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突然、熊井ちゃんが立ち止まる。
そして前方を指差して僕にこう言った。

「あれ、お年寄りが困ってるみたい。助けてあげなよ」

そこには出口の案内板を見上げて思案顔をしてるおばあさんがいた。
大きな荷物が、見るからにこの土地に不慣れなのが分かる。

「お年寄りには親切にしてあげる、っていうのはうちの家訓その2だから」

なんでそこで得意気な顔になるんだろう。
それなら熊井ちゃんが自分で助けてあげればいいのに、と思ったけど、そのおばあちゃんは本当に困ってそうだったから僕はちょっと声をかけてみたんだ。

「あのー、もしかして、何かお困りですか」
「おやおや。これはご親切に。バスに乗るにはどっちに出ればいいんだか分からなくってね」
「どちらに行かれるんですか」
「○○というところに行きたいんだけど、どのバスに乗ればいいのやら」
「それなら、××行きのバスだからこの出口ですよ。僕も同じバスでそこに行くので、良かったら一緒に・・」
「そうと決まれば、一緒に行きましょー。旅の恥は掻き捨て! ほら、荷物を持ってあげなさいよ。気が利かないなー」

おばあちゃんはこっちに住んでいるお孫さんを訪ねてきたそうだ。
家族と離れて一人で住むお孫さんに久しぶりに会えるからとても楽しみだというおばあちゃん。
それはそれは、楽しみでしょうね。

「親切な人に会えて、本当に助かりましたよ」
「おばあちゃんはどこから来たの?」
「○○県ですよ」
「そんな遠くから!! それは遠路はるばるようこそいらっしゃいましたっ」
「あなたみたいな人に出会えるし、これも旅の醍醐味だねえ」
「えー!?そんな・・・・いい人だなんて照れる!!」

ツッコんだ方がいいのだろうか?

熊井ちゃんとおばあちゃんが歩きながら話している。
その後ろから僕は付いて行ってるのだが、ちょっと、熊井ちゃん、もう少しゆっくり歩いて、お願い!

この荷物、お、重い。
こんな重い荷物を持って、ひとり遠路を乗り継いでやってきたのか。
お年寄りって何で見かけよりずっと力持ちなんだろう。

へろへろになってるところを見られたら、熊井ちゃんにどやしつけられそう。
だから、気合を入れ直して荷物を持ちましたよ。

乗ろうとするバスはすでに来ていた。
乗り込むと、夕方のこの時間バスは結構混み合っている。

車内をぐるりと見回した熊井ちゃん。

「この席はシルバーシートですよっ!お年寄りには進んで席を譲りましょう!!」

さすが、熊井ちゃんだ。
平然と言い放つ熊井ちゃんに、ちょっと怖そうな顔のおじさんが「すみません。どうぞ」と言って立ち上がる。

「おやおや、すみませんねえ」
「いいえー、どういたしましてー」

満面の笑みを浮かべる熊井ちゃん。
そのセリフを言うのは熊井ちゃんじゃなくて譲ってくれたおじさんだろ、とツッコミたくなった。
乗客のみなさん皆そう思ってるようなそんな空気が充満して、妙な一体感がバスの中には生まれている。

一瞬にしてこの空間も熊井ちゃんワールドだ。

瞬時に周りを自分のペースに引き込むこの能力、いつかきっと彼女の人生で役に立つことがあるだろう。

「あなたたちは高校生?」
「はい、2年生になったばかりです」
「そう。お嬢さんは若いのにとてもしっかりしてるねえ」
「お嬢さんだなんてそんなヌホホホ。お孫さんはお幾つなんですか」

熊井ちゃん、初対面の人にあまり突っ込んだ質問はどうかと思うよ。
ましてや公共の乗り物の中なんだし。

「中学3年生ですよ」
「えーっ!中学生で一人暮らし!?」

だから、熊井ちゃんってば!! 肘で彼女の腕を突っつく。
もう僕は気が気ではなかった。

「おやおや。仲のいいあなた達を見ていると、私も女学生だった頃を思い出してしまうね」
「面白そう! そのお話し、ぜひ聞きたいですっ。それはいつごろの話しなんですか?終戦直後とか?」

もうあきらめた。熊井ちゃんの好きにさせようっと。


お年寄りの方というのは本当に話し上手だ。
人生経験の豊富さからくるのであろう、熊井ちゃんの失礼な物言いでさえも余裕を持って受け止めている。さすがです。

僕は結構すぐテンパってしまう方なので、そういう余裕が羨ましい。
僕にもそんな余裕が出来る日が、いつかはやって来たりするのだろうか。

いや、待てよ。
そもそも僕をテンパらせる原因は、いつも大抵の場合この隣りにいる人なのではないだろうか。

おばあちゃんはニコニコとしながら、僕と熊井ちゃんを見つめている。

「やっぱり仲のいい友達は財産だねえ。わたしの孫もいつもお友達の話しを聞かせてくれるんだよ」
「お孫さんは、いいお友達をお持ちなんですね。そんな素晴らしいお友達とは、きっとこれからも・・・」
「友達は友達なんだ!うん、ウチいま上手いこと言った!!」

したり顔の熊井ちゃんにも、おばあちゃんは穏やかな微笑みを向けている。

「でもちょっと前まで、私あの子のこと、とても心配していたの」
「お孫さん、一人暮らしだからですか?」
「それもあるんだけど、それよりも学校で友達をちゃんと作れるのかがとても心配だった」

「あの子はとても頭の回転が速い子なのね。身贔屓かもしれないけれど、とても賢い子。でも、頭がいいからなのか友達を選んでしまうところがあるみたいで、それが本当に心配だったの。根はとても明るくて優しい子なのに」

あばあちゃんはお孫さんが可愛くて仕方が無いんだな。ベタ褒めだ。
そして、身内の人からとは言え、ここまで褒められまくるお孫さん、すごいな。本当に頭がいいんだろうな。羨ましい。

「あー、それすごくわかる! うちも、どうして私の言ってることが分からないんだろう、って周りに思うことあるから」

熊井ちゃん・・・・熊井ちゃんのは、それ、たぶんちょっと違うと思うよ・・・

おばあちゃんが熊井ちゃんに微笑む。

「だから、あの子が中学校に入ってから私と話した時に、お友達の話しが出てきたときは本当に安心したの。中学校でちゃんとお友達が出来たんだなって。

「しかも、とても親しいお友達まで出来たみたいで、楽しそうににそのことを私に話してくれるんです。それを聞いた時はとても嬉しかったねえ」

「それは良かったですねー。きっとお孫さんとその子は運命の赤い糸で結ばれてたんですね」

赤い糸っていうのは違うんじゃないか、この場合・・・そんなツッコミはさておき、
ニッコリとした笑顔の熊井ちゃん。お、なかなか爽やかでいい笑顔じゃないですか熊井さん。

「お嬢さんはとても気持ちのいい人だねぇ。あの子のお友達になってほしいぐらい。あなたにお会いできて本当に良かったですよ」

なんと、この熊井ちゃんのことをそんなに気に入って頂けたんですか!
ひょっとしておばあちゃん、あなたは只者ではないですね。




あっという間に降りるバス停が近づいてきた。

ひとつ手前のバス停で熊井ちゃんは降りる。

「おばあちゃん、あとは何かあったら遠慮なくこいつに言ってねー」
「親切にしていただいて本当にありがとう、お嬢さん」
「当たり前のことをしたまでですっ。それじゃあ、お気をつけて!お孫さんにもよろしくねー」

バスの乗客全員の注目を浴びながら、降りていく熊井ちゃん。
いつもながら大したものだな、あの大物感は。

歩道から手を振ってくれる熊井ちゃんに手を振り返すおばあちゃん。

「あなたの彼女さん、とってもいい人じゃねぇ。なかなかいないよ、あんないい娘さんは。大切にするんですよ」
「・・・いや、あの人は僕の彼女でも何でもないんですけど・・・ 降りるバス停は次ですからね。用意して下さい」

バス停のベンチに腰を下ろしたおばあちゃん。

「このバス停まで孫が迎えに来てくれることになっててねぇ。あぁ、荷物は下に置いてくれていいよ。ありがとう」
「まだ迎えの方は来ていないみたいですね。連絡してみた方がいいんじゃ・・・良かったらこのケイタイ使ってください」
「おやおや、そこまでして頂いて。ありがとう。どれどれ・・・えーと、090の・・・」

おばあちゃんは取り出した手帳を見ながら僕のケイタイで電話をかける。
心配するまでもなく、すぐに相手とつながったみたい。

「もしもし。うん、今バス停に着いたところ。うん、うん、ちょっと早く着いてしまったね。あわてなくていいよ。ゆっくりおいで」

良かった。お孫さんと連絡がついたみたいで、僕も一安心。

「すぐ来てくれるって言ってるから大丈夫。はい、これ、電話まで貸していてだいてありがとう」
「お孫さんに連絡つきましたか。それは良かった」
「あらあら、あなたがそんなに心配して下さるとは。あなたもいい人だねえ」

穏やかに微笑みながらケイタイを返してくれるおばあちゃんが褒めてくれる。
そんな風に言われると照れてしまいます。
あまり褒められたりすること、少ないんで。

「本当に親切にしていただいてありがとうね。良かったら、これ学業成就のお守り。地元の神社で孫とお友達の分と思ってたくさん買ってきてあるんだけど、あなたにもどうぞ。学生さんの本分は勉強だからね、しっかり頑張って勉強するんですよ」

彼女さんにも渡してあげてと、お守りをふたつ頂いた。
ありがとうございます。学業成就とはいいもの貰っちゃった。さっそくカバンにつけておこうっと。
でも繰り返しになりますが、あの人は僕の彼女でも何でもありませんからね。

「それじゃあ、僕はこの辺で。おばあちゃん、お気をつけてね。さようなら」
「はい、さようなら。本当にありがとうね」


* * * *

「あーちゃん、久しぶりー!よく来てくれたねー。疲れたでしょ、荷物持ってあげる。」
「ありがとう。舞はいつも元気だねぇ」
「あ、これキャスター付いてるんだね」

「ここまではすぐ分かった?迷わなかった?」
「それがね、それはそれは親切な人達に駅で会ってね。ここまで案内してもらったんだよ。電話もその人が貸してくれてね」
「そうだったんだ! びっくりしたよー。知らない番号からかかってくるんだもん」
「本当に親切にしてもらってね。あとで話してあげるけど、ああいう子たちを見ると今時の若い人も捨てたもんじゃないねぇ(ry


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