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千聖の笑い声が弾ける。
さっき知り合ったばっかりの子供の手を取って、寄せたり返したりする波と戯れながら、ワンピースの裾をはためかせて。

「舞さん」

体育座りでそれを見守る私に、大きく手を振って呼びかけてくる。
白くて、ふよふよした女の子の腕。
毎年この時期になると、千聖の肌は小麦色に変化していくのに、どうやら今年はケアが万全なようだった。どことなく面白くない感じがした。


「暑いって思っていたけれど、夕方になると、やっぱり冷えてくるわね」

しばらく眺めていたら、サンダルをパタパタ鳴らしながら、千聖は私の隣に戻ってきた。
顔を肩に寄せると、頭を優しく撫でてくれた。ずっと波打ち際にいたからか、海のにおいがした。


明日、仕事が終わったら旅に出よう、と千聖を誘ったのは、一昨日のことだった。
真夜中の電話で、突然の誘いだったにもかかわらず、千聖はええ、そうしましょうと言ってくれた。
舞さんの行きたいところへ行きましょう、って。

それで、ここに来た。
いっぱい電車を乗り継いで、何時間もかかったのに、千聖は行き先を尋ねるでもなく、車内でもずっと淡々と世間話を振ってきたりしていた。
今だって、どうしてこんなところに来たのか、一切聞こうともしない。
元の千聖だったら、どうしたの?とか千聖に何でも相談して!とか口うるさく言ってきたことだろうに。どうも、お嬢様の思考はまだ完全には読みきれない。
着いて来てくれたってことは、舞のこと、ちゃんと考えてくれてるんだとは思うけど・・・。


「・・・舞のこと、何番目に好き?」


つい、そんな質問が口を突いて出た。
人を好きな気持ちに、順位なんてつけちゃいけないんだよっていうのは、舞美ちゃんの弁。
だけど、これはそういう“好き”とは質が違う。私にとっては、すごく重要なこと。

「まあ・・・」

千聖は微笑して、私を見たけれど、すぐにその表情は真顔に戻った。
相当、怖い顔してたんだろうな、私。

もうだいぶ日が落ちて、私たちの目の前の海も、真っ赤に染まっている。

ワンちゃんを散歩させてる地元の人。
サーフボードを持って、浜辺を歩く集団。
潮の香り。波の音。
海に馴染みのないところに住む私たちにとっては、非日常的な光景が目のまえを通り過ぎていく。

千聖は何も答えない。焦点があってるんだかないんだかわからないような顔で、ぼーっと海を見ているみたいだった。

不思議と、苛立ちを覚えることはなかった。
元の千聖がこんな態度を取ったのなら、しつこくして問いただしてやるところだけど、お嬢様なら仕方ないかなって思う。


「・・・難しいわ」

しばらく黙っていた千聖は、ふいにそうつぶやいた。


「難しいの?」
「ええ」
「そっか」


ちょっと残念だけど、悪い答えじゃないと思った。
即答しなかったのは、ちゃんと私のことを考えてくれたってことだろうし。
嘘ついて1番よって言われたりするよりは、ずっといい。

こんな風に考えられるようになるなんて、私もお嬢様の千聖と接するようになって、少しは成長したのかもしれない。


「でもね、舞さん」

また、千聖が口を開いた。

「私は、舞さんのこと、好きよ」
「本当に?」
「ええ」

深い茶色の瞳が、至近距離で私を捕らえる。

綺麗だなって思った。鼻の形も唇も、髪も、千聖の全てが新鮮に美しく見えて、身動きが出来ない。
何年もずっと、見飽きるほどに見てきた顔なのに、人格が違うだけで、どうしようもなく心を揺さぶられてしまう。


“お嬢様でも、明るい方でも、千聖は千聖だよ。何も変わらないよ”

前に、愛理がそう言ってたことを思い出す。
だけど、私はなかなかそこまで割り切って考えられなくて・・・両方に、全く同じ態度で接するというのは難しい。
それでいて、どっちの千聖のことも、同じ意味合いで“好き”だと思っている。
この辺りが、自分の中でも整理し切れていない、難しい感情。


“友達に順位つけちゃだめだよ、舞!”
“てかぁ、さきはぁ、お嬢様は可愛くてぇ、千聖はぁさきの理解者っていうかぁ”
“え?なんかどっちもあんまり変わらなくない?ケッケッケ”


「・・・あーうるさい!!!」

頭の中で、みんながごちゃごちゃと口を挟んでくる。余計にわけがわからなくなってきた。

「ウフフフ」


そんな私の葛藤を知ってか知らずか、千聖は目を軽く細めて微笑んでいる。
何となく気恥ずかしくなって、私は視線を逸らした。


「・・・千聖、この場所、覚えてる?」

ちょっと話題をずらして、そう問いかける。

「ええ」

今度は、即答だった。安心感で、自分のほっぺが緩んでいるのがわかる。・・・本当、顔に出やすいな、私って。

「昔、この近くで、お仕事をしたことがあったわね。お泊りの仕事で・・・」
「「逃避行」」

綺麗に声がそろう。嬉しくなって、私は軽く千聖を抱き寄せた。

「あれは、ちさまいの黒歴史だね」
「ウフフ。でも、とても楽しかったわ」

そう言って肩をすくめる仕草は、イタズラが大成功した時の、“前の千聖”を髣髴とさせる。
ああ、やっぱり同じ人間なんだな・・・ってしみじみ感じて、せつないような、安心感のような、不思議な気持ちが胸を通り抜けた。



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