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「・・・」
「・・・」

僕らの間には、なんとも気まずい沈黙が流れている。

「・・・あの、よかったら、これ」

僕の部屋のドアを足で開けて、腕組みをしたまま彼女に、作り置きの麦茶を差し出すと、ふん、と鼻で笑って受け取ってくださった。・・・ああ、また、胃の痛みが。


「・・・ああ、香ばしくて美味しい麦茶だかんな」
「は、それはどうも」
「まあ、執事としては無駄なスキルといわざるをえないけどね。もっと他に頑張ることがあるはずだかんな。この前も、芝刈り機壊して庭師さんに怒られてたし」
「うう・・・」

・・・一体、僕に何の用事があるというんだ。いびりに来たのか。

寮生の鈴木さんのことを可愛いな、なんて思ってることを読み取られて以来、決して彼女・・・有原さんには、いい印象を持たれてはいなかったはず。

お嬢様のリクエストで夕食を作れば勝手に食堂に乱入してきて、「おめー、無駄にうまい飯作ってんじゃねーよ。そんなに肥えさせたいのか、俺の嫁(多分お嬢様)を。まあポチャ聖もありだかんな(以下口に出すのも憚られるような妄想)」とかいちゃもんつけてきたり、
執事長から叱られてとぼとぼと部屋に戻る途中に「えー、今のお気持ちを一言お願いします!」と萩原さんと一緒に心底嬉しそうに話しかけてきたり。
ああ、そういえば粗大ゴミ扱いされて、ゴミ袋に詰め込まれそうになったこともあったっけ・・・。今日もまた、そういった行為の餌食となるのだろうか。


「まあ、とりあえず座りなよ。ちがう!そこは私が座るかんな」
「はあ」


僕の部屋なのに、あごで着席位置を指示してくる有原さん。
お気に入りのロッキングチェアーは当然のように彼女に奪われ、書き物をする時用の硬い椅子へと腰を下ろす。


「・・・僕に、何か御用でしょうか」

恐る恐るそう切り出してみると、なぜか有原さんは「うふっ」と笑った。
元々は大人っぽく綺麗な顔立ちの彼女だから、こういう表情を見せられると、不覚にもドキドキしてしまう。


ま、まさか、愛の告白とか!?今までのことは愛情の裏返しで?いけません、ぼぼぼくには鈴木さんとか、おじょじょおじょうさまとか


「なわけねーだろ、なめてんのかオメー」
「ぎゃふん」


――本当、エスパーって怖い。

とはいえ、最近わかってきたことだけれど、別にこの人は超能力者っていうわけではないんだろう。
おそらく、人の心の機微を読み取る力に長けているんだと思う。普通の人では気がつかないような、ごく小さなことでも、彼女は敏感に受け取ってしまう。
萩原さんも多分同じだ。頭がいい方々だから、どんな些細な物事も、脳内で自動的に処理・分析されているんだろうな。学生の頃から、鈍感だ鈍感だと女子達に罵倒されてきた僕としては、うらやましい限りです。


「今日はちょっと、いい話を持ってきたんだかんな」
「えー、と」
「大丈夫、全然違うよ。怪しくないよ。君のための素敵なお話なんだ」


――あれ、ヤバイぞこのパターン。


幸せになれるペンダント、高級(?)羽毛布団、街頭で話しかけてきた美女が推薦する絵画やジュエリー。
これまでの人生の中で、様々な悪徳商法に引っかかってきた僕の、危険を知らせるセンサーが頭の中で鳴り響く。


「え、遠慮させていただきます」
「なんでよ。別に、お金が絡むような話じゃないよ」
「いえいえ、ただより高い物はないと言いますし」

そうだ、だまされてはいけない。
親や友人ならともかく、人が他人に対して、何の見返りもないのに、いい話を持ってきてくれるなんてありえないんだ。
年上の男として、ここはきっぱりとした態度を取らなくては(キリッ)


「とにかく、僕は今、十分幸せですから。お気遣いは御無用です」
「・・・あー、そー。じゃ、いいや」
「わかっていただけて嬉しいです。では・・・」
「せっかく愛理の水g・・・あ、ううん、なんでもない」
「ええ、ですから・・・・・え?な、な????」


何?今なんて?聞き間違えでなければ、す、す、鈴木さんの?水・・・


「・・・私の話、聞く気になった?」
「・・・・・・・・はい」


――はい、年上の男()の威厳、粉砕。

小鼻を膨らませて勝ち誇る、有原さんの憎たら可愛い笑顔。
本当に、何て人だ。異性を上手い事扱う術が身についている。
萩原さんのような覇王も大概だけれど、こういうタイプはさらに恐ろしい。一体どこからどこまでが本音で、どこからが罠なのか、よくわからない。


「執事さんさー、愛理の水着見たくない?」

僕のジト目が気に食わなかったのか、有原さんはいきなり直球を投げてきた。


「あばばば」
「だから、見てみたいでしょ?愛理が水着着てるとこ」

結構なことをおっしゃっているにも関わらず、その笑顔はあいかわらず爽やかで、僕の不安を煽る。


「べ、べつに僕はそんな」
「本当?私は見たいけどな。自分の心に素直になろうぜ。さっきめっちゃ反応してたじゃん。愛理の水着に」
「で、ですから、寮の皆様にそのような・・・」

大方、僕がボロを出すよう誘導尋問して、あとで村上さんあたりにチクろうっていう作戦なのだろう。
乗せられてはいけないと思いつつ、どんどん彼女のペースに巻き込まれていってしまう。


「・・・清楚な水色ワンピ水着の愛理」
「うっ」
「大胆なマイクロビキニの千聖お嬢様。グヒョヒョ」
「ヌホw」
「セクシーなロングパレオのえりかちゃん。あえての競泳水着の舞美ちゃん、チビッこが着るみたいなヒヨコワッペンつき羞恥水着のなっきぃ。スク水のめぐぅ。萩原は・・・まあ、ふんどし水着でいいか」
「オウフ・・・」

やめるんだ、℃変態よ。僕はそんな、決して、お嬢様のたゆんがたゆんたゆんとか、大人しいはずの鈴木さんが女性の色香を纏って・・・とか、あまつさえむ、む、村上さんのスク・・・


「・・・どう?見たいでしょ?」
「み、みたいれす」


・・・ダメだ、最初から敵う訳のない相手だったんだ。
あえなく屈した僕を満足そうに眺めると、「まあ、恥じる事はないよ」なんて上から目線で慰めの言葉を送ってくださる有原さん。

「こういうのは男の本能だかんな。仕方のないことだかんな。うんうん、私も見たいから問題ない」
「有原さん、本当に女の子ですか・・・?」
「はーん?こんなか弱くてかわゆい女子に何言ってんだか」

蚊の泣くような僕の突っ込みもなんのその、有原さんは揺らしていたロッキングチェアーをポンッと降りて、出窓を開けて外に目を遣った。
夕日に照らされたその横顔は、無駄に美少女で、何も知らない人が見たら、友達の水着姿でえげつない妄想をするような℃変態だなどとは思わないだろう。


「・・・お屋敷も素晴らしいけど、お庭もまた素敵だかんな。そう思わない?」
「え?ええ」
「クラシカルな噴水やベンチは風情があるし、四季折々の花が美しく咲き誇り、蝶や小鳥が戯れ遊ぶ姿はまさに楽園。
執事さん、お庭の掃除毎朝頑張ってるもんね。
そういう日々の積み重ねが、この素晴らしい景観を保っているんだかんな。すごいな、誰でもできることじゃないもんね。縁の下の力持ちって感じ。寮のみんなも、目立たない仕事を引き受ける人って素敵って言ってたような気がする。多分きっと、脳内で」


・・・罠だ。これは飴とムチの飴なのだ。

そう自分に言い聞かせても、これまた男頃をくすぐる褒め言葉で、僕の心の隙間に入り込んでこようとする有原さん。


「あ、ありがとうございm」
「ま、それはそれで、だ」

クルッと僕の方を振り返った有原さんは、いつものちょっと小馬鹿にしたような表情に戻っていた。・・・サービスタイムは終了してしまったらしい。


「そんなこの庭園にも、ちょっぴり足りないものがあると思うの」

どう?とばかりに首を傾げて、僕に意見を求める有原さん。

「足りないもの、ですか」
「わかんない?」

今日はなんだかやられっぱなしな僕。少しはいいところも見せておきたいと、部屋に来てからの有原さんの言動を遡って思い出していく。

えーと、いつものようにエスパーされて、からかわれて、それから唐突に、寮生さんとお嬢様の水着について熱弁・・・あ、そうか!水着といえば!



「・・・プール、ですか?」
「あたりっ!やるじゃん、たまには頭働いてることもあるんだね!」

・・・まあ、一言多い気がしなくもないけど、笑顔になっていただけて、僕としては嬉しい限りです。

「たしかに、こんな大きなお屋敷なのに、プールがありませんね。
千聖お嬢様は水泳がお好きみたいで、避暑地のプールではお魚のように一日中泳いでらっしゃると旦那様がおっしゃってました」
「でしょ?プールがあったら、千聖お嬢様もみんなもよろこぶかんな。だから」


一呼吸置いて、有原さんは今までで一番無邪気で可愛い、だけど恐ろしい眼光を称えた目で、こう言い放った。


「オメー、庭に作れよ!プール!!」





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