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「あいりん」

お会計が済んで外に出ると、目を三日月にした千聖が、ニコニコしながら私を待っていた。

「おまたせー」
「・・・グフフ」

あ、イタズラ思いついた時の顔してる。思わず反射的に身構える。
テレパシーな仲とはいえ、千聖が私には考えも着かないような事を考えてるときは、さすがにその心や行動は読めない。
もちろん、千聖の悪ふざけは相手を選んで繰り出されるものだから、私が対象なら、例えばなっきぃがやられるような手ひどい目には合わされないだろう。でも、一応は警戒を・・・


「来て、あいりん」

千聖の小さい手が、私の手首を掴んでひっぱる。

「待って待って、どこ行くの?」
「ンだまぁっててぇ、ンついてきてぇ~」
「「文句なんかはぜったいイ~ヤ~!」」

示し合わせたように、“なっきぃ節”で歌声が揃って、思わず顔を見合わせて笑う。
もう、いっか、どこに連れてかれても。

「それって全部、それって全部ぅ」
「君の戦法♪」

歌いながら改札をくぐって、ホームに着いたらまた「「挨拶なんてできなぁい♪」」と声が重なった。


「・・・ホームだけにね。ケッケッケ」
「てか、今日テレパシー絶好調じゃない?さすが高2コンビ!」


その後も電車内で、迷惑にならない鼻歌でこそこそ歌を合わせたところで、千聖が軽く腰を上げた。


「次、降りよ!」
「え?なんで?」

いいからいいから、と促されるがままに降車した場所は、事務所の最寄り駅。
ついでに、さっきまでダンスレッスンをしていたスタジオも併設されている。

「忘れ物?」
「んーん、違うけど。でも一緒に来て」

あいかわらず、千聖の手は私の手首を握り締めたまま。
ちょっと痛いけど、なんとなく嬉しかったり。
千聖は人懐こそうに見えて、意外とドライだったりするから、あんまし長時間ベタベタしたりさせたりを好まないのに、どうしても私を繋ぎとめておきたいって言ってくれてるみたいだから。



「・・・おーい、岡さーん」

予想通り、というか他にめぼしい建物がないからだけど・・・千聖は事務所の中へと入っていった。
時間が時間だけに、もうあんまり人がいなくなっているけれど、見知った社員さんたちに挨拶をしながら、私たちは奥へ進んでいく。

大きな階段の根元にある、自販機の前で、千聖は唐突に足を止めた。
無言でお財布を取り出すと、迷いもせずにボタンを押していく。


「はい、あいりんの」

差し出されたのは、私が最近お気に入りで飲んでいる、ヨーグルト飲料の缶。


と言っても、ここ数日はグループを離れた個人活動が多かったから、これがマイブームだっていうのは知らないはずなんだけど・・・。

「なんか、これ飲みたそうだなって思って。当たり?」
「・・・さすがです、千聖さん。ケッケッケ」

まあね、私と千聖の間で「なんで?」なんていう言葉はナンセンス。わかるものは、わかる。それだけ。理屈じゃない。
受け取ったジュースはよく冷えていて、いつも以上に美味しく感じられた。


「あいりんさ・・・ここ、覚えてる?」


しばらくの沈黙の後、千聖がポツリとしゃべりだした。
視線の先には、大きな階段。
もう何千回も上がったり降りたりを繰り返している、何の変哲もない場所にある、ごく普通の階段。
だけど、私には千聖の言わんとすることがわかっていた。


「うん、もちろん」

当たり前のようにそう返すと、千聖は安心したように微笑んだ。

「私、ここから落ちて、人格分かれるようになっちゃったんだよね」


しゃがみこんで、指で床をなでる千聖。
無感情とも違う、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない、不思議な顔をしている。・・・私が、ひそかに好きだと思っている表情。神秘的で、近寄りがたくて、テレパシーさえ弾いちゃうような、千聖だけの世界。
元の明るい千聖と、お嬢様みたいに優雅な千聖。
今もまだ、自分が二つの人格を持って生きていることについて、千聖は普段何も言わない。
おそらく、私以外の℃-uteのみんなも、千聖がお嬢様の千聖をどう思っているか、知らないのだと思う。
舞ちゃんやなっきぃが、それとなくそういう話題をふっても、千聖は巧みに受け流してしまう。


「・・・私さ」

千聖はかがんだままの姿勢で、私を見上げた。
だから、私は千聖の横に膝を着いて、目線を合わせた。・・・そうするのが、正しいような気がしたから。


「あいりんがいてくれて良かったって思う」
「うん」
「いっつもさ、人格がお嬢様になってる時のことって、ぼんやりとしかわかんないんだけどさ・・・あいりんは頭打って変わっちゃった私のこと、何にも変わらずに受け止めてくれたでしょ。そういうのは、何となく覚えてるんだ。記憶っていうか、気持ち的な部分で。
他のみんなの対応が嫌だったって言ってるんじゃないよ。とまどうのが普通だもんね」

本当に嬉しかった、とはっきりした口調で千聖は言った。
まっすぐな声と視線に、千聖の気持ちがギュッと詰まっているみたいで、なんだかくすぐったい気持ちを覚える。


「だってさ、千聖は千聖でしょ。
仮に千聖が千聖じゃなくなってたとしても、千聖は千聖だと思うし」
「・・・ねー、意味わかんないんだけど」

千聖はやっとほっぺたを緩めて、いつもの千聖の顔で笑ってくれた。

「てか、何かね、わかった気がする。あいりんがそうやっていつでもあいりんだから、千聖もいつでも千聖でいられるんだよね」
「嬉しいなあ、それ」

何でもポジティブにとらえちゃって、時にKYだなんて言われちゃう私にとっては、単純に千聖の言葉が嬉しく思えた。


「そうだ・・・1個、聞いてもいい?」
「どーぞどーぞ」


「何で今日、千聖の誕生日、祝ってくれたの?」
「あー・・・」

今更といえば今更なその質問。
私は手元のジュースを一気に飲み干すと、ムフフと笑った。

「なになに?」
「16歳の岡井さんを、独占したいなあと。何となくね。特に意味はなかったんだけど、自分の中で盛り上がっちゃって」

実際、あんまり深い意味はなく、思いつきでやったことだから・・・あれ、でも、素直に答えちゃって失礼だったかな?
でも千聖は「あいりんウケるー」なんておっきい声で笑ってくれてるから、まあ、よかったんだろう。


「そろそろ帰ろっか」
「うん」

差し出された手を素直に握って、私たちは事務所の玄関を出た。
千聖にしろ、私にしろ、こんなに長時間スキンシップをはかるのは珍しい事だった。
お互いが「そうしたい」って思うタイミングが合っていて、素直に実行に移せる間柄。甘えたいっていうのともまた違う、どこまでも心を裸にできる関係。
千聖もそう思ってくれてるといいな、なんて考えながら、私は少し手に力を込めた。


「・・・最近、私のこと、ライバルっていってくれないね。千聖」

素直ついでに、そんな言葉が口をついて出る。
すると千聖は足を止めて、まじまじと私の顔を見た。


「そんなの、今更?」
「・・・だね」


なぜか得意げにふふんと鼻を鳴らすと、千聖はまた足を前に進めた。
――こんな調子で言葉がないから、いろいろ邪推されちゃったりもするんだろうな。
別にいいけど。千聖も別にいいって思ってるはずだからね。



「今日、楽しかった。ありがとね!」
「うん、私も」
「じゃあ、またね」
「うん、また明日ね」

乗り換えの駅のホームで、さほど余韻に浸るでもない、私たちらしい“バイバイ”。
一人電車に乗り込んでからも、つないだ千聖のあったかい手のぬくもりが残っているみたいで、自然と顔が綻んでしまう。

誰にもわかんない気持ちでも、二人だけしか通じない思いでも。
17歳の千聖と私も、こうやってゆるりと繋がっていくんだろうな、って思うだけで、私の心はわくわくと弾んでしまうのだった。




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