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春、4月。
桜が満開になった。
今年も変わらず咲いた桜は、いつもの年よりも美しく思えて。

朝、いつもしていたように通学途中で彼女が通るのを待つ。

学園の生徒さん達が通り過ぎていく。
再びこのような光景を見ることが出来たこと、一言では言い表せない。
目の前に広がる日常の光景。
ここに戻ってこれたんだな・・・・

今でも夢を見ていたんじゃないかと思う。
あの日以来に体験した出来事、それは僕にとって決して忘れられないし、忘れてはいけないことなんだろう。



今日、最初に会えたのは寮の皆さんではなく、梨沙子ちゃんだった。
僕に気づいた梨沙子ちゃん、これは面白いものを見かけたとばかりの顔をする。

「もうすぐ舞ちゃん来るよ。さっきあっちで岡井さんとじゃれあってたからね。イヒヒヒ」

ここでりーちゃんに会うというのも、ここのところの出来事を思い返すと、何か暗示的ではないだろうか。
うん、ちょうど良かった。

梨沙子ちゃんに聞きたいことがあります。


「梨沙子ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

あらたまって真顔で問いかける。
僕のその真剣さに対して、梨沙子ちゃんのかわいい顔はちょっと引き気味。

「わたしに? な、なんでしょう・・・?」
「あのさ、今更なんだけど、もぉ軍団って男子でも入れるのかな?」
「えぇっ!? もぉ軍団に入りたいの? 本気で?」

りーちゃんドン引き顔。

「うん、もちろん。真面目に聞いてるんだけど」
「そ、そうなんだ・・・・」

僕の本気度を分かって貰えたのか、梨沙子ちゃんはちょっと考え込んだ表情に。
彼女のこういう真面目なところ、とても好きです。

「そんなのりぃの一存では決められないけど、でもわざわざ道を踏みはずすような事はやめておいた方がいいんじゃないかなぁ。何も得することないよ。軍団員の私が言うのも何だけど」
「・・・・・」
「それに、いいんちょさんにも徹底的に目をつけられちゃうよ。それは都合悪いんじゃないの?」
「そっか・・・やっぱりもぉ軍団に入るには、もっと立派な人間でないとだめだよね・・・ もぉ軍団に入るにふさわしい立派な人間に僕はきっとなってみせるから。それまで待ってて」
「?? 何を言ってるのか意味がわからないゆー」

怪訝そうな表情を浮かべた梨沙子ちゃんが行ってしまうと、彼女が言った通りその後に2人がやって来た。

満開の桜並木の下を歩いてきた千聖お嬢様と舞ちゃん。
あのあと、初めて見るお二人の姿。

舞ちゃんと出会ってから、こんなに長い期間彼女に会えなかったことは今まで一度も無かった。


2人は同じ色の制服に身を包んでいた。
舞ちゃんの、その青い制服姿。

かわいい。そして、美しい。
舞ちゃんに似合ってます。
舞ちゃん、少し髪が伸びたんじゃないだろうか。
そのせいもあるのか、高等部の制服姿の舞ちゃんはとても大人っぽく見えた。

その姿を見たとき、また涙がこみ上げてきた。
ここのところ泣いてばかりだ。

でもそれはしょうがないことだろう。

ここには前と変わらない日常がちゃんとあったのだから。
それが、どんなに嬉しいことなのか。そしてどれほどありがたいことなのか。

今の僕は、まだ気分が少し高ぶったままなのかも知れない。
これなら、今思っている僕の気持ちを、そのまま口に出来るかもしれない。

お嬢様が立ち止まってくれた。
珍しく舞ちゃんもそれに従ってくれる。

僕に声をかけてくださるお嬢様。

「ご無事でしたのね。良かった・・・」
「お嬢様もご無事で・・・・舞ちゃんも」

お嬢様がそんな行動を取ったというのに、舞ちゃんはそれを止めるでもなかった。
普段だったら、こんなの鬼の舞様モード全開になるのに。
平穏な日常に戻りつつあるが、まだそれは完全ではないんだ。

言うのなら今しかないのかもしれない。

お嬢様に向かって返事をしたあと、僕はお嬢様から舞ちゃんに視線を移す。
舞ちゃんと視線が交わる。

「舞ちゃん、良かった・・・・・また会えて・・・・ずっと考えてたことが・・・・」

口に出すと、気持ちが高ぶってきた。
いけるだろうか。

「舞ちゃん!」

こういうのは勢いだ。いってしまえ!

「舞ちゃん、お願いします。僕と・・・・」

そこまで言ったところで、次に発するべき言葉の意味に一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけ躊躇してしまった。
言葉に詰まってしまったほんの一瞬、その空白が命取りとなった。

僕の視線の先には、真顔だとちょっと怒ってるように見えてしまう舞ちゃん。
そしてその後ろからは、これ以上ないぐらい目を輝かせて次のセリフを待っているお嬢様のお顔が。

それらのお顔に見られていたら、軽く意識が飛んだ。
そして、意識が飛ぶとともに僕の決心もまたどこかに飛んでいってしまった。

「舞ちゃん、、、え~と・・・ご、ごめんなさい」

「はぁ? なんであやまるんでしゅか」

なんで謝っちゃったんだか、自分でもわからない。
舞ちゃんに気持ちを伝える勇気を結局出せなかったことを謝ったのかもしれない。

あと、背後のお嬢様の期待に応えることが出来なかったことにも、かな。

でもそれは、お嬢様のせいでもあるじゃないですか。
そんな興味津々の顔で見ている人がいる前で、告白なんか出来るわけないですよ。

あれほど、舞ちゃんが一人になるのを待ってからそれを言おうとシミュレーションしていたのに。
そんなの、すっかり忘れてしまっていた。
もう遠い昔のことのように感じる。

でも、舞ちゃんを前にして弱気になってしまう自分を見ると、それが戻ってきた日常というものを表しているような気がして。
気持ちをストレートに伝えられなかったことが、残念なような、でも嬉しいような、それは複雑な感情だった。

僕の意味不明の発言に若干の苛立ちを浮かべた顔を僕に向け、歩き始めた舞ちゃん。

それでも、まだ僕には言うべきことがあるわけで。

「舞ちゃん、高校進学おめでとう!」

僕に向けられたのは、やはり上から目線で見下されるような冷たい視線だったけれど、舞様の口角がほーんの少しだけ上がったのを僕が見逃すわけがない。
最高のご褒美ですね。

舞ちゃんに続いてお嬢様が僕の前を通り過ぎるとき、お嬢様は温かい聖母のような笑顔を僕に向けてくれた。
この数週間、きっと数え切れないくらいの人がこの笑顔に勇気付けられてきたんだろう。

お嬢様の笑顔と舞様の冷たい視線。

嬉しかった、本当に。

舞ちゃんに冷たい視線をされて嬉しくなるという、以前の日常が戻ってきてくれた。
当たり前のことがそこにあるってことが、どれだけ有難いことなのか。

僕はこれからそれを決して忘れないだろう。


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