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僕の高校はその後も休校が続いた。

テレビからは連日、事態がますます悪化して深刻になっていることが伝えられている。
その画面には固定カメラが捉える立方体の建造物がずっと映しだされていた。

怖かった。
本当に全てが終わりになってしまったりするのかと。

外に出てこよう。何か行動していないと悪いことばかり考えてしまい精神的にきつい。

自分を見失うな、という桃子さんの言葉を思い出す。
僕が今すべきこと、それは何なんだろう・・・・


今日は3月15日。
本来だったら、今日、僕は大勝負を挑むつもりだったのだ。

ひょっとして卒業式やってるかも、と思った僕は制服をきちんと着こんで学園の正門にやってきた。

でもやはり、そこには学園の生徒さんの気配は全く無かった。
正門の横の掲示板には「中等部卒業式中止のお知らせ」の告知。

覚悟はしていたから特に驚きはなかった。
まぁ、そうだろうな。
中等部の卒業式はたぶん中止になるだろうって桃子さんも言ってたから。


張り紙を呆然と眺めていると、正門の向こうに一人学園の生徒さんが歩いてきた。


く、熊井ちゃん!?



「熊井ちゃーん!!」 

思わず大きい声で彼女を呼んでしまった。
僕に気づいた熊井ちゃん。ゆっくりとした歩みで近寄ってきてくれる。

「えーじ? なにやってんの、こんな所で?」
「熊井ちゃん!!」
「えー、何? なに泣いてんの?」


僕は熊井ちゃんに会いたかったのかも知れない。

結構前から、僕にはその自覚があったのだ。
僕は彼女、熊井友理奈という人間に対して、絶大なる信頼を寄せているということを。
いまこそ彼女の声を聞きたい。熊井ちゃんに励ましてもらいたい。行く手を照らして欲しい。

不安に押しつぶされそうな毎日を過ごしているところで熊井ちゃんに会ったのだ。
今まで無意識に抑えていた感情が一気に噴き出してくるのを感じた。
だから、ここ数日でずっと心の中でもやもやしているものを熊井ちゃんにぶつけてしまった。

「僕はさ、いてもたってもいられないんだ。今すぐ現地に行きたい。何か力になりたいんだよ」

「気持ちは分かるけどさ、そういう訓練を受けてない経験も無い、そんな人間が現地に行っても果たしてそれが力になるのかな? 現地で全てを自分の力で賄えるの?  第一、行くって言っても交通機関は全部止まってるんだよ」

変に気持ちが高ぶってる僕とは対照的に、熊井ちゃんは普段と変わらなかった。
でもこんな今だからこそ、それがとても安心感を与えてくれたんだ。

「熊井ちゃんも先生と全く同じことを言うんだね」
「だからさ、うちも考えたよ。それで、うちはうちに出来ることをやろうと思って。生徒会室からこれ勝手に借りてきちゃった」

熊井ちゃんが小脇に抱えているのは、透明なプラスチックで出来た大きい箱。
その箱にはこう書いてあるステッカーが貼ってあった。

(がんばろうニッポン! 義援金にご協力をお願いします。)


熊井ちゃんの手書き・・・・
これは怪しすぎる・・・・

こういうのって、やっぱりパソコンとか使って、ちゃんと活字でステッカーに印刷するべきじゃないのかな。
いや、それ以前に、こんな実行している組織名もわからないような怪しい募金箱、お金を入れてくれる人いるんだろうか・・・

でも、熊井ちゃんのその表情には一点の曇りもなかった。彼女は本気でこれをやるつもりなんだ。
それだったら、僕のとるべき行動はただひとつ。

駅に着くまで熊井ちゃんは何も喋らなかった。
そして、僕も黙っていた。
道行く人達の表情も重くて気軽に話しができるような雰囲気ではなかったし、そういう気分でもなかったから。

熊井ちゃんに聞きたいことはある。
みんな無事なんだろうか。
舞ちゃんは? お嬢様は?
熊井ちゃんなら知っているんじゃないか。

でも、熊井ちゃんはいつもと変わらず同じ様子だし、だからみんな大丈夫なんだろう。
何も言葉がなくても、目の前の熊井ちゃんを見ていると、きっと大丈夫なんだと確信できる。
それは、桃子さんがあの日言ったあのセリフと同じ意味を持っているんだ。

自分でもびっくりする。その達観した自分の考え方に。
刻一刻と状況が変わるような毎日を過ごして、自分の目で確かめた以外の情報を求めなくなっているのかもしれない。
伝聞で聞いた過去の情報が今現在も正しいとは限らない、悲しいけど今回それを嫌というほど思い知らされたのだから。

信じること。今はただそれだけ。

でも、いま横を歩いている熊井ちゃんの真っ直ぐに前を見据えるその表情。
これを見れば僕の言ってることの意味が、きっと分かってもらえると思いますよ。

駅前に着いた。
熊井ちゃんが得意気に僕に言う。

「知ってる? こういうのをする時はね、あらかじめ届け出ないといけないんだよ」

駅前の交番に向かうが、そこは留守だった。
すると熊井ちゃん、ノート破いて書いたメモを交番の机の上に置いた。

(駅前で募金活動を行います。人員は2名。終了予定時刻は未定。箱が一杯になるまで。以上 熊井友理奈)

今一度、制服のリボンをしっかりと整える熊井ちゃん。
今日の熊井ちゃん、やけに制服をきっちりと着こなしているなと思ったら、こういうことだったのか。

「じゃあ、始めようか。駅前の階段の下あたりがいいかなー」

そういって、ポンポンと箱を叩く熊井ちゃん。
一番はうちが入れると言って熊井ちゃんはクマさんの財布を取り出すと、そこに財布の中身を全部入れた。
じゃあ二番目は僕だ。僕も同じことをする。

「表情が硬いよ。そんな顔してたら誰も寄ってきてくれないでしょー。うちらが不安を与えてどうすんのさ」

そうだな。その通りだ。何のためにやるのかをしっかりと心に刻んでおかないと。

「みなすわーん!義援金のご協力お願いしまーす!」

熊井ちゃんが声を張り上げる。
さすが熊井ちゃん、全く物怖じしていない。
僕は気恥ずかしくて、情けない声しか出せないのに。

あの怪しい募金箱を見たときは半信半疑だったのだが、そのうちお金を入れてくれる人がぽつぽつと出始めた。

「ありがとうございますっ!」

熊井ちゃんの笑顔。
その効果なのかもしれない。入れてくれる人がだんだん増えてきた。

子供たちがその小さい手でお金を入れてくれたり。
子供たちに腰をかがめる熊井ちゃんを見たお年寄りが、手を合わせながらお札を入れてくれる。
驚いたことに、福沢諭吉のお札を入れてくれるおじさんおばさんとかお年寄りが何人もいたんだ。
ご苦労さんとか頑張ってと言ってくれながらお金を入れてくれる人もいる。

この人たちに力を貰って、心が暖かくなって、僕は泣きそうになってしまった。
全く知らない人達から勇気を貰い、僕の義援金を呼びかける声にも自然と力が入っていく。
気持ちっていうものは、こうやって連鎖していくんだ。
それを繋げて行けば、きっと大きな力になるだろう。だから僕ももっと気持ちを前面に出さなければ。

いつの間にかかなりの人が集まってきて、どんどんお金が箱にたまっていく。
これは、案外いい調子で集まるかも知れないな、なんて思った。
案ずるよりも生むが安し、か。熊井ちゃんの行動力は凄いな。感謝しなくちゃ。

ちょっと催して来てしまった。
熊井ちゃんに小声で、ちょっとトイレ行ってくる、と言ってその場を離れた。


用を済ませて戻ろうとすると、義援金を呼びかけている熊井ちゃんの姿が目に入ってくる。

その熊井ちゃんの立ち姿は、本当に、気高くて、神々しくて・・・
僕はしばし立ち止まってその姿に見とれてしまった。

熊井ちゃんって本当に凄いな。
僕が出来もしないことを頭の中だけで考えていたとき、彼女はしっかりと自分のやることを見出していたんだ。
そしてそれを実行してしまう。

彼女は一人でこれをやろうとしていた。
僕は一人だったら、はたしてこんなこと、やろうとすら思っただろうか。




そのとき、パトカーが走ってきて駅前広場の前に停まったのに気づいた。
そのパトカーは赤色灯を点灯させている。
停車したパトカーからあわただしく降車した警察官2名が駅前に小走りで向かう。

何かあったのかな?



・・・って、ええええええ!?


警察官が目指したその目的地は何と、募金活動をしている熊井ちゃんその人だったのだ。




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