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「わ、私?」

中腰の私のお尻を、一生懸命押し戻そうとする菅谷さん。
あんまり必死な様子の彼女に圧倒されたのか、「ここは梨沙子隊長に従って」とか周りの人まで言い出すから、しぶしぶ席に座るのはあきらめることにした。


“早く早く、座って!”
“この曲は座って聞くんだって、伝達が・・・”


さっきのサイリウム配布同様、ファンの人の連帯感はすさまじく、次々に着席していく。
なのに私が立っていれば、後ろの人に迷惑になるだろうし・・・変に目立って恥ずかしい気持ちもあるんだけれど、菅谷さんが私の席にみやびグッズをいっぱい置いてしまったから、もう立っていることしかできない。


“言っておかなきゃいけないことがいけないことが この世にはたくさんあるんだよね 本当は”

2番に入り、みやびももうとまどうことを辞めたのか、伸びやかな声で歌い上げていく。
親友の欲目もあるだろうけれど、学園祭ということを忘れてしまうぐらいのクオリティだ。
お客さんは、みんなみやびを見ている。みやびの歌に聞き入っている。愛理や嗣永さんのファンの人だっているのに、赤いサイリウムで埋め尽くされた会場は、今この瞬間、みやびのものになっている。

最初の動揺を見る限り、もともとは、3人で歌う予定だったのだろう。原曲もソロの楽曲ではなかったはず。
なぜこういう事態になったのかは知らないけれど、ある意味、私にとってはラッキーだったとも考えられる。・・・みやびの声に、みやびの気持ちに、全身で溺れる事ができるのだから。


みやびの心の色を灯したような、赤い光の中、艶のある歌声が伸びていく。

“繰り返してく季節の中で 甘えてたと気づいても きっと遅すぎて――”


瞼を閉じれば、今でもすぐに思い浮かべられる、みやびと過ごした日々。

スクールバッグを縦にしてリュックみたいに背負う、みやびの癖を真似してからかった帰り道とか、
放課後、喋りつかれて2人して眠っちゃって、見回りの先生にお説教くらいながらも笑いが止まらなかったこととか、
お母さんとケンカしたみやびと夜の公園で待ち合わせて、ブランコ漕ぎながら星空を見たこととか、
他愛もない、だけどとても幸せだった思い出が甦る。


今ならわかる。私たちはあのままで良かったんだ。無理やり離れるなんて、何の意味もない、愚かな行為だった。

距離を置かなければ、自分の心が、みやびでいっぱいになってしまうから?・・もう、とっくになっていたくせに。
私の存在が、みやびの世界を狭くしているから?・・・それは、私が考えることではなかっただろうに。

私はみやびのことが、大好きだった。大好きだから、その優しさに浸るのが怖くて、みやびのためだと言いながら、酷い考えを押し付けた。


そうして、逃げて逃げて、逃げ続けた道の先で、私を待っていたのは――


「あ・・・」


大サビに入る直前の間奏。
ふと目を開けると、ステージの左袖から、ぴょっこりと女子生徒の頭が覗いていた。


「千聖・・・」


ちょうど今、頭にその名前を思い浮かべていた、私の小さな主。
食い入るようにみやびを見ていた千聖は、その熱いまなざしのまま、私の方へ視線を移した。
目の動きがわかるような位置じゃないけれど、わかる。


わがままで、子供っぽくて、泣き虫で。
出合った頃の千聖は、私みたいに、好きな人の気持ちを思い通りにしようとして、でも出来なくて、いつも泣いていた。
そんなお子ちゃまが、まさか人の仲直りの仲介役を買って出るなんて。

基本的に、自分自身の問題を、誰かにまぜっかえされるのは好きじゃない。
だけど、今日は不思議と腹が立たなかった。
そりゃあ私にだって意地はあるから、さっきは「余計な事しないでよ」なんて言ってしまったけど・・・本当のところ、嬉しかった。


千聖には、人の心の機微を読み取る力がある。
きっと、早いうちから気がついていたのだろう。千聖と舞波さんのことに首を突っ込む私の、本当の意図に。
そして、私自身が立ち上がらなければならなくなった時、力になりたい、ってずっと思ってくれていたに違いない。


「・・・ふん、千聖のくせに、とか言ってw」

SサイズのスタッフTシャツを着た、小さな体が、とても頼もしく、大きなものに感じられる。

千聖が一生懸命繋ぎなおしてくれた、私とみやびの絆。
もう二度と、自分から切り離すような真似はできない。


“ありがとう”


心の中で、そう語りかけると、千聖の表情が和んだ。・・・本当、不思議な子。萩原さんの気持ちとかには気づいてあげないくせに、こういうのはわかっちゃうんだ。



そして、もうすぐ間奏が終わるという頃、千聖はなぜか右手を高く掲げた。いたずらっこのような、可愛らしい表情で。
次の瞬間。頭の上で、バチッという音が響き、急に目のまえが白く眩んだ。



「な、なんだ??」

慌てて目を擦る。落ち着いて周囲を見渡すと、どうやら灯りが点いているのは、私の頭上だけのようだった。そして・・・


“・・・君が寂しいときにだけ 思い出すような 僕ならいらない―――!”


一際情感の篭った、熱を帯びたような歌声が、会場に響き渡る。
あまり声を張り上げる事のないみやびだからこそ、その声は胸に刺さるものがあって・・・
まだ曲は終わっていないというのに、どこからともなく拍手が巻き起こった。

そしてその喧騒の中、みやびははっきりと、こちらを見ていた。
赤いサイリウムのお花畑の先で、私を待っていてくれるかのように。

ステージ上の灯りも絞られ、今照明が当てられているのは、みやびと、・・・客席の、私だけ。いつの間に、こんな演出が決まっていたのだろう。
さっきの千聖の、してやったりって感じの顔を思い出す。


「・・・余計な事、しないでって言ったじゃん」


つぶやく声に、傍らの菅谷さんがイヒヒって笑うのが聞こえた。




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