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「すぎゃさん、一体どうなさったの」

眉をひそめて、黒目を潤ませた岡井さんが顔を近づけてくる。
私と一緒に泣いちゃうんじゃないかって思うぐらい、悲痛な表情を浮かべている。・・・岡井さんって、変な子だけど優しいからなあ、うん。

「おがいさぁん・・・うぅ・・・」

末っ子キャラって言われるけど、あんまし同い年の子にまで甘えるのは主義じゃないんだけど。
でもスタッフTシャツを着込んだ岡井さんはやけに凛々しく見えて、私はついつい至近距離で泣き顔をさらしてしまった。岡井さんのちっちゃい手に私の涙がぽつぽつと落ちていく。

「ひっく」

うまくまとめられないんだけど、私はどうして泣いているのか、必死で岡井さんに話した。
夏焼先輩が遠く感じるって力説しながら、岡井さんと一緒にBuono!のライブチケットを取りに行ったこととか、教室でセットリストの話で盛り上がったりしたことを思い出してしまって、余計に胸が苦しくなる。
多分、傍から見れば今の私は恐ろしく滑稽だろう。
でも、岡井さんは困惑した表情を浮かべながらも、一生懸命私の話の行き着く先を考えてくれているみたいだった。

「でね、夏焼先輩は去年よりかっこよかったし美しくて神々しくて」
「え、ええ」
「せくしーできゅーとでちゃーみんぐで」

その優しさについつい甘えて、私は悲しいっていうのに、気がついたらまたいつもの夏焼先輩弾丸トークをぶつけてしまっていた。
いいよね、これぐらい!岡井さんだって、3人中じゃ夏焼先輩推しだって言ってたし!
それに、目力ともまた違う岡井さんの独特の“魔女の瞳”は、私の言葉の中にある気持ちを、すべて読み取ろうとしているかのようで頼もしかった。

「夏焼先輩が遠いよ、岡井さん」
「・・・やっぱ、梨沙子もそう思う?」
「あっ!」

振り向けば、そこにいたのは私のママことまーさ。

ここまで味方が集まってくれた状態だから、何とか私の精神状態も落ち着いてきた。
ママも夏焼先輩のテンションには疑問を抱いていたらしく、私がぶつける言葉にもうんうんと賛同してくれる。
だけど、さっきまでは冷静だった岡井さんが、今度はなぜか青ざめだして・・・

「ごめんなさい、すぎゃさん」なんて涙目で言うもんだから、私の夏焼先輩センサーがフル作動。


1.(すぎゃさんの恋人の夏焼先輩を寝取って)ごめんなさい、すぎゃさん
2.(舞という恋人がいながら夏以下略)ごめんなさい、すぎゃさん


さあ、どっちだ!どっちもか!岡井め!よくも夏焼先輩を!

「きえええ!」


奇声をあげて飛びかかるも、あえなくママと駆けつけた舞ちゃんに取り押さえられてしまう。
夏焼先輩のこととなると、見境がなくなる私(はい、自覚はあります)を、みんな心配しながらもちょっと面白がっているのが伝わってくる。
・・・うん、もう自分でもわかってる。もう既に、みんなのおかげでとっくに元気を取り戻しているし、正直ごちゃごちゃ言ってないで、客席に戻って応援したい気持ちもある。
だけど、あるでしょ。変に意地張って、引き際がわからなくなっちゃうことって。
つられて笑いたいけど、変なプライドが邪魔をして、素直になれない。

「ちしゃとは俺の嫁!!」なんて本人の前で堂々と言えちゃう、舞ちゃんがうらやまキモい。


「梨~沙~子~!!!」

ごねている間に、今度はももまで登場。みんなして、私を心配してくれてるっていうのがよくわかる。わかるんだけど・・・。

私も舞ちゃんみたいに、直接夏焼先輩に思いを伝える勇気があればいいのに。
夏焼先輩のことがどれだけ大好きだか、友達にだったら徹夜で力説できるぐらいだけど、本人を前にしてなんて、とても無理だ。

「梨沙子、こんなとこで油売ってていいの?」


また、ももが助け舟を出してくれる。
デモデモダッテを繰り返していたって、もうとっくに自分の中で結論は出ている。

今からでも、夏焼先輩を応援したい。

悲しくなったって、どんだけ泣いたって、私の気持ちは変わらないんだから。
一方通行?それは仕方ないの。ファンの宿命っていうやつだ。問題は、ここまで惚れた夏焼先輩にどこまで忠誠を誓えるのかという事であり、その思いに背くということは自分自身の気持ちに背を向けるだけではなく夏(以下自問自答)


「さあ、座席に戻りましょう!」

幸いなことに、岡井さんもいつもの“キリッ”顔で私を応援してくれている。

「「みーやび、オイッ!みーやび、オイッ!」」

その勢いにまかせて、二人肩を組んで座席へ戻ろうとした刹那だった。


「呼んだ?」
「ひぎぃ!」


ついに、天女降臨。
岡井さんごと地面に転がる私を見て、「大丈夫?」と白魚のようなしなやかで艶かしい腕を差し出してくださる、夏焼先輩。


「あばばばばば」

一瞬で私の思考は完全にストップし、小汚い廊下は薔薇のカーペットに変化し、世界は私と夏焼先輩だけのものとなった。

「・・・今日のライブ、つまらなかった?」

いいえ、めっそうもない!!!
不安そうに眉をひそめる夏焼先輩。張り裂けそうなほど目を見開いたまま、私はあわてて首を横にブンブン振った。

「あの、あのあの」

とても、まともに口を利ける状態なんかじゃない。
岡井さんのお誘いで、ランチをご一緒した時だって、夏焼先輩の肌の隆起や産毛や毛穴レスなお顔をガン見するのが精一杯だった。

「ごめんね、梨沙子ちゃん。たしかに今日の私は、あんまよくない状態かもしれない」

真っ白な頭の中に、夏焼先輩の切なそうな声がしみこんでくる。
私は、何を血迷っていたんだろう。大事な人がいる?いつもよりお客さんに愛想がいい?それがどうしたっていうんだ。
私の神様に、こんな顔させて、私ってば信者・・・いえ、ファン失格!梨沙子のバカバカ!

「梨沙子、ほーんとみやのこと大好きだからね。ファンとして、みやの様子が違いすぎると不安になっちゃうんだよ」
「そんなに私のこと、見ててくれたんだ・・・」

ももが私の頭ぽんぽんなでながらそう言ってくれて、夏焼先輩の顔がほんのりほころぶ。

「あのっ」

声が裏返ったけど、誰も笑わないでくれた。私は飛び出しそうな心臓を抑えながら、夏焼先輩をまっすぐ見つめた。

「な、夏焼先輩は、私の、大事な人、なんですっ!!」
「大事な人・・・」



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