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それにしても、と私は軽くため息をついた。
広い体育館に建てられた特設ステージの上、まばゆいスポットライトが照らし出す私の大切な人。
アンコールの拍手の中、登場したみやびは、たくさんの人たちから熱い視線を送られて、一際輝いていた。

綺麗になったな、なんて思った。
中学のときも、周りとは格段に違うオーラを放っている子だったけど・・・どこか余裕がなくて、背伸びしてるって感じることもあった。
今のみやびは、自分に似合う物・必要な物をきちんと選択して、取り入れているんだと思う。顔つきが柔らかくなったし、行動に無理がない。

それは、嬉しい事なんだろうけど・・・会えない間、自分の知らない世界を満喫していたんだろうなって考えると、寂しいような気持ちも湧き上がってくる。


――雅先輩の今日のチークいいね、あれってメーカーは・・・
――夏焼さんと髪型おそろいにしようかな。美容院どこかな?


周りから聞こえるそんな雑談の声に、「教えてあげようか?」なんて割って入ってやりたくなってしまう。
勝手なことだとわかっている。さっきやっと再び繋がったばかりの絆だし、そもそもそんなことになった原因は私にあるわけで。

みやびと直接会話なんかしなくたってわかる。
きっといい友達に恵まれて、みやびは高校生活を楽しんでいるに違いない。
私は、どうだろう。
やりがいのある仕事を見つけて、勉強も頑張ってるし、かけがえのない人々とも出会えた。
だけど、まだ心は揺れている。また、みやびの隣にいてもいいのかなって。
せっかくお膳立てをしてくれた千聖に、そんなことは言えない。それに、私は自分の弱いところを人に見せるのが苦手だから、ただ自分の中で葛藤を繰り返すだけだった。


「・・・あの」


突然、声を掛けられて、不覚にもビクッと大げさな反応を返してしまう。

「あ、ごめんなさい」
「・・・いいえ、別に」

菅谷さん。
さっき、みやびに手を引かれて、この席に連れて来られた彼女は、私をまじまじと見ていた。


「すいません、ちょっとボーッとしてて」
「ボーッと・・・?何でですか」
「何でって」

なぜか、菅谷さんは眉間に皺を寄せている。
うちのお嬢様とはまた違うタイプだけれど、この子も思ってることが顔に出やすいんだろう。どうやら、私の答えが気に入らなかったらしい。


――来年は、愛理と2人でBuono!でーす!


会場をあたためる、みやびのMCにもニコリともしない菅谷さん。
言葉をさがすように、何度か口をパクパクさせた後、「・・・ちゃんと、見てください」とつぶやいた。

ドキンと心臓が鳴った。
・・・きっと彼女は、わかっている。
動機や想いの内容は違えど、私をみやびのことを心底好きな“同志”と認めたうえで、許せない態度だと判断したのだろう。
このまま、ここでウジウジとかわいそうな自分に浸っていたって、誰にも何も伝わらない。
私は今日、何をしに来た?
どれだけの思いやりを受けて、ここに座っている?
私のことを、特別だといってくれたみやびの気持ちを、また無駄にするのか。私はいつから、そんな卑怯者に成り下がったんだ。

「夏焼先輩の頑張りを、無駄にしないでください」

少しうわずった声で繰り返すと、菅谷さんはちょっと慌てたように、夏焼せんぱーい!!と声援を送る。

「・・・そうだよね」

私は軽く腰を浮かすと、菅谷さんに負けないぐらいの声で叫んだ。


「・・・みやびー!!」

果たして、みやびの耳には届いたのだろうか。
特に反応は返ってこなかったけれど、私は不思議と満足していた。


「・・・えへへ」

菅谷さんが、私の腕に手を絡めてくる。夏焼先輩、やっぱりかっこいいよね、って。

「今日の夏焼先輩、めっちゃ楽しそうだった」

手元のウチワをふりふり、独り言のように菅谷さんは言う。

「梨沙子的には、夏焼先輩ってクールなイメージが強かったんですけど、今日は違った。
それが寂しかったんですけど、でも、嬉しい事なんだって今は思います。好きな人のいろんな顔が見れるのって、お得なんじゃないかなって」
「わかるよ」

大きな喜びの中にある、寂しさや疎外感は、私もさっきまで味わっていたから。
でも菅谷さんは、自分の力でその気持ちに打ち勝った。私のように邪推していじけたりしない。とても強い愛情だなって思った。

「せっかくなんだし、楽しまなきゃだめだよね」
「そうですっ、メイドさんがつまらなそうにしてたら、夏焼先輩に失礼ですから!」

照れくさそうに笑うその顔は、舞台上の演者たちに負けないぐらい可愛く、眩しく感じられた。

「アンコールの曲、ギリギリで変わったんですって。もぉ軍・・・私の友達が裏方なんで、情報くれたんですけど」
「へー、さすが事情通」


“それでは、あと2曲になりますが・・・”


嗣永さんの声に、お約束の「えー!!」というレスポンス。
まあまあ、なんて宥めながら、ピアノに座る他校の生徒さんに合図を送った3人は、次の瞬間には、もう別人のようにシリアスな表情へと変化していた。
伏目から、ゆっくりと目線をあげたみやびと、視線がぶつかったような気がした。


「・・・言葉にしたら壊れそうで怖くて――」



――ああ、この曲は。

私は目を閉じて、透明感のあるみやびの声を体中で受け止めた。

私たちが、毎日一緒だったあの頃、放課後よく聞いた曲。みやびが好きだと言っていた、アイドルの楽曲だ。
先生に没収されないよう、空き教室の片隅に隠れて、イヤフォンを片方ずつ分け合って聞いた思い出が甦って来る。

“私、この曲、切なくて涙出てくるけど好きだなあ”
“そう?私はよくわからないなあ。言いたいことは全部言っとけば、こんな悲しい思いはしなくて済むんじゃない?”
“もー、みんながめぐみたいにはっきりできるわけじゃないんだからね”

みやびと交わした、他愛もない会話が頭をよぎる。

まるで、あの日の私たちに諭されているようだ。私が変えてしまった、運命。

「メイドさん?」

心配そうな菅谷さんの声。

「・・・ううん、大丈夫。じっくり聞きたいだけだから」
「そうですか・・」

目を開けたら、泣いてしまうかもしれないと思った。
今のみやびの歌は、今日のどの曲よりも感情が篭っていて、心に突き刺さるようだ。

「・・・ギリギリで、この曲に決まったんだっけ」
「そう聞いてます」
「そっか」

うぬぼれかもしれないけど、私のために選曲してくれたのかもしれない、なんて思った。
だから、今この瞬間を、大事にしなきゃならないって。
みやびが私にぶつけてくれる思いを、正面から受け止めて。


“どうしてだろう、ずっとこのまま 僕らは変わらない 無邪気に思っていたよ”

昔は何てことなく聞けていた歌詞が、今は重く深く、染み入ってくる。そして・・・


“ ―――っ”

「えっ」
思わず目を開ける。
みやびの後に続くはずのパートを、嗣永さんも愛理も歌わず、演奏だけが淡々と流れていたから。

「あれ・・・?」

菅谷さんも困惑顔だ。
歌詞を飛ばしたとか、歌い忘れた可能性もあるけれど、それなら慌てて歌い出すとかあるだろうに、真ん中のみやびだけが少し戸惑っているだけで、2人は涼しい顔で振りを続けている。


“・・・遥かに遠く続く明日のどこかで”

サビに入ると、また、みやびの声だけが響く。
私たち以外にも、異変に気がついたお客さんが出てきたらしく、ざわめきを肌で感じる。


「ねえ、この曲のパート割って・・・」

そう菅谷さんに話し掛けかけた私は、途中で言葉に詰まった。
菅谷さんは、なんとも形容しがたい表情で、みやびを凝視してたから。


「あの、これ。みやびちゃんのイメージカラーなんで」

そうこうしているうちに、私と菅谷さんの前に見知らぬ男子が現れ、赤いサイリウムを手渡してきた。


「え?何で?」
「ご協力お願いします!」

一礼すると、また違うお客さんの方へと走っていく。
周りを見渡すと、緑やピンクなどでカラフルだったサイリウムが、どんどん赤色へと変わっていってる最中だった。

「菅谷さん、これ」

2本貰ったサイリウムを菅谷さんに差し出すと、一瞥もせずに「私、持ってるんで」と言う。

あいかわらず、舞台上のみやびを怖い顔で見つめている。

話しかけてはいけないような気がして、私も黙ってステージへと意識を向ける。
やがて、サビが終わり、二番へと歌が移る頃、急に客席の照明が暗くなった。

停電、ではないらしい。
ステージにはライトが灯っているから、おそらく演出なのだろう。
さっき配られた赤いサイリウムの光が、カーネーションの花畑みたいに、客席を彩って美しい。
なぜ、あえてアンコールの曲が、みやび一人のものとなったのか。
それはよくわからないけれど、会場中のみんなが、その気持ちを受け入れ、応援しようと一体になっている。
だったら、私も。
そう思って、手を高く挙げかけたときだった。



「・・・座ってください、みなさん」

私の隣で、よく通る声で、菅谷さんが言った。


「え?」
「菅谷さん?」
「いいから、座って!」

おなかに力を込めた声に、私の周りの人たちは、慌てて着席し出す。
それに倣って座ろうとした、私の肩を、菅谷さんが掴んだ。


「メイドさんは、立ってて!」




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