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「みや、元気?」

めぐに梨沙子ちゃんを託し、戻ってきた舞台袖で深呼吸していた私の背中を、愛理が軽く叩いた。

「あ・・・うん」
「緊張してる?さっきまで全然だったのに、まさかのアンコールから?」

可愛らしい八重歯をのぞかせて、ケッケッケと独特の声色で笑う。


「・・・なんか、ごめんね、愛理」
「ん?」
「今日、振り回しっぱなしでさ。本番なのに」

そう口に出して、私は改めて、今日のステージのことを思った。

つい数時間前、開演ギリギリまでは、去年同様、観に来てくれた人に楽しんでもらうことだけを考えていた。
それが、思いがけもしなかった“彼女”との再会で、すべて変わってしまった。

「んー・・・別に、気にならなかったけど」
「本当?」

愛理はももと違って、気持ちを胸にしまいこんでしまうところがある。

開演時間を遅らせ、ステージ上では妙なテンションでパフォーマンスをし、あげくには愛理の親友の梨沙子ちゃんを泣かせ、こうしてアンコールの時間を大幅に遅らせる原因を作ってしまった。
桃とは違うベクトルだけど、ステージをすごく大事にしている愛理が、そのことについて、何も感じていないはずなんてないから。

せめて、アンコール前に苦情を受け止めておきたい。
相手が何も言わないからって、問題がなかったなんて簡単に考えてはいけないんだ。言いたいことは、言い合わないと。

そう考えて、話を切り出したんだけど、愛理はやっぱりあっけらかんとしていた。


「・・・ね、本当に思ってることあったら、何でも言ってくれていいんだよ、愛理。
ほら、ももだって、ガンガン私にダメ出ししてきたじゃん、今日。“ちょっとぉ~、お客さんに丁寧なキャラ取らないでよぉ~!みやはクール担当でしょ!”とかいってさ」
「あは、いいのいいの。今日みたいなことも、あっていいんじゃないかな」

愛理はそういって、私が目を向けていた方向――客席ド真ん中、8列目、に目を向けた。


「・・・みや、本当によかったね」

その声は、少し掠れているみたいに聞こえた。

「私ね、知らなかったけど、知ってたんだ」
「うん・・・」

愛理の目線が、今度は舞ちゃんと打ち合わせ中のお嬢様に切り替わる。
千聖お嬢様は、とても真剣な眼差しで、手元の資料を見ながら、なにやら指示を出しているようだった。
ずっと、ふわふわしていて臆病な印象を持っていたのに、そのイメージは、関わっていくごとに覆されていく。
まだ完全に心を開いてもらったとは思わないけれど、私にも最近やっと、お嬢様の“素”がわかってきたような気がする。

「結構前の話だけど、めぐね、お嬢様が友達と揉めちゃった時、すっごく怒って、すっごく心配してたの。
お嬢様とその人が仲直りするまで、ずーっと2人にかかりっきりだった。どんなにお嬢様が癇癪を起こしても、泣いても、絶対に折れなかった。
めぐっていつも冷静だし、ああいう姿を見たのはあれが最初で最後だった。今日、やっとその理由がわかった気がする。
まさか、こんな近くに、めぐの心を支えている人がいたなんてね」


少しいたずらっぽく微笑まれて、ほっぺたが赤くなる。


「そんなこと、あったんだ・・・」


何せ、さっきやっと仲直りをしたばかりだったから、連絡をとっていない間のめぐの様子なんて全く知らない。
もしも、愛理の言うように、めぐの中にもずっと私がいたのだとしたら、それはとても嬉しいことだ。

「きっと、めぐはお嬢様に、自分の大切な思いを預けていたんじゃないかな。
お嬢様はそれをわかっていたから、今日、こういう形で、めぐに返してあげた。
自分を助けてくれたときと、同じ方法でね」

そう言って笑う愛理は、自分なんかよりずっと大人っぽく見えた。
いつもマイペースで、独特の視点から、周りの人のことを思慮深く見つめている愛理。
今回のことも、ずっとずっと見守っていてくれたんだろう。お嬢様のことも、めぐのことも、私のことも。


「あのさ、もし、愛理が友達関係で悩むこととかあったら、ちゃんと相談してね!」
「えー、そんな縁起の悪い!みやびさんたら、もぉ~」
「いや~ん」

2人して突っつきあってふざけていると、「ほら、そこ2人、何してンの!」とうちの“自称リーダー”さんから声がかかった。

「ジャレてないで、こっち来て!」

ももに呼ばれるがまま、裏方さんたちも集まっているその場所へ慌てて移動する。

――本当、いろいろあったけど、今年のステージも楽しめてよかった。
あとは、アンコールの“あれ”を無事終わらせる事ができれば・・・

私は深呼吸して、一人一人の顔をジッと見た。

夜遅くまで残って、裏方の仕事を頑張ってくれた千聖お嬢様、熊井ちゃん、舞ちゃん。
2年も一緒に、Buono!として活動してきた愛理ともも。
私たちのために、無償でバックバンドを引き受けてくれた軽音部のみんな。


私は来年、もう一度ステージに立つチャンスはある。
だけど、このメンバーでやれる時間は、もうあとわずかしか残っていない。


「・・・みや、何泣きそうな顔してんの」

にやにや顔のももの指摘で、自分が感傷的になってることに気づく。

「なんでもない。さ、早く準備・・・」

その時、後ろから、ポンと肩を叩かれた。


「・・・あ、れ?」

そこでニコニコしながら立っていたのは、ちょっと意外な人だった。
うちの学校のとは違う、濃紺のセーラー服。


「お嬢様からアンコールでの趣向を伺って、ぜひ私も協力させていただきたく、お邪魔させていただきました」
「はぁ・・・それは、どうも」

私は前に、学校新聞の取材をさせてもらった程度の仲だから、なんとも距離感がつかめない。
でもお嬢様や熊井ちゃん、それからももは彼女と親しいらしく、とても嬉しそうに話しかけたりしている。


キョトンとしている私をよそに、彼女は、よく通る声で言った。


「あ、その前に、円陣、組みません?団結力を高めるには、これが1番!」



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