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「は・・・?」

有原さんは、いったい何を言っているんだ。プールを作れだって?


「・・・あの、僕のような平の執事に、そのような権限はないんですけど。
それに、林道の奥に、市営のプールがあるじゃないですか。そちらを利用すれば・・・」
「お嬢様はそういうプールには入れないかんな。
万が一許可が降りたとしても、あのけしからん肉体だ。水の中、この暑さで頭がフットーしちゃったアホどもに取り囲まれて・・・あああ、何て可哀相なお嬢様!」

――フットーしちゃってるのは、有原さんの頭じゃないでしょうか。

「とにかく、そういうわけだから。執事長さんに許可貰って、さっそくプール建設工事だかんな!選択肢はないからね」
「も、もし嫌だと言ったら・・・?」

最後の抵抗を試みる僕をあざ笑うかのように、有原さんはスカートのポケットから、テープレコーダーを取り出した。


“グヒョヒョ”
“・・・みんなの水着姿、見たいでしょ?”
“み、見たいれす”


「あああ~・・・」

さっきの、誘導尋問に近いようなやり取りが、無常にもそこには録音されていた。
こんな放言がバレてしまったら、お屋敷を追われるどころか、SPよりも恐ろしい萩原さんに散弾銃で・・・


「ここで感じた全てぇ、君の本性ぉお~!ってやつだね。」
「・・・わかりました、執事長には言うだけ言ってみますが、期待しないでください」


「ふふん。じゃ、よろしくお願いね!」

がっくりうなだれた僕の肩をポンポンと叩くと、有原さんはスキップ交じりに去っていってしまった。

「・・・仕方ない。やるしかないな」

痛む胃を押さえながら、僕は部屋を出た。
そうだ、ここでやる時はやる男だってことを見せ付けられたら、少しはヘタレ執事のレッテルをはがせるかもしれない。
それに、うまくいったら本当に鈴木さんや千聖お嬢様、皆さんの水着姿を・・・


「うへへ」


弛緩しきった顔でミーティングルームへ赴いた僕は、すぐそこにいた執事長にさっそく声を掛けた。



*****

「・・・という意識を常に持ち、業務に勤しむ事が、 岡井家にお勤めする執事としてあるべき姿であり・・・」
「はい、申し訳ありませんでした・・・」

――はい、無理でした。3分も経たずに、玉砕。

「お嬢様のための提案というから、どんなことかと思えば、プールの建設とは少し大掛かりすぎですね」

・・・本当に、おっしゃるとおりです。

「お嬢様や寮にお住まいの皆さんがお喜びになるというのはわかりますが、君の場合、まずは日常の庭の手入れや施設管理を万全にすることを心掛けなければ」
「デスヨネー・・・」


正論というのも大げさに感じるくらい、ごく当たり前の意見だ。見てくれ、有原さんよ!これが普通の反応なんです!
僕なんか(というか有原さん)の思い付きがすんなり通るほど、世の中ってぇのは甘くないんですよ!(キリッ)


「それに、冬場はどうするつもりですか?使わない時期のほうが、プールの清掃は大変・・・」
「・・・あら、お取り込み中かしら?」

尚もお説教を食らい続けていると、ドアを少しだけ開けて、小さな主がぴょっこりと顔を覗かせた。


「いいえ、お気遣いなく。何かご所望でしたか、お嬢様。」
「あ、お、お嬢様!すみません、いらしていることにも気づかずに」

即お嬢様用の笑顔に切り替える執事長と、テンパる僕。
お嬢様はウフフと笑って、部屋の中へ入ってきた。

「千聖のお部屋のね、クローゼットの扉が少し軋んでいるようだから、見ていただきたくて、来たのだけれど」

夏用の、ラフな部屋着に着替えたお嬢様。パイル地の青いキャミソールから伸びた、小麦色の健康的な二の腕がまぶしい。それに、服の生地を押し上げるようなその丸い・・・あわわ、さっきの有原さんのえげつない妄想を思い出す。

「かしこまりました。では、後ほど・・・」
「ねえ、それよりも、今何の話をなさっていたの?プールと言っていたわね?」
「ええ、一寸」
「プールは楽しいわね。今年はまだ避暑地に行っていないから、入ることができていないわ。学校には、プールがないのよ。でもね、水遊びは、噴水のそばでたまに舞としているの。あまりはしゃぎすぎると、め・・・村上さんに怒られてしまうけれど」

目をキラキラさせて、僕と執事長に一生懸命話すお嬢様。まるで、子犬のような瞳で。
大好きな遊びのことが話題になっていたものだから、思わずうれしくなってしまったんだろう。つられてニコニコしてしまうような、素敵な笑顔だ。

「ねえ、どうして千聖は林道のプールに行ってはいけないの?通知表、見たでしょう?少し成績も上がったのよ。夏休みの宿題も、もうほとんど終わらせているわ。それでも、行っては駄目かしら?」

小さい頃からずっと面倒を見てくれている、おじいちゃん(失礼!)な執事長だから、お嬢様もお身内の方に甘えるように、一生懸命おねだりする。

「ですが・・・」
「お願い。私も寮の皆さんと一緒に、思いっきり遊びたいわ。一人で行くわけではないもの。危ないことなんてないでしょう?」

舌たらずな口調で、ほっぺを真っ赤にして説得する千聖お嬢様。・・・可愛い。僕なんか、こんな顔でお願いごとされたら、後先考えずにうなずいてしまうところだ。

しかし、執事長がそう簡単に折れるとも思えない。このままじゃ平行線だろう。僕は胃を抑えながら、おずおずと挙手した。

「・・・あのー」
「あら、どうなさったの?」
「その、プールの建設は無理でも、中庭に簡単な水遊び場を1日だけ作るとか・・・そういうのは、どうでしょう」

まあ、素敵ね!とはしゃぐお嬢様と、先を促すように黙って僕を見る執事長。


「費用はちゃんと計算しますし、後片付けの一切も僕が引き受けますから。
さっきお嬢様がおっしゃっていたように、学力向上のお祝いとして、駄目・・・でしょうか」

スタッフミーティングでも、溌剌と発言する村上さんの後ろに隠れている僕の、若干ちょっと震える声での提案。
有原さんに脅されたからとかじゃなくて、執事として、出来ることでお嬢様を喜ばせて差し上げたいと思ったから。


しばらく考え込んでいた執事長は、「・・・あとで、計画書を提出するように」と言った。
「えっ、じゃあ・・・」
「簡単に許可するつもりはありません。お嬢様のために、少し苦労しなさい」


「は、はい!」

執事長はそう言って、奥の書斎へと戻っていった。

よっしゃ!とガッツポーズを決めていると、拳をガシッと小さな両手が包んだ。

「ありがとう、千聖のために!」

そのまま、ブンブンと握手。・・・小柄なわりに、なかなかの怪力の持ち主だから、ぶわんぶわんと自分の意思とは関係なしに、腕が振り回される。


「お役に立てて光栄です、お嬢様」
「絶対に、執事長の了承を得るよう、お励みなさい。命令よ♪ウフフ」

目を三日月にして、うれしさのあまりぴょんぴょん飛び跳ねちゃって。ああ、本当に可愛い子犬さんだ。明るくて、天真爛漫で。そして揺れる小玉スイカ・・・


――ゾクッ

ふいに、背中にいいようのない悪寒が走った。
振り向くまでもない。有原さんのとはまた違う、独特の殺人オーラ。夏場だっていうのに、一気に体温が下がっていくのが判る。


「あら、舞」
「遅いから呼びに来たんだけど」
「まあ、ありがとう。あのね、いいお知らせが・・・ああ、まだ言わないほうがいいのかしら?ウフフ。計画書・・いいえ、なんでもないのよ、ね?」
「はは・・・」

――ああ・・・どうか、その可愛らしい手を、僕の手からお離しください、お嬢様!これは危機なんです、命の!

「計画書?・・・なんなら舞も作るけど。エロ執事拷問計画書とか、アホ執事制裁計画書とか」

チラッと盗み見た萩原さん・・・いえ、萩原様の光る眼光は、確実に僕と握手したままのお嬢様の手元に向けられていて・・・よもや自分から振りほどくことなんてできない僕は、じりじりと襲い来る胃の痛みと必死で戦う事しか出来なかった。



*****

「ふーん。で、こうなったわけか」

――それから一週間後。
目のまえを通り過ぎようとした僕を、木陰の有原さんが呼び止める。

「プールを作る、ということまでは出来ませんでしたが・・・」
「ああ、そうだったね」


お屋敷の中庭。
僕らの目のまえには、実に平和で、天国のような光景が繰り広げられている。
水しぶきと、女の子特有の嬌声。そして・・・水着。

「ビニールプールとは、考えたね、執事さん」
「ええ、コストも抑えられますし、使わない時期は仕舞いこんでおけるので・・・」


そう、お嬢様の笑顔(と皆さんの水着)のために、執事長に出し続けた計画書。
何度もダメ出しを受け、穴を指摘されながら、もうすぐ提出回数が3桁になるんじゃ・・・?というあたりで、やっと許可が下りたのが、このビニールプールだった。

大人数対応型の、深い円形プールではしゃぐお嬢様方。
とっても気持ち良さそうだ。出来る事なら、ぜひ僕も仲間に・・・おっと、これ以上考えると、またエスパーされて、ボコられてしまう。


「お嬢様、クロール勝負しましょう!それっ」
「あっいきなりだなんて、ずるいわ舞美さん!待ってちょうだい!命令よ!」
「ちょっと舞美、水流作らないでよー!流れるプールになっちゃう!うひゃー」
「ケッケッケ、洗濯物の気分だねぇ~」
「キュフフ。舞ちゃん、水鉄砲やるケロ!やるケロ!」
「いいよ。くらえっギョカイクラッシュ!」
「ギュフー!」

――ああ、女の子のはしゃぐ声って、どうしてこうも耳心地がいいんだろう。それに、皆さんの着ている水着の、可愛らしいこと・・・

残念ながら、千聖お嬢様は℃スケベビキニではなく、おなかも足もあまり露出しない水着でしたが(タンキニというらしい)それでも、肌にぴったり張り付いた水着は、お嬢様のトランジスタグラマーな肢体を見事に彩っている。
鈴木さんは・・・フリルのついたビキニをお召しになっているみたいだが、僕は執事っ子純情なので直視なんてできない。

さっき鈴木さんに写真を頼まれた時も、緊張のあまり顔を写さず体だけ撮るという、変態盗撮魔状態になってしまったほどだ。


「・・・ま、ありがとうね」

有原さんが、僕の顔を見ずにつぶやく。
多分、僕に言ってくれてるはず・・・だけど、どういたしましては言わないほうがいい気がしたから、少しうなずくだけにしてみた。

「皆さんの笑顔が、僕の原動力ですから(キリッ)」
「なーに言ってんだ、オメー」
「ぶっ」

ちょっとはにかんだ顔が可愛いって思ってたら、ビニールのボールを顔にぶつけられた。

「さー、私もお嬢様と戯れてくるかんな!」


有原さんは目の前で、おもむろにマリンパーカーを脱いだ。・・・本当、僕のこと風景の一部ぐらいにしか思ってないんですね。


「どうだかんな。貝殻水着!」
「はぁ・・・」

競泳水着の上に、貝殻貼り付けたって、色気も何もないだろうに。よくわからない人だ。

「お嬢様はぁーん!マーメイド栞菜が行きますよぉーん!」
「はぁ?ちしゃとは舞と遊んでるし!」
「おこちゃまはあっちに行ってるかんな!ポッチャマプリントの水着とか、完全にがきんちょだねっ、くらえ!マーメイドアタック!」
「やめろコラ!何が人魚だっ、お前なんか半魚人だ!」
「呼んだケロ?」

ヒヨコの浮き輪でぷかぷか浮いてる萩原さんに、有原さんがダイブで飛びかかるのを横目に、僕はエアーポンプの確認をしに裏手に回った。
力仕事はあんまり好きじゃないけれど、皆さんの笑顔(と水着)のためなら、なんのなんの。

「あ、いたいた。あとで、皆さんにトロピカルジュースお配りするんで、手伝ってくださいね」
「はい、喜んで!」
「・・・んー?何だぁ?」

珍しい、僕の元気な返事に、村上さんも、ちょっと感心したように笑った。
よし、頑張るぞ!今日も暑い一日になりそうだ。



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