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僕は状況が一瞬理解できなくて固まってしまった。

警察官が熊井ちゃんに何か問いかけている。それに対して熊井ちゃんが何か身振りを交えて説明しているのが見える。
が、どうにもコミュニケーションが取れているようには到底見えない。
警察官の苛立ちがここからでも目に見えるようだ。

まずい!
彼女のくまくまトークでは、警察の人が期待しているような理路整然とした返答をするのは到底無理だ。

僕は熊井ちゃんの元へとダッシュした。



「だから、何かそれを証明できるものは無いの?」
「えー? そんなもの無いです。でも、うちの御先祖様に誓ってやましいことなんか全くないですからっ! 人様に後ろめたいことはするな、っていうのはうちの家訓の、えーと、えー?それ家訓そのいくつだったっけ?・・・
「熊井ちゃん!」
「何だお前は!?」

ひいいぃ!怖い!!

やってきた警察官はよくいる街の交番のお巡りさんとは違う部隊の人のようだ、よくテレビ番組の年末の特番とかに出ているような。
僕達を不審者として認定しているのか、僕らに対するその圧迫感は凄かった。
敵意むき出しのこんな怖い形相の人達相手に、熊井ちゃんはくまくまボイスでひとり渡り合っていたのか。
誰が相手であろうと決して自分のペースを崩さないのは凄いな、なんて思ったが、そんな感心をしていられる状況ではなかった。

僕も警察の人とやり取りするのは初めてのことではないが、こんな緊迫している状況の当事者になったことはない。
何なんだ、この状況は。

「彼女と一緒に義援金活動をやってるんです」
「その義援金なんだけど、君達はどこの団体の人?」
「いえ、そういう団体とかではないです。僕達は個人的な活動としてやっていることなので」

受け答えするだけで汗が出てくる。
これが国家権力と対峙している緊張感なのか。
喉が渇く。

「個人的な活動だって? 駅前で義援金詐欺かもしれないことをやっていると通報があったから来たんだけどね」
「つ、通報って、それって僕達のことなんですか? そんなの何かの間違いじゃn
「義援金詐欺ってぬわんですか!! うちらがそんなことをするような人間に見えるんですくわぁ!?」

警察官の発した言葉に熊井ちゃんのスイッチが入ってしまったようだ。
熊井ちゃんの足が一歩前に出る。

だめだ!!
だめだよ、熊井ちゃん!!

警察官に手を出したら只では済まなくなっちゃうよ。熊井ちゃん、落ち着いて。
必死で熊井ちゃんを止める。

いつもマイペースでおっとりしている温厚な熊井ちゃん。

その彼女がこんなに激高するなんて。
熊井ちゃんのそんな姿、最近はすっかり見なくなっていた。こんなの見るのはいつ以来になるんだろう。


昔は結構こういう姿を見ることもあった。
特に一番憶えてるのは、あれはまだ小学校4年か5年ぐらいの頃のことだったかな。

男子が熊井ちゃんの、あれは何だったっけ、みかんのキーホルダーだったかオレンジ色のビー玉、それを取り上げたやつがいて。
それを男子みんながリレーして「やーいデカ熊、取りに来てみろよー」とか言ってからかったんだ。
最初はそんな挑発にも熊井ちゃん全く動じないで、下らなく騒いでいる男子をライオンのような鋭い目つきで見回していた。

ところが、男子のガキ大将格のやつが「こんな小汚ねーの回してくんなーよ」とか言ったんだ。
そうしたら、あの時の熊井ちゃん、それはそれは怒ったっけなあ。
ガキ大将相手に文字通りボコボコにしてたっけ。
そしてキレた勢いそのままの熊井ちゃんに、最終的には男子全員シメ上げられたんだ。
それにしても、熊井ちゃん何であの時だけあそこまで怒ったんだろう?


もうずいぶん昔のことをこんな時に思い出すなんて。
こんなに感情を露にする熊井ちゃんなんて、今ではもう本当に珍しいことだからこれには驚いてしまった。

そうだった。
すっかり温厚になった最近の姿に慣れていたから、忘れかけていた。本来持ってる彼女の気の強さというものを。


熊井ちゃんがいつもと変わらない様子だなんて、とんでもなかった。
彼女はいつもと変わらないその外見の中に、とてつもなく熱い想いを宿していたのだった。

このあと目の当たりにする光景、それを僕は生涯忘れないことになる。


「そもそも道路占有許可は取ってるのか? 許可書を見せなさい」
「それなら駅前の交番に断ってあります」
「それじゃ正式な許可は取っていないんだな。それじゃあ、ここでこういうことをしているのは違法行為ってことじゃないか」
「えー?なんでですか? 何も悪いことしていないのに違法行為って、それっておかしいじゃぬゎいですか!」

やり取りする警察官。もう一人は無線で応援を呼んでいるようだ。
大事になってきちゃったよ。
絶体絶命。
それでも一歩も引かない熊井ちゃん。

「どうにも埒が明かないから、ちょっと警察署まで来てもらおうか。パトカーに乗って・・・」
「えー、いやです。こうやって言い合ってる間の時間でさえ無駄で勿体ないのに、そんなヒマがあるわけ無いです。お断りします!」
「ふざけるな。それはそっちが決めることじゃない! 大体、いま社会が大変なことになってるのを知らないのか。状況をわきまえろ」
「お巡りさんこそ何を言ってるんですかぁ! いま大変なことになってるからこそ、やってるんじゃないですかっ!!」


熊井ちゃんが真顔で警察官に言い放った。

その言葉に、僕は武者震いが止まらなかった。

目の前で繰り広げられた今の光景、僕は絶対に忘れない。
このとき僕は、たとえ警察を敵に回したとしても、熊井ちゃんにどこまでも付いていこうと決心した。


その時、まわりで見ていた人達から拍手が起きたんだ。

いつの間にか、けっこうな数の人達が僕達を囲んでいた。駅の階段からもたくさんの人達が見下ろしている。
そして、それらの人達から声が飛んできたのだ。

「その子の言うとおりだろ!!」
「俺はずっと見てたよ。その子がまじめに呼びかけてる姿を。お巡りさん達は後から来て何言ってんだ?」
「そうだ、そうだ! みんなそのお姉ちゃんと同じ気持ちだよ。よし、俺も。これぐらいしか入れられないけど」

そう言ってお金を入れてくれる人がいて、その後にも入れてくれる人が続いた。

さっき手を合わせながら募金していたおばあさんが警察官に言う。

「この娘さんは本当にずっと頑張っていらっしゃる。目を見ればわかる。この人は悪い人なんかじゃねえ」


これには驚いた。
こんなに周りの人が味方についてくれるとは想像もしていないことだったから。
勇気百倍だ。僕らは決して間違ったことをしていない。

それにしても熊井ちゃん、この短い時間でこんなにも大勢の人の心を掴んでしまっていたのか。
熊井ちゃんは人を引き付ける何かを持っている。
今までも幾度となく見てきた彼女のこの不思議な能力、いま正にその真価を発揮している。
そしてそれは、きっと今後も彼女の身を何度も助けてくれることだろう。


群集が僕らの味方になるという状況に、警察官もちょっと困った表情になっていた。

そこに別のお巡りさんがやってきた。
初老のそのお巡りさんがこう言った。熊井ちゃんの書いたメモをひらひらさせながら。

「交番に戻ってきたら、こんなのあったんだけど、あなた方かい?」

部署が違うと、警察官の人当たりもだいぶ違うようだ。

「そうです。それはうちが書いたんです」

やってきたお巡りさんと先に来ていた警察官が何やら話し合っている。

「うん、話しはだいたいわかった。義援金ってどれだい? おう、大分集まってるね。でもね、こういう行為はキチンとした組織でないと誤解を招くからね。だから、この時点で終了してください。そして、その集まったお金はどうするつもりなの?」
「日本○十字社の義援金口座に振り込みます」
「なるほど。じゃあさ、今日まだ間に合うからこれから振込みに行こう。本官が立ち会うから」
「はいっ!」

「あとね、振込み終わったら交番に戻ってきて顛末書を書いてもらうからね」
「顛末書ってなんですか?」
「あなた方のした事の詳細を聴き取って公式文書として記録しておくんです。集めた善意のお金が関わってることだからね。」
「わかりましたっ。あと、ひとつお願いしていいですか? 駅前交番の掲示板を貸してもらえますか? 振り込んだその証紙と皆さんへのお礼を張り出して告知したいんです」
「うーん、本当はそういうのダメなんだけど、まぁ特別に許可しよう。本当にこれは特別だよ」

やり取りを見守っていた群集へ向き直って、熊井ちゃんが深々と一礼する。その後ろで僕も慌てて頭を下げる。

「みなさんのお陰でたくさんの義援金が集まりました。本当にありがとうございましたっ!!」

満場の拍手を浴びる熊井ちゃん。ねぎらいの声援まで飛んでいる。
その時まるで熊井ちゃんにスポットライトが当たっているような錯覚まで覚えて。
この場の興奮した雰囲気、そんな大勢の人を前に立つ熊井ちゃんの堂々とした立ち姿。

それは、まるでステージに立つ大スターの姿そのものだった。


熊井友理奈。
僕はこんなに凄い人のそばにいたんだ。

交番を後にしたときはもうとっくに夜になっていた。

「カツ丼食べさせてくれると思ったのに、何も出てこなかったねー。あははは」
「それにしてもあんなに凄い金額になるとは驚いたよ。本当に募金してくれた人にはありがとうって伝えたいね」
「あんなに人が集まってたんだから、歌の一曲でも歌えばよかったかなー。そうしたら、もっと募金も集まったかもねー」

しーんぱーいないからねー♪ なんて口ずさむ熊井ちゃん。

僕は立ち止まって、彼女に言う。
それは思ったより改まった口調になってしまった。

「ねぇ、熊井ちゃん」
「んー? 何?」
「僕はさ、熊井ちゃんとはけっこう前からの知り合いだし、それなりに熊井ちゃんのこと知ってるつもりだったけど」
「何が言いたいの?」

「今日の熊井ちゃん、カッコ良かった。シビれたよ。すっごく」
「えー? 何言ってるのー?」
「熊井ちゃんのこと、僕は心から尊敬してるから」
「ウケるー。そんなこと言っても何もおごらないからねー。あっ、そうか今お互い無一文なんだっけ。あははは」

僕は今とても気分が高揚してるのかもしれない。
心で思ったことをストレートに口に出すことが出来る。


あぁ、舞ちゃん。今日会うはずだった舞ちゃん。
でも、結局会えなかった。
つぎ彼女に会ったときにも、僕はこんな風に相手に真っ直ぐ気持ちを伝えることが果たして出来るのだろうか。



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