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「本日は、このような素敵なステージにあげていただいて・・・」

真野さんの溌剌とした声が、会場に響く。

「みやびさん、愛理さんのパフォーマンス、私も舞台裏で堪能させていただきました」
「ちょっとー真野ちゃん!一人忘れてますけどっ!いつの間にそんな悪い子になったの!もぉは悲しいよっ」


事前に準備をしていてくださったのだろう、トークはスッキリとまとめつつ落としどころまで用意されていて、あっという間にお客様の心を掴んでいくのがわかる。
姉妹校の生徒会長さんでしょ?すごい美人・・・。といった賞賛の声が、私の位置からも耳に飛び込んできて、とても嬉しい気持ちになった。


「観てくださった方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。昨日今日と、私は合唱部の皆さんや、吹奏楽部の皆さんと、ピアノで共演させていただきました。本当は、演者としてステージに上がらせていただくのは、ここまでの予定だったのですが」

一呼吸置いて、真野さんはまた、凛として声で話し出す。

「Buono!の皆さんの、あまりにもクオリティの高いパフォーマンス、それから、舞台裏でのチームワークを目の当たりにして、もうここは黙ってみていられないぞと。お祭り好きの血が騒いでしまいまして」
「おー、うれしいですねぇ、ケッケッケ」
「今回、ちさ・・・ステージ係の方にお願いして、アンコールでの曲を、演奏させていただくことになりました!宜しくお願いしまーす」


反対意見など、あるはずもない。
真野さんの声に、満場一致の拍手が答える。

「あのですねー、皆さん!これは何気にすっごいことなんですよ!
真野ちゃんといったら、数々のピアノコンクールで輝かしい賞を総ナメに、それだけじゃなくて容姿端麗、スポーツ万能・・・」


「もも、何熱くなってんの。ウケるんだけど」
「ウフフ、ももちゃんたら」

完璧なアイドルのももちゃんもいいけれど、お友達のためについ張り切っちゃうももちゃんはもっと大好き。
会場の空気がほぐれたところで、真野さんは表情を締めて、ピアノの前に向かった。
連動するように、愛理、ももちゃん、みやびさんも、マイクスタンドの前に移動する。


愛理ちゃーん
みやびさまぁー
ももちー

客席からの、熱心な呼びかけ。
だけど、3人はもう、何のレスポンスも返さなかった。

前奏が始まり、少しうつむいていた3人の顔があがる。
一片の笑みもない、まっすぐな眼差し。結ばれた唇が、ゆっくりと開かれていく。
さっきまでとはもう別人のようだった。曲目を把握していた私でさえ、心臓が鼓動をはやめるのを押さえられない。


“・・・言葉にしたら こわれそうで怖くて”

みやびさんの艶やかな声から、この曲は始まる。
シンプルだけれど、情感のこもったピアノの音と、それに染まるでも圧されるでもなく伸びる声が心地いい。


「・・・あー、この曲、いいよね。ウチ、好きだな」
「ええ、私も大好きよ」

大きな熊さんと顔を見合わせて、笑い合う。

本当に、素敵な楽曲だと思う。


お互いを大切に思っているのに、どこまでも交わらない思い。言葉が足りなかったせいで、ほんの少しの勇気がなかったせいで、失ってしまったものを慈しむような、胸に刺さるような歌詞。

私は同年代の子に比べて、とても幼いと評されることがよくある。
そんな私の未熟な感性では、この曲が伝えようとする思いを、正確に理解できていないのかもしれない。
だけど、聞くたびにせつなくて、懐かしい痛みを覚える、私にとっては特別な曲だった。


――お嬢様、私もこの曲、大好きなんです。好きっていうか、大事な曲なんだ。本当に大事なの

そんな風に言っていたみやびさんは、リハーサルの時よりもずっと魅力的に、歌詞を噛み締めるように歌い続けている。


“どうしてだろう ずっとこのまま 僕らは変わらない――”

そして、長めに割り振られた、みやびさんのパートが終わりに近づく。

“無邪気に思っていたよ”

次は、ももちゃんの番。



“―――”


だけど、ももちゃんは歌わなかった。
マイクを握った手は、唇まで運ばれることはなく、真顔のまま、淡々と振り付けだけをこなしていた。


・・・パートを、忘れている?
あの、誰よりもステージを大切にしているももちゃんが?そんなはずはない。だったら、なぜ?


「もも・・・」


思わず飛び出そうとする私を、後ろから誰かの手が捕まえた。

「あ・・・舞、」
「うん、ただいま」

観客席に巡回に行っていた舞が、いつのまにか戻ってきていたようだった。


「舞、ももちゃんが」
「大丈夫。いいから」
「だって、」

おろおろする私と違って、舞はいつもどおり冷静なようだった。

「見てなって」

諭されるがままに、ステージへ視線を戻すと、もうももちゃんのパートは、誰も歌わないまま終わってしまうところだった。


“・・・遥かに遠く続く明日のどこかで――”


やがて、ユニゾン部分へと曲は続いていく。
訝しげな表情のまま、歌いだすみやびさん。
そして、今度もももちゃんはマイクを取らなかった。・・・ももちゃんだけじゃない。愛理までも。

2人はまっすぐに、観客席を見つめ、ダンスをするだけだった。


「・・・どうして」


あいかわらず、みやびさんお一人だけの歌が、体育館中を包んでいる。

3人とも、まるで何事もないように振舞っているから、パート割のことを知らないお客様は、みやびさんのソロ曲だと解釈なさっているかもしれない。

だけど、私にはわけがわからなかった。
なぜ?アンコールのこの時に?私はステージ係として、どうすればいいのだろう。


「・・・いいんだよ、これで。千聖」

普段より柔らかい声で、舞がささやいた。


「夏焼さんが歌ってるんだから、問題ないでしょ」
「舞・・・」


“そんなに無防備な顔をされたら 僕は――”


「これは、Buono!のステージなんだから。夏焼さんが一人で歌うべきだって、判断したのなら、それでいいじゃん。・・・舞も、これは一人で歌えばいいと思うよ。個人的にはね」


見れば、夏焼さんももう、とまどってはいないようだった。
1歩下がった位置で振り付けをこなす二人を従えたまま、ユニゾン部分が終わり、二回目の夏焼さんのソロパートへと入っていった。

“言っておかなきゃいけないことが この世にはたくさんあるんだよね 本当は――”



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