※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「舞さん、良かったら、少し移動しましょう」
「どこに?」

私の問いかけには答えず、千聖はにっこり笑って立ち上がる。
海風にスカートがはためく。どこか懐かしいような気持ちをおぼえる。

「パンチラ注意ですよ、岡さん」
「ウフフ・・・それっ」

千聖は急にクルッと体の向きを変えると、勢いよく走り出した。

「ちょっと、待ってよ!」

慌てて立ち上がって、私もその背中を追いかける。
薄い紫色の、マーメイドラインのワンピース。・・・ああそっか、これ、前にここに来たときにも着ていたんだった。それで、ちょっとノスタルジックな気持ちになったのかな。


「舞さん、こっち」

全力疾走に見せかけて、千聖は私とはぐれないよう、ちゃんと調整している。
あの頃はショートだった髪も、今は私より長くなって、風を受けて靡いているのがやたらと色っぽい。


「ねえ!舞も・・・」
「え?」

??舞も、少しは大人になった?


そう聞きたかったけれど、虚しい質問のような気がしてやめた。
大体、いきなりそんなことを聞いたって困らせるだけだ。
私は足を止めて、砂を軽く蹴った。・・・なんか、面白くない。


ガキッぽいってわかってるけど、私は一度テンションが下がってしまうと、うまくコントロールできなくなってしまう。

「舞さん?」

そうだよ、私なんて未だに一人でホテルのお風呂入れないような子供だし

「ねえ、舞さん」

トイレも極力一人じゃ行きたくないし

「舞さん」

みんなが舞の知らない話題で盛り上がってると腹立つし、いっぱい褒められたいし、いつも理解されたいし、大体なっちゃんにヘタレって言ってるけど、案外自分自身も結構


「舞さんったら、ウフフフ」
「うわっ!」

拗ねて下向いてたら、急に千聖が顔を覗き込んできた。
キラキラ黒目に、私の驚いた顔が映し出される。

「ごめんなさいね、千聖ったら、少し早く走りすぎてしまったみたい」
「・・・違うよ」

私は千聖の頭を抱いた。そのまま、唇を近づける。
ちゅーしたいって思った。軽く薄目を開けて観察した千聖は、ぽけーっとした顔で・・・


「ダメよ、舞さん」

だけど、私の唇は、唇よりちょっと硬いものでさえぎられてしまった。


千聖のまるっこい指先。小さい子に“メッ”ってするみたいに、軽く唇をポンポン叩かれる。

「いいじゃん、キスするぐらい。誰もいないし」
「ダメよ。私たちだけのお話ではないもの」
「意味わかんない」

拒否されちゃった気恥ずかしさと、自分と千聖のテンションの落差がなんとも歯がゆくて、私は乱暴に座り込んだ。

「まあ・・・舞さん」


“私たちだけのお話じゃない”・・・ああ、そうですよね。全くその通り。
例えば万が一、舞たちのことを知る人に見られてしまったら、どうなるのか。
パパとかママもそうだけど、℃-uteにだって迷惑がかかっちゃうかもしれない。だから、正しい意見だ。千聖の大好きな言葉を用いるなら、“正論”ってやつ。

でも、正しい事をいつでも受け入れられるほど、私は大人じゃない。こういうとこで、また自分が子供なんだって思い知らされて悔しい。

「舞さん」
「先行ってて」
「舞さんと一緒でなければ、意味がないわ」
「・・・」

嬉しい事、言ってくれる。でも、一度意地を張った以上、そう簡単に許してあげるわけにもいかない。
あんまり、お嬢様の千聖を困らせるのは趣味じゃないんだけど・・・そう思っていたら、急に視界が翳った。

「何?」


千聖が、羽織っていた濃紺のショールを私の頭に被せていた。

「ウフフ」


楽しそうな笑い声が近づいてくる。

吐息が顔を掠めて、柔らかくて熱い感触が、ほっぺたに押し当てられる。
行きにキオスクで買った、千聖とおそろいのイチゴのリップクリームの匂いが、ふわっと広がった。


「・・・キス、ダメなんじゃなかったの」
「ほっぺなら、いいと思うわ。それに、ストールで覆っているから、誰からも見えないでしょう?」
「なにそれ。千聖ルールじゃん。ずるい」

文句を言いつつも、声が弾んでしまう自分がいる。
千聖から私に、“こういう事”を積極的に仕掛けてくれるのって、あんまりないから。


「千聖」
「きゃっ」

肩を押さえて、今度は私からキスを返してみせる。
硬い歯の感触。若干、唇の端っこ同士がくっついちゃった気がしなくもないけど・・・まあ、事故だから仕方ないと思う。あくまでも、事故なので。

「もう、舞さんたら」
「ほっぺだけだから」
「・・・ウフフ、ほっぺだけ」
「そう、ほっぺだけ」


ほっぺだけ、って繰り返すのが何か楽しくて、私たちはストールを頭からかぶったまま、また海岸を歩き出した。

この場所で、千聖とキスするのは初めてじゃない。
だけど、あの頃とは何もかもが違う気がして、私は無性にワクワクしていた。



TOP