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駅という場所は好きだ。別れと出会いの場所。そこには人生が交錯している。

今日の物語は、その駅で僕を呼ぶ声が聞こえたところから始まった。
その声に振り向くと、そこに立っていたのは汗だくの長身美少女だった。


熊井ちゃん。

・・・・またか。この夏彼女に会うのは何回目だろう。
僕を呼び止めるその声を聞いたとき、いやな予感がしてちょっと緊張したのだが、その姿を見て安心した。
今日は3人組ではなかったから。

この夏は何回振り回されただろう。熊井ちゃん含むその3人組に。

例えば直近では花火大会。
そのときは朝から河川敷で場所取りをさせられた。
いい場所を押さえるには、朝も早くから場所取りしなきゃいけないらしいのだ。
何故その役が軍団員でもない僕にまわってくるのか全く意味がわからないが。

朝から待つこと十数時間。本番直前になって、ようやく彼女達はやってきた。
そのとき僕の隣に座ったのが梨沙子ちゃんだったので、そこで一気にテンションが高まった。りーちゃんと花火見物きたこれ!!
今日も暑かったなあ、そんななか頑張って場所取りをしたのもこれで報われる、と思ってたらニッコリと言われたんだ。

「少年、ご苦労さん! もう帰っていいよ」

とんでもない話だ。

まだある。
川原でバーベキューをしたときだって、誘われたのは最初から全ての準備を僕にやらせるためだったのだ。

暑い日差しの中、食材を買出しして機材一式を運んで炭をおこして。その準備は全て僕一人。
炎天下ひたすら真っ赤に燃える炭を前に格闘していた。暑い。もうすぐ彼女達がやってくる。
そうだ、まず海老から焼いておいてあげようっと。海老はたくさん買ってあるのだフヒヒヒ。

万端整ったところへやってきた彼女達。
その姿を見て立ち上がったら、そこで意識が遠のいたのだった。
・・・・熱中症にやられてしまうとは。

寝込んでいた僕が次に目を覚ますと、視界に入ってきたのはあらかたのものを食べ尽くした彼女達だった。
もう何も残っていないだろうな。
疲れた・・・でも、まぁ喜んでもらえたみたいだからいいか。熊井ちゃんが睨んでるけど、まだ意識が戻らないふりしてごまかそう。


思い返してみると、ひどいことをされないで済んだことなんか無いじゃないか。
それから、カブトムシ狩りあの時だって・・・・


そのとき、熊井ちゃんの言葉で我に返った。

危ないところだった。脳内がどす黒いオーラで満たされてしまいそうになっていた。憎しみのスパイラルに陥る前に戻れてよかった。
ありがとう、熊井ちゃん。僕を引き戻してくれて。

熊井ちゃんが僕に言ったその言葉は意外なものだった。

「ねぇ、海に行かない?」

海、ですか? 僕と? 
そりゃ、行くかと聞かれれば答えはひとつ。「行きたい!」だ。

いいですね、海!!
僕にとって今年初の海水浴だ! 身も心も解放できそう。はじけっちゃえー、雲つきーぬけてー!みたいな。シュワッシュ!!
しかし、まいったなあムフ、熊井ちゃんの水着姿かぁ・・・・ムフフフ

「いいね、海!いつ行く?」
「これからすぐに」
「これから? じゃあ、着いたらもう夕方になっちゃうよ。それから泳ぐの?」
「泳がないから」
「じゃあ、水着は?」
「水着ってなにさ?」

いや、その、真顔で問いかけられても困るけど。
やっぱり海って言うから泳ぐのかなーと・・・

でも、まぁ夕暮れの海っていうのもロマンチックだね。
泳がないのは残念だけど、夏の終わりの一シーンとしてそれはそれでアリかもしれない。

熊井ちゃん、海を見に行きたいのはわかったけど、でもどうして僕を誘うんだろう。

ひょっとして、熊井ちゃん僕のことを・・・・
なーんて。
これが他の人だったらそういう妄想一直線なんだけど、相手が熊井ちゃんだと何故か全くその発想にはならない。

「だって、電車の乗り換えとか詳しいでしょ。ガイド役は必要だよね。あと暇つぶしになる話し相手。それと面倒事を頼む雑用係もね」

なるほど、納得です。
花火の場所取り係とかバーベキューの準備係と同じ意味ですね。

ターミナル駅で乗り換え。ここから小田急線に乗る。ここから海に行くんだったら江の島あたりの海岸かな。
ちょうど江ノ島行きが無かったので、小田原行きに乗る。これに乗って、相模大野で乗り換えればいい。

「ロマンスカーに乗りたかったなー」
「お金かかるから我慢だよ熊井ちゃん」

やって来た電車にはドラ○もんとかのキャラクターがラッピングされていた。
ちょうど乗り込んだドアの横にもキャラクターが描かれている。このキャラ知ってる。チンプイだ、これ。

熊井ちゃんと隣り合って座る。
しばらく黙っていた彼女が急に僕に話しかけてきた。

「最近、舞ちゃんに会った?」

何だいきなり? 


舞ちゃん・・・・

この夏、舞ちゃんに会ったのはたったの1回だ。
本当にただ「見かけた」というだけのことだけど、あれは僕のこの夏最高の思い出。

それは夏期講習に向かう途中のこと、お出かけする舞ちゃんに1回だけ会ったのだ。
そのときの私服姿の舞ちゃん、かわいかったなあ。夏らしく爽やかな格好に、たすき掛けにしているポシェット。それがまぁ本当に可愛らしくて。

そしてですね、そのポシェットの肩紐のおかげなんですけど、そのせいでむ胸のふ膨らみが強調されていていて・・・・
ここだけの話、僕の視線はその柔らかそうなふたつの(ryにすっかり釘付けになってしまったのです。
これは何という眼福だろう。でも、彼女に気づかれる前に凝視をやめないと。でもでも。
その葛藤たるや、この夏最大の難問と言っても過言ではなかった。

舞ちゃんはどんどんかわいくなっていく。今この時の舞ちゃんには今しか会えないのだ。
あぁ、もっと舞ちゃんをずっと見ていたい。遠目ではなくもっと間近で見ていたい。それが許される関係になりたい。
でも、いまの僕はその立場ではないわけで。もどかしい思いに押しつぶされそうだ。恋がこんなに苦しいものだなんて・・・・・

甘美な思い出にもっと浸っていたかったが、それは許されなかったようだ。
彼女は容赦なく僕を現実に引き戻す

「好きな相手に全く振り向いてもらえない気持ちってどんなの?やっぱりつらい?」

それを僕に聞くのかよ。
って、振り向いてもらえないって決め付けないで下さい。

それってやっぱり、僕の舞ちゃんへの想いを踏まえて聞いてるのんだろうな、今の話しの流れから行くと。

それなら自信を持って答えられる。
僕の個人的な考えとしては、そう簡単に振り向いてもらえないところがいいんじゃん!と思ってるんだ。
が、それは僕が舞ちゃんに対して思う特殊な感情なんだろうか。
それって変なのかなぁ? その辺が自分でもちょっと分からないんだ。

「全くつらくなんかないよ。僕は見返りを求めてるわけじゃないから! まぁ、無償の愛ってやつだね」

ちょっとドヤ顔になってしまったかも。そんな顔で言った今のセリフは、それはさぞかし気持ち悪い光景だっただろうと我ながら思う。
でも、幸いなことにと言うか、相手は熊井ちゃんなのだ。
彼女は当然のように僕の話など全く聞いていなかった。

「そうだよね。想いが伝わらないとやっぱりつらいよね。それでも想い続けていられるものなんだね」

ハナから人の話を聞く気が無いのなら、質問なんかしないでくらさい。

でも、そんなにつらいことだろうか。
何があろうと想い続けるなんて当たり前でしょ。僕の愛はいつまでも不変なのだから(キリッ

それにしても、意味深な発言だな。
ひょっとして、熊井ちゃん誰か振り向いてもらいたい人でもいるんだろうか。

彼女にしては珍しく真面目な話をするもんだから、僕もつい更に語ってしまった。

「何のこと言ってるんだがよく分からないけど、振り向いてもらおうとかそういうふうに思うとつらいんじゃないかなあ。
自分の気持ちがあれば、それでいいじゃん。きっといつかはその想いは相手にも伝わるよ。
もし伝わらなかったとしたら、それはそういう運命なんだよ。そのときは潔くあきらめるしかないことだし。僕はそれでもいいとさえ思ってるよ。
でも、それでも僕はね、きっといつかは振り向いてもらえると信じているんだけど・・・」

もちろんいま僕が頭の中に思い浮かべているのは舞ちゃんのことだ。それゆえ、つい熱くなってしまった。
そこまで語ると、自分の言ったセリフにちょっとテンションが上がった。
はたして分かってもらえたのかなと、隣の熊井ちゃんに顔を向けると、

熊井ちゃん、いつのまにか熟睡してるし・・・・

僕は電車の中、一人で何を熱く語ってたんだろう。


気が付いたら、僕も熟睡に入っていた。

ふと目覚めると、ちょうど駅を発車するところだった。そこには「えびな」の文字が。
しまった!乗り過ごした。乗り換えるべき駅を過ぎてしまっている。

「熊井ちゃん、起きて! 乗り過ごしちゃったよ」
「・・・う~・・・なにさー。気持ちよく寝てたのに」
「乗り換え駅を過ぎちゃってるんだ。ごめん。僕も寝てて気づかなかった」

寝起きの熊井ちゃんをなだめすかして、次の駅、本厚木で電車を降りた。
ガイド役で連れてこられたのに乗り換えをミスるなんて・・・背筋が冷たくなった。
ちょっとびくびくしながら熊井ちゃんにお伺いを立てる。

「どうしよう。でも取りあえず戻らないと」

熊井ちゃんが「ほんあつぎ」と書いてある駅名標を見上げている。
その仁王立ちの姿を見てちょっとびくついてしまう。やっぱり怒ってるのかな、どうしよう・・・・
寝起き顔がとても怖く見えるからビビっていたのだが、そこから出た言葉は意外にもいつものクマクマした口調だった。

「それなら一駅だけ戻って厚木で相模線に乗り換えて茅ヶ崎に出ればいいよ。どこの海でもいいんだからさー」

良かった。それほど不機嫌でもないらしかった。
それどころか熊井ちゃんが代替案を出してくれた。しかも珍しく的を得た的確な提案だ。
説明書を読み上げているかのようなその正確な情報。ガイド役として連れてこられた僕よりも詳しいじゃん。

一駅戻って厚木で電車を降りて、ここで乗り換え。

ちょうど行ってしまったばかりらしい。次の電車までまだ時間がある。
ベンチに腰を掛けて電車を待つ。のんびりとした空気が流れている。

「ここ、厚木っていう駅名だけど、厚木市じゃなくて海老名市にあるんだよ」

何でそんなこと知ってるんだろ。意外と物知りなんだな熊井ちゃん。

「へー、そうなんだ。でも何でまたそういう駅名にしたの?」

返答は無かった。
なぜそういう駅名になったのかまでは知らないらしい。
次の電車が来るまでまだもう少し。静かだなあ。まったりとした午後の時間が流れる。


しばらく待ってやってきた電車、ホームに停まったが何故かドアが開かない。
一瞬とまどう僕の傍ら、熊井ちゃんは当たり前のようにドアの横についているボタンを押した。
おぉ、なるほど! 自動ドアじゃないんだ。
そして、乗り込むと今度は後ろ手で閉ボタンを押してすかさずドアを閉めた。
熊井ちゃんらしからぬ、スムーズな一連の動作だった。

ローカルなムードの漂うのんびりとした電車。いいですね、こういうのも。

「終点の茅ヶ崎にも海岸があるよねー。そこに行こうよ」



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