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「でででも私なんかが」
「来て」

どうしようかと迷ってる間に、夏焼先輩は私の手を取って、裏口の方へと体を転換させた。

「すぐ戻るから」
「しょーがないなぁ、みや」
「いってらっしゃい、すぎゃさん。良い冒険を!」

ひらひらと手をももと、ディズニーのキャストさんみたいなことをいう岡井さんに見送られて、何が何だかわからないまま、私は客席へといざなわれていった。



――ざわ…ざわ…

――ねえ、あれって…

――でも、なんで…


…うう、視線が痛い。

通路のはじっこを、夏焼先輩に手を引かれながら小走りで駆け抜けていく。
目立たないようにかがんでいるつもりでも、本日の主役の思わぬ登場には、否が応でも注目が集まってしまうわけで…

みんなマナーのいいお客さんばっかりだから、だれも触ったり、変なことしよーとする人はいないけれど、目をらんらんとさせて、夏焼先輩を凝視している輩は多数。

…なるほど、はたから見ると私はあんな感じなのか。後悔はしてないけど、ちょっと反省はしてます、はい。

それにしても・・・イヒヒヒ、これってなんだか、逃避行みたいだ。

アメリカのキャンディの包み紙みたいな、真っ赤なドレスのまま、周りをまったく気にせずに進んでいく夏焼先輩。
奔放で、どこまでも自由な私の女神。

その手は “選ばれた特別なファン”の手としっかり結ばれていて、何人たりとも二人を引き離すことはできない。
羨望と嫉妬の入り混じった視線を一身に受けながら、私は今、最愛の人とともに、新しいステージを目指して駆けていく――


「梨沙子ちゃん?」
「はっ!はい!!」


妄想の世界で幸せを満喫していると、天使の美声が私の声を奏でた。
心配そうに、私の顔をのぞきこむドアップつきで。
どうしよう、これって現実なの?こんなにいいことばっか続いて、一生分どころか来世来々世分の運を使い果たしたも同然だ。


「あのあの、大丈夫です!フヒヒヒ!」

もっとかわいい感じのリアクションを見てほしいのに、嬉しさとテンパりが入り混じって単なるキモいファンだ。
それなのに、夏焼先輩ときたら、こんな不気味な生き物にすら優しくしてくださる。まさに女神だ。天使だ。もはや神話に出てくる、万物の創生にたずさわった(以下絶賛の嵐)


「そこの席ね。いくよ!」
「えっえっ」

夏焼先輩は一呼吸置くと、座席のど真ん中を、勢いよく駆け抜けていった。


「みやびさん!?」
「うそっ、なんでなんで?」


さっきまではおとなしかったお客さんたちにも、さすがに動揺が走る。
こんな近く、ありえないぐらいの距離に、さっきまでステージに立っていた人がいるんだから無理もない。
でも夏焼先輩は、まったく気にしていないそぶりだ。さすが、大スターはこうでないと!


「ちょっと、みやび!?」

その時、まんなかあたりから、ひときわ大きな声が響いた。

わ、私の夏焼様を呼び捨てだと!?けしからん!マナーがなっていない!

思わずキッと睨み付ける。
そこにいたのは、大きな目が印象的な、小柄な人だった。
一目で気が強そうだなってわかる雰囲気。
両手をぶっきらぼうに、パーカーのポケットに突っこんでいる仕草にも風格が漂っている。…なんなの、この人。私の夏焼先輩に…ってか、どっかであったことあるような…


「めーぐっ」

そんな謎の人物に、夏焼先輩はとてもうれしそうに手を振った。
いつものちょっとクールな感じじゃなくて、なんていうか、乙女!って響きの声。こういうのは、初めて聞いた。
レアなお声を拝聴した喜びとその反面、よくわからないもやもやが胸を浸食していく。…だって、そんな…恋人に甘えるみたいな声って…だって…


「なにやってんの、みやび!」

“めぐ”と呼ばれたその人は、デレモードの夏焼先輩にデレ返すこともなく、口を尖らせて詰め寄る。


「会いに来ちゃった、えへへ」
「来ちゃったじゃないでしょー。まったく、アンコール待ってるお客さんがいるってのにみやびはさぁ…そーやって、楽しいことばっか目がいっちゃうんだから」
「もー、せっかく来たのに、めぐってあいかわらず頭固いよねー」


「…わかった!!」


その説教口調で、私の記憶が一気によみがえっていく。

どこかで会った、も何も。
この人、岡井さんちのメイドさんじゃないか。

お屋敷で働いてた時より断然お化粧が濃いし、私服も派手目だから、雰囲気が違いすぎてよくわからなかった。


「あの、岡井さんちの…」
「あら、梨沙子さん。ご無沙汰しております。いつもお嬢様がお世話になって…」
「あばばば」


急にかしこまって、深々と頭を下げる仕草は、完璧にメイドさん仕様。
しかも、一度しか会ってない私の名前をバッチリ覚えているなんて…さらに、夏焼先輩の知り合い(というかそれ以上)だなんて、やっぱりこの人はただものじゃなさそうだ。


「聞いて聞いて、梨沙子ちゃん。この人がね、めぐがね、私の特別な人なの」
「みやび何それ!?きもーっ!」

そう言いつつも、メイドさんはほっぺを緩めてかなり嬉しそうな顔をしている。
疎外感を感じつつも、こんな夏焼先輩のお姿を見ることができる幸せに、私もつられてニヘニヘと笑ってしまった。



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