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「舞美さんは、ずるいわ」

ある日の午後、めぐぅお手製のジンジャークッキーをほおばりながら、お嬢様がつぶやいた。

「えっ」
「ずるいわ」

二度繰り返すと、うらめしそうな顔で舞美ちゃんの方をじとーっと見る。珍しい事もあるものだな、と私はアップルティに唇を付けた。
セクハラ常習犯の栞菜や、お嬢様をいじめて快楽を得る(・・・)舞ちゃんならともかく、舞美ちゃんって。
他のみんなにとっても思いがけない言葉だったのか、食堂は一瞬沈黙に包まれた。

「・・・あ、私ですか?お嬢様」
「ええ、そうよ」
「えーっ、と・・・ええっ?わ、私?私?」

あまりの動揺に、手にしたクッキーをボロボロ落とす舞美ちゃん。
もう大学生だっていうのに、あいかわらず焦ったときのリアクションはすごい。
しかし、それにしても、温厚で優しいこの人が、一体どんなずるをしたというのだろう。
卑怯や卑劣などといった言葉からはもっとも遠い、まるで善人を絵に描いたような性格なのに。

「あの・・・一体何が?お嬢様、良かったら、聞かせてください。舞美ちゃんも、私たちも、びっくりしちゃって。ねえ。舞美ちゃん?」

あまり、こういう時に口を出すのは得意じゃないんだけど。
思い切って切り出すと、額に汗をかいた舞美ちゃんから縋るような視線を向けられる。

「・・・そうね。愛理の言うとおりだわ。いきなりごめんなさい」

少し落ち着いたのか、お嬢様は丁寧にカップを置いて、まっすぐに舞美ちゃんに向き直った。

「千聖ね、昨日の夜、ずっと舞美さんのことを考えていたの」
「ええっ俺の腕に抱かれながら他の男(矢島)のことを!?それなんてエー○海のテーマ!」
「栞ちゃんは黙るケロ!」
「・・・それでね、思ったのよ。どうしてこんなに完璧な人が、いらっしゃるのかしらって」

さっきの妬むような視線じゃなくて、今度は恋する乙女のような目つきに変貌するお嬢様。

「舞美さんは高等部時代、2期に渡って生徒会長を勤められて、人望がおありなのはもちろん、成績優秀、運動神経も抜群。現在は大学で、以前から関心を持たれていた体育学を熱心に学んでいらっしゃる」
「えっ、何か褒められちゃった・・・あははは」

さっきの“ズルい”から一変した賞賛の嵐に、とまどって隣のなっきぃの背中をバシバシ叩く舞美ちゃん。・・・痛いケロ!の狭間に嬉しそうな顔するのはやめてくだされ、なっきぃ!

まあそれはさておき、お嬢様の言うとおり、確かに舞美ちゃんは素晴らしい人だと私も思う。
キリッと和風な美人顔。頼りになるのに天然というギャップ。
そして、そばにいてくれるだけで落ち着くあの不思議な感覚は、とても真似して習得できるようなものではない。
おまけに進学先は系列大学とはいえ、狭き門の学部だし、相当の学力がなければ入れないわけで。
元から張り合う気のない私には、ずるいという感情は芽生えないけれど、お嬢様の言わんとすることはなんとなくわかる。


「・・・舞美さんがズルいのは、内面だけのお話ではないわ」

愚痴兼賞賛は続く。

「整ったお顔立ちに、長い手足に、綺麗な黒髪。どうして、舞美さんのような方がいらっしゃるのかしら。千聖は不思議でたまらないのよ」

どうやらお嬢様は、自分でも怒ってるんだか妬んでるんだか褒めてるんだかよくわからなくなってきたらしい。
難しい顔で時折首を傾げながら、舞美さんをチラチラ見る仕草がとても可愛らしい。

「・・・私だって、舞美さんのような素敵な女性になりたいのに」
「ふふん、ちしゃとには無理なんじゃなーい?」
「まあ・・・またそうやって、意地悪を言うのね。ふんっ、舞には千聖の気持ちがわからないんだわ」

“ふふん、ちしゃとには無理なんじゃなーい?(でもね、舞はそんなちしゃとが好きでしゅ。舞たちは一人一人違う種を持つ世界に一つだけの花でしゅ。№1にならなくてもいいんでしゅ。もともと特別な(ry)”

・・・わかる、わかるよ舞ちゃん。本当はこういう含みを持たせたかったんだよね。でも、気の短いお嬢様にはストレートなほうがいいと思うなあ。
行間を読むタイプじゃないからね。ケッケッケ


「・・・思えば、私の舞美さんに関する敗北の歴史は、長きにわたるものだったわ」

舞ちゃんを撃沈させたまま、お嬢様は再び口を開いた。

「校内マラソン大会、体育祭、球技大会・・・。私と舞美さんが1対1で勝負する機会は、たくさんあったわ。
でも、私が勝つことが出来た例なんて、一度たりともなかった。
いつも、私の目の前には、舞美さんのたくましい背中が聳え立っているのよ。
お屋敷内での、ぷろれす大会もそう。舞美さんのじゃいあんとすいんぐのせいで、何度壁にひびが入ったことか」
「ま・・・舞美、あんたお嬢様になんてことを」
「学業に関してだって・・・私はとても、系列大学の推薦入試を受けられるような学力は持ち合わせていないもの。
容姿はもう、自分で申し上げるのも恥ずかしいわ。背は低いし、肌の色は濃いし、声はふにゃふにゃしているし。一体、私のどこに、舞美さんにまさるような部分があるというの」


――いや、あるじゃないですか。確実に勝っている部分が。岡井千聖大勝利のお知らせなパーツが。


「なぁに?」

寮生全員の視線が、お嬢様の“とあるたゆんたゆんな部分”に集中している。

「うん・・・えーと」
「ねえ・・・?」

全員の心が通じ合っているというのに、誰も何も言わない逆方向の一体感。・・・いや、栞菜だけは放送禁止レベルのものすごい顔を晒して、握力7のえりかちゃんに全力で押さえつけられているけれど。


「いやー、全然、そんなことないですよお嬢様!」

口火を切ったのは、舞美ちゃんだった。

「だってお嬢様は小柄で可愛らしいですし!」
「でも・・・」
「カツゼツだって私よりいいですゅし!」
「いや、それは結構いい勝負だと思いましゅ」
「口がアヒルさんみたいになるところもキュートですし。あとはあのおpp・・・うん、そう、そんな感じ!」

――あ、一番肝心なことについては触れないんだ。
舞美ちゃんたら、優しいくせにそっちのことになると急にプライドが高くなるんだから。


「ほら、やっぱり、千聖なんて・・・」
「キュフフ、お嬢様。そんなことより、お勉強が不得意だって言いますけど、ちゃんと少しずつ成績も良くなっているって気づいてないですか?」

口を尖らせていじけかけるお嬢様に、救いの手が差し伸べられる。

「本当に?」
「うん、私もそう思います。ほら、中庭で一緒に勉強していても、お嬢様からいただく質問がどんどん高度になっていて、私もちゃんと頑張らないとって励みになってるんですよ~ケッケッケ」

なっきぃの言葉に便乗してそう言ってみると、「・・・愛理たちがそういってくれるなら」なんて嬉しそうに微笑んでくれた。


「ちょっとー!舞の言葉は!?」
「舞は意地悪なことばっかり言うじゃないの!」
「あのー、お嬢様。私からも提案があるんですけど・・・」


すると、今度はえりかちゃん。
俯瞰でものを見ようと、いつも場の空気を読んで意見を出してくれるから、自然とみんなもお話をきくモードに変わっていく。


「ウチ思ったんですけど、お嬢様も舞美と同じ体育学部を目指してみるのはいかかでしょう?」
「わ、私が?」

でも・・・と言いかけたお嬢様だけど、舞美ちゃんのテンションあがってる大型犬のような表情にうっと言葉を詰まらせてしまったみたいだ。

「そ・・・そんなに嬉しそうになさらなくても。今は舞美さんは私の敵役でフガフガフガ」
「いいね、えり!さすが!嬉しいなあ、よろしくね、千聖お嬢様!」
「落ち着け舞美。まだ受験もしてないよ!・・・ね、お嬢様。舞美とお嬢様の陸上勝負は、これからもいつだって出来ると思うんです。
ほら、舞美って、あいてる時は高等部の陸部に顔出してるから。部員ちゃんたちに審判頼んだりしてね。
でも、それだけじゃなくて、大学でも舞美と同じ学部に入れたら、まあ1年ぐらいしか被らないけど、たくさん吸収することがあるんじゃないかな。
もちろん、お嬢様に他に志しているものがあるなら別ですけど・・・ペット関係とか」

さすが、気づかいの人梅田えりか。みんなのお姉ちゃんだけある。
話に聞き入るお嬢様の目の真剣さも全然違う。
学園の系列の専門学校で、美容とモデル業の勉強をしているえりかちゃんは、好きなことを学んでいる充実感が体中からあふれ出ている。
日に日に美しさに磨きがかかっているというか・・・そういう人の話だから、説得力があるというもの。

「たしかに・・・今のところは、一番関心を持っているのは体育学かしら。お料理を学びたい気持ちはあるけれど、それはメイドやコックが教えてくれるだろうから。
動物のことは大好きだけれど、おそらく千聖には合っていない分野について学ばなければならなくなりそうですし」
「だったら、ぜひ!」
「ただ・・・やっぱり、勉強の事が気がかりなの」
「あ、それは大丈夫です。お嬢様が本気なら、みんないくらでも協力してくれるはずです」

まあ、そういうウチは勉強のことは何一つ教えられないけれど。というオチで、みんなの笑いが弾ける。
寮生の絆や思いやりに触れることができるこういう瞬間が、私はたまらなく好きだ。
あったかくて、やっぱり第2の家族だなって思える。

「お嬢様!私も、そんなに勉強が得意ってほどじゃないんですよ。
生徒会や部活との両立に悩んだ事もありましたし。
みんなが自分よりも進んでいて、置いてかれてしまってるって感じるのは辛いですよね。
そんなある日であったのが、この効率のいいテキスト!その名も・・・」
「舞美ちゃん、これは進○ゼミの紹介マンガじゃないから、そこはひっぱらなくていいケロ」
「・・・ま、舞だって、ちしゃとが受験勉強するっていうなら、めんどいけど協力してあげないこともないでしゅ」

この期に及んで、なかなか素直になれない舞ちゃん。もう、可愛いんだから。

「違うでしょぉー、舞ちゃん。ケッケッケ」

私からのパスの意図に気がついたのか、舞ちゃんはしばし思案顔になる。
いいぞ、私。普段は結構とんちんかんなエールでみんなを脱力させちゃうけど、今日は概ねうまくいっているみたい。

「・・・現実的に考えて、今から学内推薦枠を狙うのは難しいかもしんないけどさ。受験方法なんてほかにいくらでもあるんだからね。
今から少しずつでも準備していけば、入試なんてどってことないよ。
まあ、その継続力ってやつがちしゃとには決定的に足りてないんだけどね?ふふん」
「もう、舞ったら。私はそんなに子供ではないっていつも言ってるじゃない」
「よっしゃーそうと決まったら今日の夜から栞菜がベッドの中でいろいろ教え込んであげるかんな!担当科目は保健体育!担当は保健体育!実技も筆記もバッチこいや!担当教科は」
「ちょっと、℃変態は黙っててよっ」

恒例の聞くに堪えない争奪戦もなんのその、お嬢様は涼しい顔。

「愛理、今度進路指導室に資料を見に行きましょう。なっきぃ、受験勉強の合間で構わないから、千聖の勉強も見てくださる?」
「ちょっとぉ、ちしゃとぉ~。わかったってば!舞がちしゃとと勉強したいんだってば!ねー、聞いてる?」
「あら、そうなの?舞ったら、あまえんぼうなのね。ウフフフ」

――おお、出た。お嬢様の小悪魔スルースキル。
天然で舞ちゃんを撃沈させられるのなんて、この世の中で千聖お嬢様ぐらいだろう。
ちょっと冷たくすれば、舞ちゃんが優しくなってくれるってちゃんと理解してやってるんだから。末恐ろしいお方だ。
お嬢様は私に対しては口癖の「命令よ」を言わないし(でもちょっと言われてみたいかも)、きっと自分の思うとおりに物事を運ぶ最短方法が、本能でわかるんだと思う。さすが魔女ッ子!

「よーし、そうと決まれば、さっそく今から中庭で短距離10本勝負ですよ、お嬢様!」
「お受けするわ、今日こそは千聖が勝ってみせるんだから」
「ちょっとー!まだおやつの時間ギュフーッ」
「舞美、クッキーはガーッしちゃだめだよ!」
「ケッケッケ」

いつもどおりの、平和でバイオレンスな寮生活は今日も滞りなくすぎていく。
私も自分自身が、高校卒業した後、どんな道に進むのか見当もつかないけれど。
願わくば、この平和なまったり生活をなるべく長いこと享受したいな、なんて思いながら、手元のアップルティをぐいっと飲み干した。



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