしていることだろう。
しっかり者の村上さん(口は悪いけど)が、そばにいて差し上げていればいいのだけれど。

「すぐに、旦那様に連絡を。私は屋敷内を・・・」

一緒に作業に当たっていた執事とメイドに指示を出し、小走りに玄関へ向かおうとした時。

「めーどちょーさん!」

独特の、舌たらずな声。
振り向くと、意志の強そうな大きな目が私をまっすぐ見据えていた。

「萩原さん。寮は、大丈夫ですか?」
「問題ないです。寮内はみんなで点検しました。
舞美ちゃんは外の様子を見に。愛理は生徒会メンバーに連絡中。なっきぃは棚から落ちた小物を元に戻してて、えりかちゃんはさめざめ泣いてるけど、まあ大丈夫。それより」

いつもどおり、無駄なく要点を纏めたその口調。それでも若干早口で、珍しく興奮した様子なのが見て取れる。

「千聖お嬢様、ですね」

そう指摘すると、萩原さんは決まり悪そうに眼を逸らした。・・・ふっふっふ。こちらだってだてに年をとっているわけじゃない。
難解そうな萩原さんの思考だって、よくよく観察していれば理解もできるというもの。

寮の生徒さんたちは、本当に千聖お嬢様に親切だと感じる。
中でも萩原さんは、常にお嬢様の様子を気に掛けてくれていて、大好きで独占したいっていう気持ちを真っ直ぐぶつけている。
比較的落ち着いた性格の彼女が、お嬢様の事となると目の色が変わるのはなんだかほほえましい。
お嬢様がもっと大人になって、ボーイフレンドが出来たとしたら、こんな感じの誠実でまっすぐな子ならいいのに、なんて老婆心が疼いた。


「お屋敷内にいると思うので、今から様子を見に行こうかと」
「舞も行く」

私がよっこらしょと立ち上がったら、おそらく無意識なのだろう、そっと手をつないでくる。
やっぱり、しっかりして見えても15歳の等身大の女の子。大人の愛情を感じたいことだってそりゃああるに決まってる。まして、こんな大きな地震の後だ。

「千聖、大丈夫かな」
「ええ。こう見えても、お屋敷のスタッフは頼りになるんですから」
「・・・うん」

*****

食堂のほうへ向かうと、メイドと執事たちがいっせいに整列している様子が見えた。
大方、執事頭が指示を出しているのだろう。今から手分けして、お屋敷の安全確認といったところか。

「あら?」

だけど、その執事頭は、なぜか列の一番後ろに立っていた。
おかしい。このような場合、マニュアルに沿って行動するよう義務付けられているはずなのに。怪我でもしたならともかく、変わった様子は見られない。


「あっ・・・」

ふいに、萩原さんが小さく息を呑んで私のスカートを軽くひっぱる。
その視線を辿ると、まず、不安定にゆれる拡声器が目に入った。

「ちさと・・・」
「えっ」

そう、梯子式の脚立の上に立って、ぐるりと食堂を見回しているのは、千聖お嬢様だった。

小さな頭には大きすぎるヘルメットのせいで、端正なお顔は半ば隠れてしまっているけれど、独特のふがふがしたお声を聞けばすぐにわかる。
目を凝らせば、脚立を全力で押さえて安定させてあげている矢島さんの姿も確認できた。


「・・・少しでも怪我をしていたり、体調の悪いスタッフは、遠慮せずに千聖に言いなさい。パパ・・・お父様が用意してくださっていた、非常時用のお薬の備蓄があるわ。
それ以外の人は、先ほど決めたグループごとに、お屋敷を巡回してきてちょうだい。めぐ・・・村上さんはお父様たちに連絡を。
焦る必要はないわ。安全最優先で、業務にお励みなさい。命令よ!」


はい、かしこまりました!と綺麗に揃った声に、私は思わず感嘆のため息をこぼしてしまった。


「メイド頭さん、泣いてる?大丈夫?」
「いえいえ、年取ると涙もろくなって。お気使いなく」

不測の事態にも、動じず対応できる頼もしい仕事仲間たちの勇姿。
そして、旦那様譲りの凛々しい瞳を煌々とさせながら、お屋敷の秩序を守ろうと奮闘するお嬢様。
部屋で泣いているのでは、なんて失礼にも程がある想像だった。子供だ、子供だと思っていた千聖様は立派な主として、この場を治めている。

ただそこに居てくださるだけで、みんなの士気を格段に上げてくれる。
千聖お嬢様は間違いなく、この家の守り神なのだと実感した。


「・・・ひっく。あたい、千聖お嬢様になら抱かれてもいいかんな」
「はぁ!?」


いつの間に私たちの後ろにいたのか、振り向くと昔の少女漫画みたいなキラキラした目の有原さんが、お嬢様にお熱な視線(死語)を送っていた。

「ひっく・・・一緒にお昼寝してたら、大きい地震が来て。私は腰抜かして動けなかったんだけど、お嬢様はすぐにドアを開けて私を逃がしてくれたの」
「こぉんの役立たずが!何のための添い寝係だよっ」
「なんとでも言うがいいかんな。
あの時の、お嬢様のイケメンすぎる男前っぷりときたら・・・私、基本的に栞菜×千聖希望なんだけど、千聖×栞菜とか全然ありだかんな」
「ちょーし乗んなっ℃変態のくせに!もー絶対添い寝係クビにしてやるから!」


・・・まぁ、捉え方の難しい愛情も一部含まれてはいるけれど。
とにかく、まだまだ子供だったお嬢様の、立派な姿を眼にすることが出来たのはとても嬉しい。
落ち着いたら、旦那様と奥様にも手紙でお伝えして差し上げたい勇姿だった。


「あ・・・」

私の姿を目にした、その小さな主が小走りに駆け寄ってくる。

「お怪我は?食堂にいないから、心配したのよ」
「ご心配なく。庭にいたものですから、到着が遅れてしまって」
「そう・・・」

細い息を吐く背中を、軽くなでる。
スキンシップはお好きじゃないお嬢様も、これぐらいは許容範囲だろう。

「でも、お嬢様が立派に指示を出していらっしゃる姿は、ちゃんと見ていましたよ」
「まあ・・・はずかしいわ」

耳まで真っ赤に染めたお嬢様は、そっと私の胸に頬を寄せた。

「お嬢様?」
「ウフフ・・・なれないことをしたから、疲れてしまって」
「そうですか」


その声が、体が、少し震えていたことは、気づかないふりで流してあげましょう。
萩原さん同様、お嬢様だって、不安を隠して頑張りとおしていたのだろうから。


「そうだ、おやつがまだでしたね、お嬢様。
甘いものを食べて、一段落しましょう」
「でも・・・メイドも執事も働いているのに」
「いいんですよ。私たちにとって、お嬢様が落ち着いて過ごされている事が、一番の幸せなんですから」

後押しするように、萩原さんもお嬢様の肩をぽんぽんと撫でてくれる。
それで、やっとお嬢様はうなずいてくれた。

「じゃあ、みんなを呼んでくるかんな!」
「てか、舞美ちゃんまたパトロール出ちゃったみたい!もう、気まわしすぎ!」


元気な声を背中に、私は調理場へと赴いた。
それぞれ、心細い思いをしているであろう、可愛いくて優しいお嬢様方を励ますために。
私の今日の最大のお仕事は、今から始まるのだ。


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